第21話・魔竜の逆鱗

目の前に君臨する魔竜。

大地より出でた、竜。

その目は2人の人間と、1匹の魔物を捕らえている。

魔竜の足元には先ほど頭をちぎったヘビの骸。

エヴァルスの剣もタンクの盾もまるで効かなかったヘビ。

その皮膚を一撃の元に貫き、絶命させた魔竜はゆっくりと近付いてくる。

「ヘビより遅いな」

タンクが溢す。

先ほどまで手も足も出なかったヘビとは違い、俊敏さはない。

だがそれは足が速くなくとも生き抜く力の表れでもある。

生き物の生存は大きく分けてふたつ。

ひとつは速さ。

もうひとつは力。

この魔竜は圧倒的に後者だろう。

魔竜との距離は50歩以上離れている。

そんな距離が離れている状態で口を大きく開く魔竜。

エヴァルスは全身の毛が逆立つ感覚を覚える。

「避けて!」

エヴァルスの声と同時にその場から離れる。

咆哮と共に先ほどまで居た場所が粉砕される。

魔竜のブレスは、距離など関係ない威力を見せつけてきた。

「ご挨拶だな、でも予想通り遅い!」

タンクとエヴァルスは左右に分かれて魔竜に駆けていく。

うぱ?慌てて転がっている。

先にたどり着いたエヴァルスが鞘で脚を殴りつける。

金属音が響き、押し返される。

当然のように傷はついていない。

近くで見るとやはり岩のようなウロコがびっしり張り巡らされている。

ちょっとやそっとの攻撃では欠けることも無いだろう。

タンクが盾を使った突撃をするも、そのまま止まってしまう。

ぶつかる時にはやはり金属音が響く。

「タンク、コイツのウロコ、金属じゃ」

「かもな!」

鞘にしろ、盾にしろ、金属で作られたものと金属がぶつかれば甲高い音が響くのは当然のこと。

しかし生物にぶつかってこのような音がするのは絶望を誘う事実であった。

足元で殴り続けても効果がない。

煩わしい虫が足元に食らいついているかの如く四肢を動かし払いのけようとする魔竜。

魔竜の高さは大人3人分、その体躯を支える足はこの程度の攻撃でびくともしない。

肩で息をしながら殴り、躱し、魔法を放つ。

魔力に対しての反応もヘビより薄く、練って放つことも難しくなかった。

だが、全く手ごたえがない。

反応が薄いのも当然だろう。

効かない攻撃など無視して構わないのだから。

炎より冷気のほうが多少反応しているが誤差でしかない。

「無理じゃね?」

「タンク、ヘビの時も言ってたよ」

既に息の上がる2人。

ヘビとの連続戦、軽く流すには限度がある。

「タンク、ボクを放り投げられる?」

「なに馬鹿な事を」

「脚だと効かないなら。頭を狙う。まず背中に」

エヴァルスの提案にタンクは頷いた。

タンクの後ろからエヴァルスが駆ける。

魔竜の攻撃はブレスと脚の直接攻撃だけ。

しかも予備動作が大きい。

避けるのは容易い。

ブレスを避けながら足元へ滑り込む。

四肢も大きく踏みつけることがほとんどなので躱しやすい。

2人は背中側に回り込むとタンクが腰を落とした。

盾を構えて、その上にエヴァルスが足をかける。

全身の力でエヴァルスを跳ね上げる。

放物線を描きながら、魔竜の背中に飛び乗るエヴァルス。

その背中に乗って鞘を突き立てるも、魔竜はびくともしない。

うぱがふよふよと飛んできて、魔竜の背中に着地する。

「うぱ、危ないよ」

その緊張感の無さに呆れながら、うぱは魔竜の首の後ろで何かを探している。

そして一か所に地団駄を踏むと魔竜が2人を振り落とそうと身もだえする。

揺れる背中にしがみつきながら、うぱが刺激した場所を見ると、その一か所だけウロコの色が違った。

よく見るとそこだけウロコが逆に生えているようだった。

「……ここ、でいいの?」

「うっぱ!」

うぱは大きく丸を作る。

エヴァルスは鞘をウロコに突き立てるとそのまま押していく。

魔竜の暴れ方がひどくなる。

正解のようだった。

エヴァルスは鞘を足で蹴り上げる。

すると鞘はウロコを引きはがした。

飛んでいくウロコ。叫ぶ魔竜。

その咆哮は天井から岩石を落とした。

「エヴァ、降りろ!」

下でタンクが構えている。

その声に従いうぱを抱きながら飛び降りる。

「何した?ずいぶん効いてるみたいだけど」

「分からない。でも、これで……」

魔竜の足元に降りた2人は岩石と一緒にウロコが落ちてくるのを眺めていた。

あのウロコを剥がしたことで緩み、自壊しているようだ。

エヴァルスは脚を殴る。

呻く魔竜。確かに攻撃が通る。

しかし、決定的な威力には届かない。

タンクが氷の槍を飛ばす。

表面に刺さるも、かすり傷にしかならない。

「もっと強い攻撃じゃないと」

「こいつ、ブレス打てないのか」

タンクはうぱを指さす。

首を傾げる。緊張感を持って欲しい。

「さすがに無理じゃ……そうだ」

エヴァルスはタンクに耳打ちをする。

「試す価値は有り、か」

エヴァルスはタンクから盾を受け取ると鞘で叩きながら魔竜の留意を引く。

誘いに乗った魔竜はエヴァルス目掛けて歩を進めた。

その後ろでタンクが大規模な魔力を練っている。

エヴァルスはその様子を見ながら魔竜の脚を、ブレスを躱していく。

時たまうぱが顔に張り付いて目くらましをしている。

「エヴァ!こっちに!」

タンクの声に反応してエヴァルスはタンクの近くに駆け寄る。

エヴァルスを追う魔竜。

既に頭に血が上っているのか、ブレスではなく前傾姿勢による突進を繰り出して来た。

「賭けだったがね、くらえ!」

練りに練った魔力をタンクが放つ。隣でエヴァルスも魔力を練り始めた。

自然規模ではありえない冷気が魔竜の足元を襲い、凍らせていく。

その冷気を受けてなお動きを鈍らせながら魔竜は前進してくる。

一の矢が失敗した。

だが、そのための二の矢だ。

「間に合った!」

続いて、エヴァルスの放つ炎が魔竜を包んだ。

本来、魔竜のウロコに阻まれるであろう炎。

だが直前のタンクの冷気をもろに受けた魔竜は冷え切っていた。

つまり。

急激な温度差に耐え切れず、魔竜は脚から崩れていく。

まるで巨石が崩れるその様は、炎が消えるまで悲鳴が聞こえるようだった。


炎が収まってなお、魔竜はその形をとどめていた。

しかし、命の灯は炎と共に消え去ったように沈黙していた。

「……もう、やりたくねぇ」

タンクはその場で仰向けに倒れ込むのだった。


魔竜討伐の話は、すぐにヤィラに伝わった。

宴会を開く、そんな提案を受けたが2人は断った。

2人は土まみれのまま、宿屋で眠りに着くのだった。


2人の旅路で初めての成功と言えるヤィラの魔竜討伐は、深い眠りを与えてくれるのだった。

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