第31話・目的
砂の宮殿を抜けたあと近くの集落に足を運んだエヴァルスとタンク。
2人は歩きながら懐を探ると、いくばくかの金貨が忍ばされていたことに気付く。
予想通りこの集落も実際の金が無ければ物を買うことができなかった。
次の村へ向かう前に食料の買い込みをしつつ、情報を集めた。
曰く、砂漠越えをしていて、砂の宮殿を見たことも、虫に襲われたことも無いという事だった。
その言葉に2人は顔をしかめる。
「してやられたな」
「あんな虫を使役していたってこと?」
「わからん。冒険者が狩るには強すぎると思ったんだよ」
冒険者の水筒などと言っていたが、あんな虫の体液を飲む神経の太い人はいくら砂漠住まいであったとしてもいないだろう。
タンクはうんざりといった様子で冷たい果実汁をあおった。
「ところでエヴァ。次の村の情報、集められたか?」
「一応、かな?タンクは」
歯切れ悪く答えるエヴァルスに頷きを返す。
「オレもそれくらい。交流ないってさ」
タンクが皿を避けて地図を広げる。
2人が次に目指すワイキの村は高い壁に囲まれ外界との交流を絶っているとのことだった。
この集落から旅を続けるならその南方、シチに行くことが普通とのことだった。
「エヴァ、そのワイキに行かなきゃダメなのか?多少道順変えても問題ないだろう」
タンクは砂の宮殿以来、少し旅に対して消極的になっている。
「うぱ!」
骨付き肉を頬張っていたうぱは骨を咥えたまま、手でバツを作る。
「ダメだって」
「コイツの言うこと、信じるのか?魔物だろ」
「うぱぁ……」
タンクの言葉にうぱは怒るでもなくしょげて涙をこぼす。
「タンク、泣かせないでよ」
「いつまでそいつを連れて行くんだ?旅の話をするなら初代がこんな魔物連れてるなんて記述ないだろ」
タンクは自らの魔力で作った氷を果実汁に浮かべ冷やしている。
「それはそうだけど」
「ちゃんと旅を繰り返すなら、コイツ連れていくのもダメだろ」
タンクの物言いは普段の茶化す様子ではなく、真剣なものであった。
言われた通り、勇者が連れていたのは3人の仲間。
タンク。マージ。ヒーラー。
この3人を連れて魔王討伐の旅をしていた記述しかない。
こんな目立つ生き物、連れていたらどこかに記述があってもおかしくない。
うぱが心配そうな顔でエヴァルスの脇に進んでくる。
その時、先ほどまでうぱがいたところに他の客が座ってしまう。
「……もしかして、この子ボクらにしか見えていない?」
「そんなわけないだろ。あの女も、ハマの変な奴も話しかけてたじゃないか」
「あの、すみません。そこ、ボクの友だちが座ってて」
「あぁ?さっきから空いてたじゃないか」
うぱが座っていた席に腰かけた男は気味悪そうな顔をして席を立ってしまった。
「……やっぱり。タンク、この子は見えてる人とそうじゃない人がいるんだよ」
「うぱ!」
うぱはその言葉を肯定するようにサムズアップで応える。
「マジかよ」
「だから記述にこの子のことが書かれていないんじゃないかな」
勇者の旅を本人たちが書いているわけがない。
そうでなければ、勇者たちが帰ってきていない以上世間に勇者の話が広まるわけがないからだ。
旅先の出来事を繋ぎ合わせてひとつの物語として口伝しているに過ぎない。
つまり。
「こいつが伝承にいないのは、他の人に見えないから?冗談だろ」
「もしかして、だよ。次の村に関しても話が全く分からないのは」
その村が閉ざされた村だから。
エヴァルスは自分の言ったことに納得するように何度も頷く。
それに倣うようにうぱも頷いている。
「盛り上がってるところ悪いけどよ。別にコイツが見えても見えなくても旅に変わりはないだろ?」
タンクはあきれ顔で自分の作った氷をかじる。
しかしエヴァルスは指を立てて。
「タンク。この子が見えたのはみんな不思議な力を持っていた。絶対何かあるよ!」
うぱを見ることができたイナリ、イワイ。そしてウェール。
誰も彼も人間とは思えない力を持っていた。
そのためうぱを見ることができる者は、何かこの旅に関係しているに違いないとエヴァルスは確信したのだった。
「それで?」
タンクはテンションの上がるエヴァルスを冷たい目で見ている。
「すごくない?この子、実はすごい魔物かもしれないよ!」
「さっきから言ってるけどよ。そいつが強いのはわかるし、もしかしたら旅にくっついていたのかもしれない。でも、負けてるんだ」
タンクは、フォークで豆を刺した。
その言葉にエヴァルスもうぱも押し黙る。
「今までの旅をなぞるのはいい。オレもその方が無難だと思う。でも、このままだとまた死ぬだけだろ」
エヴァルスの脳裏に、ウェールによって見せられた光景が浮かぶ。
魔王と思われる人物に焼かれる自分の姿。
タンクの見たものをエヴァルスが知ることはないのだが、それでも直後に崩れ落ちていることを考えるとエヴァルスと同じような出来事なのだと考えた。
「だから、生き残りたいならそれなりに考えて旅しないと」
タンクは言葉の最中もてあそんでいた豆を口に運んだ。
「うぱー」
そのタンクの様子を見てうぱが心配そうに頭を撫でている。
そのことをバツが悪そうに顔を歪める。
「うぱ、うぱぱ。うっぱぱ」
タンクの頭に乗りながら地図を指さし、何かを必死に訴えるうぱ。
エヴァルスが地図を手に届く場所まで引き上げるとうぱはワイキの場所を指さしていた。
「行けって」
「……あてもないからな」
タンクは気乗りしない様子でうぱを頭から下ろす。
「トイレ」
そのまま立ち上がると席を立ってしまった。
うぱを受け取ったエヴァルスはタンクの背中を目で追うしかできなかった。
「……何にイラついてるんだ、オレは」
トイレの鏡で顔を洗い、自分の顔を眺める。
普段と変わらない。
変わっていてはいけない。
たとえウェールに見せられた光景が、自らの腕でエヴァルスの胴体を貫くものだとしても。
「なんで、あんなもん見せたんだよ」
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