第24話・悪魔の種

明くる日の昼下がり。

エヴァルスはベッドに横になると天井を見上げていた。

タンクとうぱは2人で出かけている。

出会った当初からは考えられない交流をしている。

そのことに甘えて自分ひとりの時間に充てる。

(このまま進んでいいのだろうか)

今日の夜には魔竜素材の剣が打ちあがる。

あの、魔法を直撃してもびくともしなかった魔竜と同じ素材の剣が。

(でも、あのレベルの武器を持っていても)

この街に着くまでに戦った銀腕。

そして力があっても救えなかったミソギ。

どちらもただ強くなったとしても太刀打ちできない事をエヴァルスは理解していた。

いつの間にか、エヴァルスは眠りに落ちていた。

眠っているエヴァルスを見下ろす存在がいる。

存在がぼやけているような、はっきりと見えないそれは触れるでも、近寄るでもなく、ただベッドの脇にたたずんで見下ろしているだけだった。


警鐘の音でエヴァルスは目を覚ます。

ベッドから飛び降り、部屋を出る。

そこは既に地獄だった。

宿屋の一階には血みどろの骸がいくつも転がっていた。

むせかえるほどの血の匂いが部屋を満たし吐き気を誘う。

そんな生臭いフロアでエヴァルスは骸の傷を見た。

獣の乱雑さは無い。

素人のためらいも、無い。

的確に急所を狙われ、抵抗する間もなく命を切り取られた証明。

戦闘訓練を積んだ人間が、弱者を刈り取った時に見える傷跡。

エヴァルスは全身の毛が逆立つのを感じていた。


宿屋を出ると、想像通りの、そして当たってほしくなかった光景が広がっていた。

聖騎士の鎧に身を包んだ者たちが村人に手をかけている。

エヴァルスはまさに今振り下ろされそうな剣の前に駆け込み、鞘で受ける。

魔竜討伐時に借りた剣は返している鞘だけで戦うしかない。

「なぜ、このようなことを。あなたたちは護る者でしょう!」

エヴァルスの叫びなど構うことなく、聖騎士は再び全く同じ太刀筋で振り下ろした。

エヴァルスは剣を横から打って弾き飛ばす。

しかし、聖騎士は剣を無くしたにも関わらず同じ間合いで剣を持っているかのように何度も振り下ろしている。

エヴァルスは騎士の兜を弾き飛ばすと、その騎士の素顔が晒された。

その表情を、顔色を一目見ただけで分かることがある。

それは、その騎士の命がすでに失われていることだった。

土色の皮膚。

飛び出した目玉。

顔中に浮き出た黒い筋。

その顔を見た村人は引きつった声を上げた。

剣を失ってなお腕を振るい続ける骸。

その魂を失った動作をエヴァルスは止めなかった。

「大丈夫ですか」

騎士から村人を離し、追ってこない事を確認するとエヴァルスは女性に尋ねた。

「え、えぇ……でも、この前の騎士たち、ですよね」

エヴァルスは押し黙る。

黒い筋でこうなってしまった理由を知っているからだ。

「宿屋に行ってください。2階には上がってこないはず」

それだけ告げると、エヴァルスはその場を駆けだした。


向かった先は鍛冶屋だった道中、同じように村人を襲う聖騎士の抜け殻の武器を弾き、宿屋に向かうように告げる。

「エヴァ!無事だったか!」

道中タンクが同じく村人を助けているところに合流する。

うぱはタンクの背中にしっかりとしがみついていた。

「タンク、悪魔の種だ」

「だと思った」

タンクは頷きながら盾を構え直す。

悪魔の種。

宿主に寄生して意のままに操る植物で、その宿主を遠方に動かすことで生息範囲を広げていく。

しかし、この種はそこまで侵食力が強いわけではなく生きている種を飲み込むか、他者から故意に身体に植え付けられるかしなければ寄生できない。

つまり。

「こいつらも被害者ってことか」

「かもしれない、けど!」

エヴァルスが目の前の騎士の剣を吹き飛ばす。

「これで7!」

「オレは5。つまり」

2人はこれで12人目の聖騎士を戦闘不能にしたことになる。

後残っているのは。

「あのいけすかねぇオヤジだけか」

「探そう!」

2人はそのまま鍛冶屋へかけていくのだった。


鍛冶屋は火に包まれていた。

今まさに倒れた人に剣を振り下ろそうとする聖騎士。

エヴァルスが剣と人の間に割り込み、剣を飛ばす。

「おヤおヤ、勇者殿でハありまセんカ」

悪魔の種に寄生されていることを示す黒い筋を顔に浮かべながら、クロウは歪な笑みを浮かべた。

悪魔の種に寄生されてなお、人間としての意識を保っていることに驚きながら、エヴァルスは倒れていた鍛冶屋の主人に目を向ける。

「クロウさん、あなたも被害者です。助けてあげることはできませんがこれ以上罪を重ねなくて……」

「……兄ちゃん、コイツは」

息も絶え絶えの主人の言葉に目を開き振り返る。

寸前まで迫ったクロウの拳がエヴァルスの顔に叩きつけられて、そのまま転がっていく。

「被害者?冗談でハない。私ハ望んでコの力を得タのです。何故こノ素晴らシい力を理解しなイのでしょう」

クロウは自らの顔に手を当てながら恍惚の表情を浮かべる。

顔への一撃のせいで、エヴァルスは立ち上がれずにいる。

「エヴァ!」

「タンクはおじさんを……」

呻くような声はタンクに届いたのか分からない。

タンクは盾を構えてクロウに突撃すると、大きく吹き飛んでいく。

「おっさん、無事か?」

「自分の最期くらい分かるよ」

タンクが主人に触れると、身体の下にはおびただしい量の血が地面に吸い込まれていた。

「そんな……」

這って近づくエヴァルスに主人は優しく微笑む。

「約束は、守……」

それきり、言葉を出さなくなる。

エヴァルスはどうにか立ち上がると、燃える鍛冶屋に進む。

「エヴァ、やめろ!」

「うぱ!」

エヴァルスを止めようとしたタンク。

その制止をうぱが引き留めた。

小さな身体で、裾を掴んでいるだけなのにびくともしなかった。


燃え盛る鍛冶屋の中。

エヴァルスは主人との約束を探していた。

(明日の夜には打ち上る)

既に日も落ちている。

主人の言葉を信じるなら、必ずそこにあるはずだった。

「……あった」

鍛冶屋の作業場。

その中央に置かれた、透き通った刀身。

なぜかその周囲だけ炎が燃えることなく、鎮まって見えた。

「……あなたの武器、持っているところを見せたかった」

その言葉がきっかけになったのか、鍛冶屋は天井から崩れ落ちていった。

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