第22話・旅の意味
魔竜討伐翌日、宿屋一階は物々しい雰囲気に包まれていた。
村人とは違う、甲冑に身を包んだ兵士が十数名居座り、周囲を警戒するように見回している。
エヴァルスとタンクが階段を降りてくると、兜を外した糸目の男がじろりと見上げた。
「昨日はずいぶんとご活躍のようで。勇者殿」
ねばついた挨拶を飛ばすと降りてきたエヴァルスに手を差し出す。
「私は聖騎士団支援部長、クロウと申します。以後お見知りおきを」
クロウはエヴァルスの次にタンクにも握手を求めると、着席を促した。
訳も分からず席に着く2人。
歓迎されていないことは、村人の聖騎士団へ向ける冷たい視線で既に感じ取っていた。
「魔竜討伐、ご苦労様です。しかしながら御身は魔王を駆逐するための大切なお身体。このような地方都市の一災害でその身を危険に晒すことは感心いたしませんな」
感情の籠らぬ言葉が周囲に鳴る。
村人の、この刺々しい雰囲気も頷けるというものだ。
「ですが、結果として魔竜を討伐することに成功しました。なんの問題もないのでは?」
エヴァルスの言葉に細い目を開きながらクロウは言葉を返す。
「畏れ多くもそれは結果です。もしの話をしてしまうのであれば、命に限らずお身体に今後に関わる傷が残ってしまったら?魔物は優しい生物ではない。生くるため、容赦などないのですよ」
「だから見逃せって?ばかばかしい」
タンクは首を左右に傾けながら軽口を叩く。
「あなたもです。タンク殿。勇者殿だけでなく、あなたも紋章に選ばれた身。実力云々を抜きにして、替わりなどいないのです」
クロウの言葉に隠せない2人への見下した考えが零れ落ちる。「弱いのだから、しゃしゃり出るな」クロウの言いたいことを要約するとこうなるのだろう。
タンクも、エヴァルスですらそのことに気付き周囲の温度が下がる。
両者の間に薄ら寒い空気が流れ出した。
「それならば、なぜボクらが魔王討伐を?ボクより強い方がいらっしゃるのであれば、その人たちも討伐に加わればいいのでは?」
エヴァルスはハマの村でイワイに言われた「なぞるだけの旅路」に対しての疑問をぶつける。
お門違いかも知れないが、村人を助けた結果なじられるのであれば、そもそも勇者という存在だけに重荷を背負わせる世界から否定すべきだろう。
「おやおや。ご本人が伝統の否定ですか」
「違います。ボクが弱いのは認めますが、それならそんな弱いボクだけに依存していることになぜ疑問に思わないのか」
エヴァルスの言葉は最後まで言い切ることができなかった。
後ろに控えた聖騎士たちがいきり立ったからだ。
「やめろ。勇者殿。あなたはまだ若い。世界の理を知らない。ひとりの力でどうにかなるものではない。それが、歴史です」
「負け続けの、ですか」
タンクは噴き出し、クロウのこめかみにも青筋が浮かぶ。
「よろしい。あなたが考えを改めるつもりがないのであれば、先人として”説得”するほかありません。ひとつどうでしょう?ここで胸をお借りしても?」
クロウの言葉はいちいちを持って回りくどかった。
「表に出ろ。剣で黙らせる」
そう目は言っている。
「エヴァ、やめとけ」
タンクが頭に手を組みながら、椅子の背もたれに身を任せて止める。
「タンク殿は口を挟まないでいただきたい。それとも2人がかりで稽古しますか?」
クスクス笑う声が聞こえてくる。
対して村人たちはエヴァルスたちにやめるように説得をする。
「表に出ましょう。お店を傷付ける」
「よろしい。この村の中心は広場になっています。そこで胸をお借りしましょう」
クロウが手を上げると騎士たちはそのまま外に出ていった。
「おい、兄ちゃんたち。無茶はやめとけ。昨日の疲れもある」
「そうだ。せっかく助けてくれたのにあんな奴らに関わる必要なんてない」
口々に心配した言葉を投げてくる村人たち。
タンクは噴き出し、エヴァルスは唇をゆがめた。
「エヴァ、負け癖付いてるからな。必要なら手助けしようか?」
「大丈夫だよ。手加減はする」
村人たちは目を丸くするのだった。
「……ふぅ。もう”説得”は大丈夫ですか?」
エヴァルスが”12人目”を昏倒させたところで改めて聞いた。
聖騎士を名乗る猛者たちはたった15歳のエヴァルスにたった1撃も入れられることなく昏倒させられていった。
「情けない……こんな子どもに手も足も出んのか」
クロウは青筋を立てながら残った騎士を見る。
しかしすでに戦意を喪失している騎士は首を振るばかりだった。
「クロウさん。ボクは確かに弱いかも知れない。だけど、その弱さを理由に目の前の人を見捨てたくないんです」
騎士団よりもはるかに強いエヴァルスから出た”弱い”という言葉。
このヤィラに着くまで自分よりも強い者ばかりと遭遇したエヴァルスとタンクだからこその言葉は、クロウの耳にはイヤミにしかとらえられないのだろうが。
「ボクは強くなります。すべての人を守れるくらいに」
師団を圧倒した強さを目の当たりにしたクロウは肩を震わせる一方だった。
その後、聖騎士団は引き上げていった。
炭鉱の調査もそこそこだったが、村人たちへの高圧的な態度は少し和らいで映ったのはエヴァルスが振るった力の意味もあったというものだろう。
「やっぱりオレら強いんだな。最近の奴らが化け物ってことでいい?」
「それはそうだけど。結局救えなかったら同じだよ」
エヴァルスがグラスを傾けていると鍛冶屋の主人が力一杯背中を叩く。
「いよう、兄ちゃん!昼間はスカッとしたぜ!」
上機嫌の主人は何度も背中を打った。
「おっさん、エヴァが痛そう」
「悪い悪い。いやぁ、相談に来たんだが」
こちらの状況を気に留める訳もなく、主人は背負った風呂敷からあるものをテーブルに乗せた。
それは巨大な牙とウロコだった。
「コレは?」
「魔竜の牙とウロコだ。騎士サマに言ってこれだけ貰った」
ウロコは黒ずんでいないところを見ると、エヴァルスが剥がした物らしい。
「立派なものだな。で、見せびらかしに?」
「違い違う。これをアンタらの武器にしたい」
主人の提案に2人は目を丸くするのだった。
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