第18話・成せぬ者

ミソギが召されるところを見ている余裕はなかった。

周囲が燃えているより激しく燃えたため、目立つことは仕方なかった。

エヴァルスの魔法に反応して周囲から怒号が響く。

「エヴァ、行くぞ」

「……うん」

タンクはエヴァルスの肩を掴み、林へ促す。

素直に従うエヴァルスは、振り返ることなく木々の陰に進んでいった。


一晩。

たった一晩で村は消えてしまった。

エヴァルスたちは最後ミソギが教えてくれた村を見下ろせる場所で村の滅びを眺めるしかなった。

日が昇り、村があった場所は真っ黒になっていた。

火は既に落ちて煙が少々立ち込めるのが見える程度に落ち着いている。

2人は、眺めるしかできなかった。

もちろん原因が誤解によるとは言えエヴァルスがこの村の風習に疑問を呈したことがきっかけだった。

自らの軽はずみな言動で、ひとつの村が消えた。

そのことを止められもせず、文字通り高みの見物しかできなかったエヴァルスは、微動だにしない。

「……エヴァ、行こう」

「タンク。この世界って救う価値ある?」

エヴァルスの言葉に、タンクは二の句を継げなかった。

アカサを出て、3つの村を通った。

たった3つだ。

しかしその3つの内2つは問題を抱えていて、勇者を必要とせず勝手に壊れていた。

魔王が支配しているからではない。

人の手で既に壊れていた場所が、魔王の手が届かない範囲でほとんどを占めているのだ。

エヴァルスだけではない。

タンクも同じ気持ちだった。

だから返す言葉を持っていなかった。

2人の間に居るうぱはおろおろと見比べるしかできていない。

ここには2人を導ける者は誰も居なかった。

「ボクたち、いや勇者の旅は無意味じゃないかな。だって魔王の支配って言い伝えだけで旅をしている。でも、誰も困ってないじゃないか」

オンセンの中でレヴリスに言われて刺さっていた言葉が膿んで弾ける。

「100年に1回の伝統?そんな毎回敵対されても魔王は人間を滅ぼしていない。だったら、そもそも倒す必要ある?」

「エヴァ、オレらが、いやこれまでの勇者たちがずっと無駄だったって言うのかよ」

「実際、ボクたちに何ができたのさ。トアールも、ハマも!蚊帳の外で勝手に進んで、滅んで!」

トアール村は食い扶持減らしで捨てられた子どもを守っていた人からすべてを奪ってしまった。

今回のハマの村は1人の命を救いたくて全員を死なせてしまった。

エヴァルスにとって、自分が動けば救いではなくむしろ災厄でしかない。

その事実を否定してくれる者はこの場に……。

「下らんのう」

その言葉に張り裂けそうな空気が弛緩する。

声は滝の奥から響いてきた。

「ヒトは死ぬ。早いか遅いかだけだ。自分の本心に準じるかどうか、違うか?」

声の主は”滝を割って”奥から進んでくる。

水の上を歩き、濡れることも無く。

「ふぁあ。もう100年か。早いのう」

「誰だ、お前!」

タンクは盾を構え、エヴァルスとの導線上に立つ。

「ワシか?ワシはイワイ、そう呼ばれておる」

岸までたどり着いたイワイは首を傾けゴキゴキと鳴らす。

「しかし、また滅んだか。相も変わらずヒトという生き物は度し難い。なぜそう生き急ぐか」

村を見下ろしながら目を細める。

「あなたは、いったい……」

「だから言っただろう、イワイだ」

面倒そうにへたりこんだエヴァルスを見下ろす。

「毎度毎度そう憔悴しおって。主の世界を救うという決意は軽いのう」

「おい、おっさん!事情も知らずにごあいさ」

「黙っとれ」

タンクが食ってかかると地面が隆起してかすめる形の岩が飛び出してくる。

「主も情けない。なんの力も持っていないではないか」

タンクへの言葉は目も見ることなく吐き捨てられる。

その言葉へ反論できる術をタンクは持っていなかった。

「えっと、そうだ。救い、救いだな」

イワイは思い出したようにアゴに手をやる。

そしてかがんでエヴァルスに目線を合わせる。

その前にうぱが立つが如何せん背が低く遮ることはできていない。

「主も主だ。甘やかしおって。この者が何も成せず良いというのか?」

「うぱー!」

今の言葉はエヴァルスではなく、うぱに向いていることに気付く余裕は2人になかった。

「何も成せない……」

「そうだ。主は何もしておらん。それはこの世界を見ていないからだ。……なぜ、先人の道をなぞる?」

エヴァルスはその言葉に顔を上げる。

伝統。

進むべき道。

生まれた時から決まっていた線路。

生を受けて15年「魔王を倒す」こと以外生きる意味を見出してこなかったエヴァルスにとって初めての言葉だった。

「でも、ボクは勇者だから」

かろうじて出た言葉をイワイは鼻で笑う。

「その名前、誰一人として何も成していない負け犬の名ではないか。主は、その怨霊に委ねるのか」

言葉の途中でエヴァルスは剣を抜いて振りぬいていた。

イワイは避けなかった。

エヴァルスの剣閃は止まらない。

イワイの首に当たった瞬間、剣が折れたからだ。

半分ほどの長さで振り抜かれた剣。

エヴァルスとタンクは言葉を失う。

「そのようななまくらでワシを傷つけられるものかよ」

イワイは頭を掻きながら立ち上がる。

「そろそろ主は主の旅をせよ。まだ間に合うのだから。主もどうするか決めよ」

「うーぱ」

イワイは振り返ると滝の中に消えていく。

その瞬間地面の隆起が元に戻り、タンクの身体が自由になった。

「エヴァ!大丈夫か」

「折れちゃった」

未だ握られた剣。

量産品とはいえアカサ最高の剣がいともたやすく折れてしまう強度。

「無事ならいいだろ。なんなんだ、あの化け物」

「うぱー!」

タンクの言葉にうぱは拳を握りしめて突撃する。

どうやら怒っているようだが、どこにそこまで腹を立てたか、2人は判断できなかった。

「タンク、ボクらって、誰?」

イワイの言葉。怨霊。

先代たちの功績をなぞり、成し得なかった魔王討伐を当代こそ成す。

その一心で始まった旅。

だが、イワイの言った通りなのだ。

誰一人魔王を倒せていないから、自分が旅をしていて、その繰り返しで事を成せるわけがない。

そんな単純なことを、エヴァルスもタンクも見落としていた。

「……タンク、ボクもう少しやってみる。付き合ってくれる?」

エヴァルスの言葉にタンクは大きなため息を吐いた。

「今さら国に帰れるかよ」

タンクは拳を掲げる。

エヴァルスはその拳に自分の拳を合わせるのだった。

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