第30話・未来へ

ウェールの言葉の意図はふたりには理解できなかった。

「だって、そうでしょう?魔王がいるからみんなが苦しんで……」

エヴァルスの言葉を聞き、ウェールは頭を掻く。

「逆に聞きたい。今までの旅路、いや今まで生きてきた中でもいい。魔王が原因で苦しんでいる人間を1人でも見たか?」

「それは……」

もちろん、と言いかけたエヴァルスだったが、思い返してみると少なくとも旅の最中に「魔王のせい」と言える不幸はひとつもなかった。

トアール村の誘拐。

ハマの生贄。

そしてヤィラの聖騎士団。

聖騎士団に悪魔の種が寄生していたことを考えてしまうと魔族に原因があることは確実であるが、その魔族が魔王の手先という確証はない。

「だったら何か?魔王のせいじゃなくオレら人間が勝手に殺し合っているって?そう言いたいのか」

タンクは目を剥いてウェールの座る玉座への階段を上る。

「それも違う」

ウェールははっきりと答えた。

そして指を口の前に立てる。

「はぐらかすなよ、条件がどうの、人数がどうのと関係ないだろ」

タンクは今にも掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。

「幼いな。キミが抱く絶望を見せてやろうか」

ウェールは立ち上がり、タンクの頭を抱え持つ。

そのまま鼻が着きそうなほどの近い距離で目を合わせている。

エヴァルスからはたったそれだけのことしかしていないように見えるのだが、タンクは微動だにしない。

しばらく間があったあと全身を震わせてその場で腰を落とした。

「……今のは」

「可能性のひとつ。限りなく低いが、あり得る未来だ」

タンクは頭を振ってウェールに食ってかかる。

「冗談じゃ……」

「無い。キミは今見た行動をしていた可能性があった」

ウェールはタンクを見下ろしながらゆっくりと首を振った。

タンクは立ち上がった。

そして階段を降りてエヴァルスの元に戻る。

「タンク、大丈夫?」

「あぁ」

タンクは曖昧にしか答えなかった。

今度はエヴァルスがウェールを見上げる。

「タンクになにをしたんですか」

エヴァルスの問いに、ウェールは頬杖を突きながら答える。

「ひとつの可能性を見せただけだよ。キミも見てみるかい?」

言うが早い、玉座に着いていたはずのウェールはエヴァルスの前に立って両こめかみに手を置いた。

「キミたちの進む未来だよ」

その言葉を聞くと、エヴァルスの意識は闇に沈んだ。



「心が折れたか」

その声に顔をあげた。

周囲にはウェールも、タンクも、うぱさえもいない。

自分は項垂れ、声の主は眼前に立っている。

甲冑に身を包み、兜を手に持った者が自分を見下ろしている。

逆光のせいで、相手の顔は全く見えていない。

頬に雫が付いている。

泣いている?

「それならば、ひと思いに消し去ってやろう」

相手は眼前に手を伸ばすと魔力を集中させている。

密度が上がっていく様子。

無属性のエネルギーが、熱に変わっていく様子。

その瞬間瞬間が理解できる。

だって、だってその魔法は。

予想通り、相手の手から高温の炎が噴き上げる。

まっすぐ、自分を捕らえて。

5歩も離れていない距離では躱すことなどできるわけもない。

防ぐための魔力も練れる状態ではなかった。

炎に包まれていく。

自分の視界に焼けた指が見える。

肉の焦げる匂いが鼻をつく。

相手の顔は、結局見ることはできなかった。



「がはっ……」

エヴァルスはその場で胃液を吐き出した。

無理もない。

自らが焼けていく映像を見せられたのだから。

「キミが辿る未来、その一端。まだ確定はしていないがね」

エヴァルスを一瞥するとウェールは再び玉座に戻ってしまう。

「エヴァ!……大丈夫か」

タンクはエヴァルスの背中をさすっている。

タンクはエヴァルスになにを見たか問わなかった。

直前、自分も同じことをされていて、見たものが碌でもない出来事であることを知っていたからだった。

惜しからむは、この時お互いの情報を共有していれば、違った道も見えたかもしれないという事実があった。

タンクが、エヴァルスが見た出来事は世界を救うための貴重な断片であった。

そのことをお互いは知らなかったのだ。

「さて、そろそろこの場所に留まれる時間も少ない。最後にコレをあげよう」

ウェールが2人の眼前に投げたのは、黒い指針だった。

「その針を使える者が見つかればキミたちの運命が変わるかもしれない。変わらないかもしれない。どちらも意味が無いかも」

2人は、口を挟む余裕はなかった。

「さてと。次に相対するときは私の守護遣いが一緒に居ると良いのだが」

ウェールは指を鳴らした。

次の瞬間、エヴァルスとタンク、そしてうぱは砂原に座っていた。

先ほどまで居た砂の宮殿は消え、目の端には人がいるであろう集落が映っていた。

「……ここは?」

「わからん。追い出されたらしい」

エヴァルスは顔をあげた。

目の前にはタンクの顔。

「うーぱ!」

うぱは先ほどウェールが投げた黒い指針を拾った。

「なんだと思う?」

「捨てるか」

タンクが冗談とも判別できない口調でうぱの手から針を受け取るとその場に落とす。

「うぱ!?うぱーいく!」

針を捨てたタンクの顔面にうぱは飛び蹴りを食らわせる。

なかなかの威力だったようでその場に倒れ込んだ。

「冗談だろうが!」

「うぱには聞こえなかったって」

うぱを抱きかかえ追撃を止めながら、渡された針を眺める。

「”私の守護遣い”か」

2人を砂漠に飛ばす直前に言った「守護遣い」という言葉。

その言葉を頭の片隅に残しながら、目の前にある集落を目指す。


2人の進む方向は一緒だったかもしれない。

しかし、その目的は違う。

進むために足を動かすエヴァルス。

逃げるために足を動かすタンク。

この2人の違いが、どのように旅を彩るのか。

ウェールはその未来まで見せてくれることはなかった。

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