第32話・思い出の家

エヴァルスとタンクは次の村、ワイキに向かい足を進めた。

長い砂地の旅から一転、徐々に戻る舗装された道にタンクは息を吐いた。

「正直、土を踏めるってこんなに安心するとは思わなかった」

「うっぱー」

うぱはそんなタンクを指さして笑っている。

「おい、小動物。お前は空飛んでるから平気かも知れないが、砂の熱さ尋常じゃなかったんだぞ」

笑われたタンクはうぱを掴むと左右に振る。

その行動を嫌がるでもなく嬌声をあげているうぱ。

いつものじゃれ合いにエヴァルスは放置を決めた。

「ねぇ、さっき集落で聞いたんだけどワイキの村って大きな図書館があるんだって。この子の正体も分かるかな?」

エヴァルスはじゃれているひとりと一匹を引きはがし、うぱを抱きかかえる。

うぱはキョトンとしてエヴァルスの顔を見上げている。

「こいつの正体、そんな図書館程度にあるのか?」

タンクは目を細め、期待していない様子でうぱの頬を突つく。

その指を食べ物と勘違いしたようにうぱはがぶりと噛み付いた。

「いって!歯を立てるな、歯を!」

タンクは指を引っ込めるとふーふー息を吹きかけている。

「うぱ、お腹減ったの?」

さきほどの集落で食べていた最中に席を立ってしまったので、うぱは不満顔だった。

舗装された道を歩く。

行き交う人のためであるものの、魔物が出る世の中になってからは往来が減ってしまったのか、道は荒れていた。

「こんなレンガがはがれた道でも、砂漠よりも良いってのも嫌だよな」

タンクは道を眺めながらため息を吐く。

「ボクらが止めないと。みんなが安心して歩けるように」

2人は歩を進めた。

しばらく歩くとひと棟の民家が街道沿いに立っていた。

「やった!」

「これで食べ物貰えるかもよ!」

「うっぱ!」

一同、勢いのまま民家に駆けていく。

しかし、近付けばその家から食べ物がもらえないことは次第に気付いた。

ログハウスのような外壁は剥がれ、窓は割れて風で揺れている。

「……捨てられてる」

「またか。せっかく建てたんだろうに」

旅の道中、いくつも見た捨てられた家。

魔物の発生する場所が読めないせいでもあるが、ひと財産はたいて立てた家を捨てなくてはならない虚しさは、まだ若い2人にも想像に難くなかった。

「仕方ない。今日はここで休ませてもらおう」

「タンク、神経太いなぁ」

ボロボロの家を宿にするという提案にエヴァルスは顔をしかめた。

「普通、野宿のほうがきつくねぇか?」

普段2人は旅の途中で夜を迎えると野宿をせざる得なかった。

しかも寝袋などの寝具も持っていないので、基本的に地面に直接眠ることしかできない。

「壊れていようがベッドがあればもうけものだろ」

タンクはそのままドアから家に入るのだった。

家の中は意外ときれいであった。

もちろん、人の手が長くついていない場所であるため、埃は溜まっていたが、家具類は大きく壊れていなかった。

木材を使っていたおかげだろうか。

充分生活できそうな部屋であった。

リビングに当たる部屋には手縫いの人形が置かれている。

腕はちぎれて、目を模したボタンはひとつ取れている。

この家に住んでいたのは幼い子を育てる家族だったのだろうか。

エヴァルスはその人形を抱くと、部屋の中央にあった暖炉の上に置いた。

「エヴァ、ここで休むのキツイか?」

「少し。でも体力はこっちのほうが回復できるから」

タンクの心配の言葉を笑顔で返す。

精神がいくらえぐられようとも、いざ戦闘になれば体力が生死を分ける。

休めるときにしっかり休まなくては。

そんなエヴァルスの顔を見て、タンクは木桶を渡して来た。

「この家、休めるくらいに掃除するより水汲みに行った方がいいだろ。さすがに水は腐ってた」

タンクはそのまま部屋の奥に消えていった。

エヴァルスはタンクに言われた通り、水を汲みに家の外に出た。

うぱも一緒だ。

「うぱ、お水どっちにある?」

空を飛べるうぱに上空から探ってもらうように頼む。

うぱはみるみる高く浮上すると、エヴァルスに方向を示した。

「うーぱ!」

「あっちだね、ありがとう」

エヴァルスはうぱが降りてくるのを待つと木桶にうぱを入れて水の元に歩き始めた。


水の流れる沢は意外と近かった。

うぱが木桶から降りるとその中に水を掬った。

「お風呂は無理だね」

まさか風呂のために何往復もするわけにはいかない。

休むための家で体力を使うわけにはいかなかった。

家に戻ると、タンクが頭を抱えていた。

「お水汲んできたよ。どうしたの?」

「エヴァ、大問題だ。使えるベッドがひとつしかない」

その意味が分からず首を傾げるエヴァルス。

「それがどうしたの?」

「せっかく休むために家に入ったんだぞ?でもベッドがひとつ……どっちが寝るんだよ」

そこまで言われてやっと理解したのか、大きく頷く。

「だったら2人で寝ればよくない?」

その提案にタンクは頭に手をやる。

「男2人でゆっくり寝れるかよ。シングルだし、狭いし」

エヴァルスもタンクも別段大柄というわけではないが、さすがにシングルベッドに2人で寝るには少々手狭になってしまう。

「いいよ。ボクがこっちの椅子で寝るから」

ひとりでヤキモキしているタンクに提案すると笑顔で振り向いた。

「いいのか?」

「うん。うぱと寝るからタンクはベッド使って」

「エヴァ。愛してる!」

ベッドを譲ったくらいでは過度な愛情表現に思わず木桶を落としそうになるエヴァルスだった。


日も暮れ、タンクは既に寝室に向かった。

エヴァルスは割れた窓から見える月を見上げていた。

うぱも窓枠に座り一緒に見上げている。

「ボクらの旅、このままでいいのかな」

荒れた部屋の中で、エヴァルスはうぱに話しかける。

せっかく建てたであろう家を、捨てなくてはいけない世界。

その世界を正したくて旅をしている。

しかし、このような家を見ると心が折れそうになることをエヴァルスは感じていた。

自分の旅は無駄ではないのか。

誰一人救えていないのではないか。

誰にも、タンクにでさえ溢せない本音。

月が、エヴァルスと頭を撫でるうぱを照らしていた。

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