第26話・魔王への道

聖騎士団襲撃から夜が明けた。

村では生存者がお互い抱き合う光景が見られた。

犠牲者は十数名にのぼり、団らんを襲われた一家も居れば、様子を見に行った母親のみ殺され、遺された娘などその被害は決して軽いものではなかった。

エヴァルスとタンクは広場に出て後始末の手伝いをしていた。

遺体を運び、家族と引き合わせる、辛い仕事。

勇者にそんなことをさせられないと一回は断られたものの、エヴァルスが譲らなかった。

夕方にはどうにか弔いの準備までこぎつけた。

感情が付いていかない内に済ませてしまわなければ、皆の心が持たなかった。

本来、民草を守る存在の襲撃。

村人の中にはエヴァルスたち”勇者”も同類と目す者もいないわけではなかったが、表立って口に出すものはいなかった。


「エヴァ、お疲れ」

広場に焚かれたかがり火に集まり暖を取っているとタンクが温かい飲み物を持ってきた。

うぱも自分用の飲み物を持って2人の間に座る。

「タンク。うぱも。おつかれさま」

飲み物を受け取る時にあげた顔は青白く、疲労の色が濃く見えた。

「お前、働きすぎだろ。昨日、ぶっ倒れたじゃないか」

エヴァルスはクロウとの戦いのあと、その場に倒れてしまった。

急激な魔力放出による過労。

症状はそれとしか考えられなかったが、しかし、しかしだ。

エヴァルスの放出した魔力は、クロウに撃ち込んだ一撃のみ。

その一撃で魔力枯渇が起きるほどの放出をさせる武器をタンクは目を細めて見ていた。

(もう使うな、と言ってもコイツ聞かないんだろうな)

マグカップを傾けながらタンクは口の中で言葉を遊んだ。

この武器が強力だからという理由じゃない。

名前も聞かなかった鍛冶屋の主人、その遺作。

救えなかった者から託された魂。

そういう曰くの付いたものを簡単に手放す性格ではないことをタンクは知っていた。

「でも、被害が止められてよかった」

クロウを倒した瞬間に他の悪魔の種に寄生された聖騎士は活動を停止した。

おそらく、クロウに寄生した種が親、そのほかは子だったのだろう。

つまりクロウが悪魔の種に手を出さなければ。

エヴァルスは口にしなかった。

そのクロウに種を使うようにそそのかした者がいる可能性。

タンクも気付いていた。

ただ、この場でそのことを話すことができるほど既にエヴァルスは子どもではなかったのだ。

「エヴァ、明日ここを立とう。オレらができることはもうない」

一気に飲み物を煽るとタンクは立ち上がった。

その後ろ姿を見て、マグを傾ける。

(その通り、そうだけど)

エヴァルスはじっと飲み物を見ていた。

うぱは短い手を膝に置き、ぽんぽんと慰めるように打ち続けるのだった。


明くる日、日も登らぬ時に村を立った。

村の状況を考えると見送っている状況ではないだろう。

エヴァルスはトアール村で押し付けられた金貨を全て置いてきた。

これからの復興に少なからず足しにしてくれればという思いからだった。

「……お待ちください」

村を背に歩き出した時に声をかけられる。

2人は振り返ると寝間着姿のままの婦人が息を切らしていた。

「どうしました?」

「鍛冶師の家内でございます。この度はありがとうございました」

息も整えぬまま、頭を下げた。

その姿勢にエヴァルスは呼吸することを忘れる。

「……ご主人を、助けられず、すみませんでした」

その言葉を絞り出すだけで精いっぱいだった。

助けることのできなかった、命。

その命が愛し、愛されていた者から礼。

これほど辛い感謝はなかった。

「……あの人はその剣をあなたに持ってもらうことを楽しみにしていました。せめて剣の名前を。”レヴ”。この世界をひっくり返してもらう剣だと……」

婦人は途中から言葉を紡ぐことができなくなっていた。

エヴァルスの目から涙がこぼれた。

「教えてくれて、ありがとうございます。必ず、必ずご主人の意志を」

エヴァルスは深く頭を下げると道を進んでいく。

振り返ることはしなかった。


「空気読んで聞かなかったけど、オレの盾、なんて名前なんだろうな」

半日ほど歩いた時にタンクは溢した。

確かにエヴァルスの剣に名前を付けていたならタンクの盾にも名があって然るべきものだろう。

「……確かに」

「うぱ」

うぱは頷いている。

「彫りこまれてたりしないかな。でもこの盾切り出しみたいだし」

タンクに作られた盾はウロコ素材そのままのようであった。

エヴァルスの剣のように洗練された見た目とは対照的に武骨でほとんど加工していないと言って良い。

「なんでだろうね。牙のほうが加工難しいはずなのに」

生物の身体で一番固い部位は刃であることが多い。

身を守ることを優先する草食動物であればその限りではないが、どう考えても魔竜は狩る側の生き物だっただろう。

その生物が持っていた牙が、ウロコより柔らかいとは考えられなかった。

「タンクも武器に魔力込めてみたら?そうしたら」

「エヴァ」

タンクはいつになく真剣な表情でエヴァルスの言葉を遮った。

「あのおっさんがどこまで想定してこの武器作ったか分からないが、その使い方はヤバい。止めたほうがいい」

魔力を放出した直後に倒れてしまったエヴァルスを見ているタンクは、自分でも、エヴァルスにも普通の武器以上に使い方をしたくなかったしさせたくなかった。

エヴァルスは口をつぐんだ。

タンクの言っていることを理解できないわけではなかったし、むしろ普通ではそう考えるのが普通だろう。

「……なるべく使わない」

エヴァルスにしてはだいぶ譲歩し飲み込んだ言葉にタンクは深いため息を漏らす。

「なるべく、な」

その気持ちを分かってなお、タンクは恐ろしいものを感じていた。

魔物素材の武器。

手に入れてはいけない物を持ってしまったような、そんな恐怖を。

この時2人はもっとこの武器のことを真剣に考えておくべきだった。

そして魔王のことも伝承以上の知識を仕入れる努力をしておくことも。

2人は歩を進めている。

その道が魔王への道へ続いているのは言うまでもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る