第19話・魔竜

「どうしよう、コレ」

エヴァルスは折れた剣を掲げながら眉をひそめた。

イワイに切りかかった時に相手に傷を負わせることはなく、寧ろ鋼の剣が真っ二つに折れてしまった。

イワイとの問答のあと、滝の裏を探って見たものの、人が隠れる場所も、ましてや水の上を歩けるような仕掛けも見当たらなかった。

どうにか立ち直った2人はハマの村を立って西に向かう。

街道に出て、見開けた場所で先の言葉を溢したのだ。

「新しい剣買うしかないだろ。そうは言ってもそこらにあるかね、これよりいい剣」

出立の際に貰った鋼の剣は少なくともアカサが一番いいものをとあつらえてくれたものである。

折れた剣以上のものが一般流通しているとは考えにくかった。

「勇者から魔法使いに転職するか?別に武器に頼らなくても魔王倒せればいいんだろ」

タンクの物言いに苦笑いを浮かべる。

「それはそうだけど。魔力尽きたら戦えなくなるのはちょっと」

エネルギーである以上もちろん有限である。

エヴァルスはもちろん、タンクも魔力の鍛錬を積んでいるものの、気力や体力に比べて回復が遅い。

無駄打ちはできず、強敵の戦いとでは節約もしてられない状況は目に見えている。

対して物理的な武器であれば手入れの手間はあるものの、ほぼ無制限に使える。

短期の戦いであれば魔法での戦いは有効だが、長期的、連続的な戦いでは消耗戦になってしまうのだ。

「だよなぁ。それにエヴァの魔法、加減が効かないし」

タンクは何気に鋭いことをしれっと言った。

エヴァルスはタンクに比べて魔力の調整が苦手なことを指摘されて苦笑い。

その顔を見てうぱはエヴァルスの頭を撫でている。

「ありがと。タンク、次の村は武器ありそう?」

「そうは言っても……ある。間違いなく」

地図を見たタンクは目の色を変えた。

エヴァルスとうぱは地図をのぞき込む。

道筋上、次に訪れる村の名前はヤィラと書かれていた。

「こんな山奥の村なのに?なんで?」

エヴァルスは首を傾げた。

タンクは村の北西に位置する場所をなぞった。

「ここは大陸で一番の鉄鋼の産地だ。当然良い鉄を扱ってる。つまり……」

「良い武器を鍛錬してるかも!」

「他の村より全然可能性が有るってことだ。急ぐぞ」

2人は手を合わせて歩を進める。

今までの旅で一番足取りが軽く見えるのは、気のせいではないだろう。


「剣?無いな」

足早にヤィラへ着いた2人は旅の疲れなど気にすることなく村に有った鍛冶屋へ入った。

その店は温度が高く、奥から高い金属音が響いていた。

主人に事情を話し、折れた剣を見せると先ほどの答えが返ってきた。

「無い?ここは鍛冶屋だろ?」

タンクが食らいつくと主人は首を振った。

「なまくらでいいならいくらでもな。でもお前さんらが欲しいのはこの剣以上のものだろう?」

主人の言葉でおおよそ察した2人。

旅立ちで貰った剣はおそらくこの村で作られた最高の品だったんだろう。

これ以上の剣は作れない、そういうことだ。

「しかし、懐かしいな。この剣は俺が打ったんだが。よくもまぁこんなナリに」

「ごめんなさい」

エヴァルスは主人に頭を下げる。

だが、気にする様子もなく手を振っている。

「お前さんに怪我が無いなら構わんよ。むしろどうやったら折れたんだ?岩でも斬ったか」

折れた剣をしげしげと眺める主人はため息を漏らした。

人の形をしたものを斬ったと言ったら信じるだろうか。

「旦那ぁ、確認お願いしやす」

「おう!力になれずにすまんな」

主人は奥に引っ込んでいった。


当ての外れた2人は酒場で頭を抱えていた。

「そんなに良い物だったんだ」

「逆にアレ、何者だよ」

タンクの言ったアレとはイワイのことだ。

この剣で斬った際、傷付くどころか最高と言わしめた剣を折るほどの固さ。

「普通そんなもの受けて無傷とか反則だろ」

「どの道魔王にも太刀打ちできなかったんだろうなぁ」

2人は同時にため息を吐く。

その様子を見たうぱが真似してため息を吐いた。

「とりあえずなんか貰っておくか?得物無かったら辛いだろ」

「うーん……」

タンクの提案にエヴァルスは呻く。

さきほどの鍛冶屋で「最高の物」と言い切られてしまった以上、この村だけでなくここから先の土地でも今持っている以上の剣は無いことを示していた。

「いっそマジで魔法使いに鞍替え?」

「やめてよ」

タンクが茶化すとエヴァルスは顔をゆがめた。

その時勢いよく酒場の扉が開かれた。

「出た……奴だ!」

その言葉に周囲はざわつく。

酒場の客は口々に被害状況を伺ったり不安を溢している。

「奴?一体どうしたんです?」

長机の隣に居た男に話を聞く。

「アンタ、知らんのか。出たんだよ、魔竜が」

『魔竜?』

2人は口を揃えて聞き返す。

話を聞くと鉱山には定期的に魔竜と呼ばれているモノが出没するという。

普段はその魔竜を避けるように採掘をしているのだが、ひとたび現れると危険区域に指定され、魔竜が去るのを待つしかできなくなるとのこと。

「時期的にはもう少し後と思っていたんだが……」

「その魔竜、退治できないの?」

エヴァルスの言葉に男は血の気が引いた顔色になる。

「冗談じゃない。腕自慢10人がかりで帰ってこなかった。こっちから手を出さなければあの炭鉱から出てこないんだ。無理する必要は無い」

男の言葉ももっともだった。

出没した瞬間の被害は事故と思い、やり過ごす。

その対処が賢明だった。

大人の考えでは間違いない。

しかしエヴァルスもタンクも、ハマの村で同じような事を見聞きしていた。

無意味な犠牲。

人の意志か、魔竜による被害か。

2人にとってそこに大きな違いはなかった。

「エヴァ、剣一本貰っとくか」

「うん、無手より良いよね」

2人は大きく頷いた。

「アンタら、何を?」

「オレらがその魔竜に怯えなくていいようにしてやるって言ったら?」

「少なくとも、これ以上被害出したくありませんし」

その言葉の反応は歓声ではなく水を打ったような静けさだった。



炭鉱奥深く。

何かが這う音が響く。

丸太ほどもあるヘビが我が物顔で坑道を進む。

尻尾の先にはすでに息絶えた人間を巻き付けている。

その場で丸呑みにすることが自然であろうが、どこかに運ぶように進む。

ヘビはそのまま暗がりの中に消えていった。

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