第25話・魔剣臨界
タンクは背後で建物が崩れる音を耳にした。
しかし視線は目の前の騎士、クロウから切ることはない。
悪魔の種の宿主の証明、黒い筋が浮かんだ顔は嬉しそうに歪んだ。
「おヤ、勇者殿ハ生き埋めでスか」
「てめぇ、この前の騎士だろ!なんで意識を保ってるんだ!」
タンクは歯噛みしながら言葉を投げかける。
悪魔の種に寄生された生き物は意識を失う。
それは種に身体を乗っ取られるという事以上に、種は思考しないという理由が大きい。
悪魔の名前を冠していたとしても、所詮は植物。
生物を模すほどの思考力は持ち合わせていない。
そのため目の前の生き物を襲う程度の行動しかできず、しかも自分と相手の距離を測ることすらできない。
寄生された生き物は気の毒だが、比較的対処のしやすい魔物だった。
しかし、目の前のクロウは明らかに悪魔の種を身体に宿しているにも関わらず、しっかりとした思考を持っている。
武器を払われてなお、エヴァルスを殴りつけたこと。
そして建物の崩壊にきちんと反応していることを踏まえると、意識を失っているとは言い難かった。
タンクの言葉にさらに唇をゆがめるクロウ。
「何故?そんなコと、悪魔の種ヲ支配してイるからに決まっテいるデしょう?」
「種を、支配?」
クロウは大きくため息を吐いた。
「魔力ヲ込めて不活性すれば、支配さレなどしなイ」
クロウはそう言いながらタンクの目の前に飛び出して来た。
先日の”稽古”とは明らかに身体能力が上がっている。
盾を構え、クロウの拳を受ける。
その力を受け流しきれず、大きくふき飛ばされる。
「ほラ、人の限界ヲ越えた力!素晴らシい、本当に素晴ラしい!」
タンクをふき飛ばした体勢のまま、高笑いを始める。
クロウの腕はあらぬ方向に曲がり、明らかに骨が折れている。
しかし、ゴリゴリという不快な音を立てながら腕は修復されていく。
その修復が終わる時にはクロウの顔に浮かぶ黒筋の本数が増えていた。
タンクは舌を打った。
元々魔性の植物。
魔力を込める程度で支配などできるわけもなかった。
クロウは既に悪魔の種に寄生されて都合いい操り人形にされている。
そのことに気付いていないクロウは種を支配していると思い込んでいるだけだった。
「こノ力さえ有レば、もはや何モ恐れる必要ナど」
「その力は、災厄でしかありません」
その時、崩れた建物の中からエヴァルスの声がした。
燃え落ちた鍛冶屋は誰も火を消していないのに治まっている。
そして、瓦礫から光の柱が上がり、エヴァルスが立っている。
「エヴァ!」
「うぱ!」
タンクとうぱが同時に声を上げる。
うぱは安心したように手を振っている。
「勇者殿、そのマま埋もれていれバ楽だったものヲ」
クロウはくっくと喉を鳴らす。
「エヴァ、気を付けろ。ヤツの力、おかしなことになってる」
「殴られたから知ってる」
タンクはなんとも言えない表情を浮かべる。
エヴァルスは鍛冶屋の主人が鍛えてくれた剣をまっすぐに構える。
タンクはその構えを見て背筋に汗が流れることを感じた。
「さがって。ちょっと加減できなそう」
「あ、あぁ」
タンクが動けずにいると、うぱが足を引いて下がらせる。
「稽古の続きト行きマしょう。もっとモ、相手になラないと思いますガ」
クロウは右手のひらから骨を突き出し、剣を作った。
その光景に眉をひそめるエヴァルス。
「これデ、弾かレることはありまセん」
「あなたは、人を捨てて満足ですか?」
エヴァルスの問いに口が裂けんばかりの笑みを浮かべる。
「捨てタ?越えたのデす。あの方の言っタとおりに」
”あの方”という言葉に2人はぴくりと眉を上げる。
「……あなたも、騙されたんですね」
ただの魔物に堕ちたクロウにはそんな言葉は届かない。
利用されていることに気付かないのは悪魔の種が理由か、それともその種を渡した者のせいか。
ただひとつはっきりしていることは、もう元のクロウに戻す術はないという事実。
「ごめんなさい。せめて、そうなる前に止めたかった」
「頭に乗ルな、若造!何ガ勇者だ!なんの努力もなク持て囃されてイる貴様ニ何が分かル!」
クロウが初めて見せた人間らしい感情。
そしてあからさまなエヴァルスへの敵意。
先ほどの言葉の端は察するに余りあることかも知れない。
しかし。
「それを理由に人を傷つけていい理由にはならない」
「黙レ!」
クロウは左も同じように骨を突き出し、勢いのまま突進してくる。
エヴァルスは目の横に剣を構えたまま動かない。
その剣に向かい炎がうずまき吸い込まれていく。
白かった刀身は徐々に赤く輝いていく。
さらにエヴァルスは剣に魔力を込めていく。
クロウが眼前まで迫る。
エヴァルスはその剣を前に押し出した。
クロウの歩みが止まる。
両の手に生えた剣も折れ、胸に大穴が空いている。
その一撃でクロウの命は燃え尽きた。
「……エヴァ、その剣」
「うん、おじさんが作ってくれた、魔竜の牙だよ」
タンクはそれ以上言葉を出せなかった。
剣そのものの事を聞きたかったわけじゃない。
あまりにも強すぎる力に寒気を感じていた。
*
「あれ?やられちゃった?」
手に甲冑を付けた人形を持った少女が首を傾げた。
その人形の胸に大穴が空き、崩れていく。
「やっぱりエゴだけで生きてるヒトじゃおもちゃにもならないなぁ」
フリルの付いたドレスを翻し、傘を片手に歩いていく。
「それとも、勇者が強かったのかな?」どっちでもいっか」
割れてしまった人形を放り捨てると無邪気な笑みを浮かべ夜の森を進む。
その少女の目の前に倍の体躯はあろうクマが立ちはだかる。
よだれを垂らし、飢えていることがすぐに分かる。
しかし少女は驚くわけでも無く不機嫌に顔を歪めていく。
「せっかく楽しかったのに、台無しにしてくれて」
クマは唸り声を上げて突進を始める。
少女に爪が触れそうな瞬間、ぴたりと動きが止まる。
いつの間にかクマにツタが絡まり拘束していたのだ。
「……リリィ、食べていいよ」
少女の言葉をきっかけに地面から巨大な口が迫り、クマを飲み込んだ。
「ちょうどいいエサだったかな?」
少女の表情は不機嫌のそれから少しも戻ることなく夜の森へと消えていった。
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