第17話・攻められなかった理由

森を歩いている途中に後ろから怒号の聞こえたレヴリスは振り返った。

既に上がり始めた煙。

徐々に明るくなる村。

「始まったか」

さほど気に留めるもなく、再びレヴリスは歩を進める。

「なぜ、魔王サマが攻め込まないか、だって?勝手に潰れる場所に労力割いても仕方ないだろう」

笑みはなく、感情すら見えない言葉がレヴリスにとっての”破魔”の村へ抱く素直な感想だった。



「村が……」

ミソギは2人を置いて薄暗くなった森へ駆け出す。

エヴァルスとタンクは一瞬遅れて後ろを駆ける。

ミソギにはすぐ追い付いた。

「ミソギさん、危ないです!」

「でも!お父さまに何かあったら……」

まだ村まで半分も走っていないにも関わらず既に息の上がっているミソギ。

それでも足をもつれさせながら、懸命に走る。

「あぁもう、まどろっこしい」

タンクはふらつくミソギの手を掴むと背中に乗せる。

目を丸くするミソギ。

「こっちのほうが早い。乗り心地は期待するなよ」

「……はい!」

ミソギの返事を受け、タンクとエヴァルスは目を合わせる。

先ほどまでの倍の速さで林を駆けていくのだった。


村に着いて最初に目の当たりにした光景は、血と煙だった。

穏やかな風景は消え、家は燃えている。

「な、なんで……」

あちこちで怒声が響いているが、何を言っているかまでは聞き取れない。

「魔王が、来たの……?」

膝から崩れるミソギ。

魔王であれば、魔王の襲撃であれば救いもあった。

その救いを3人を見つけた村人が否定した。

「いたぞ、本当に勇者と一緒だ!」

ほんの数時間前まで一緒に暮らしていた隣人に向けるものではない、血走った目。

ミソギは言葉を無くし、間に2人が立ちはだかる。

「いきなりどうしたんです?村はなぜ」

「よそ者が勝手するからだ!」

村人の手に握られたオノやナタ。

本来の用途は武器ではなく、樹を切り生活を豊かにするための道具が今は既に血がこびりついていた。

「エヴァ、引くぞ!」

「でも」

「話すのは無理だ!」

タンクは2人に気付けをして、その場から下がる。

ミソギの脚ではすぐに追いつかれるも、タンクが最後尾に付け武器をいなし、怪我をさせることなく退ける。

林の中に逃げ込み、ミソギへの休息を作った。

「……なんで。おじさんはタンスの調整してくれるって、言ってたのに」

昼間で一緒に暮らしていた村人が襲い来る恐怖に自らを抱きしめながら震えるミソギ。

「落ち着くまで、ここで隠れてましょう」

エヴァルスの提案にミソギは首を振る。

「……お父さまが心配です。ここからなら家へ回り込めます」

ミソギは膝を震わせながら立ち上がるとふらふらと足を進めた。


煙が立ち込める。

炎の光が村の中に満たされていく。

血の匂いがくすぶる。

数時間前、あれほど穏やかだった移民の村は見る影もなかった。


ミソギが屋敷にたどり着く。

既に火の手が回っていてその光景を目の当たりにしたミソギはへたりこんでしまう。

「……なんで、なんで。お父さま!」

「ミソギ!?いるのか!」

ミソギの叫びに応えるニシキの声。

屋敷の外から聞こえた声はまっすぐ向かってくる足音。

「ミソギ、よかった無事だったか」

現れたニシキ。

肩に大きく血のりが付いていて、滴る雫はそれが返り血ではないことを示していた。

「お父さま、これはいったい」

「……エヴァルス殿が、人身御供を連れ去ったと。どれほどそんなことはないと説明しても聞いてもらえず」

ミソギを傷の無い腕で抱きながら、ニシキはエヴァルスをじっと見る。

「エヴァルス殿、お逃げください。あなたが今ミソギといるところを見られたら」

「こっちに逃げたぞ!」

複数の村人の足音が近づいてくる。

ニシキの顔色がスッと青くなった。

「いたぁ。やっぱり御神体を連れ去るつもりだった!長も片棒担いでやがった!」

10人は下らない、殺気だった村人たち。

その中にはオンセンで介抱してくれた人物も混じっていた。

「誤解です!勇者さまと一緒にお話ししていただけで」

ミソギの必死の声も、エヴァルスを疑ってしまった村人にはさらに燃え上がる種にしかならない。

「ほぅら!ほだされて死ぬのが怖くなった!このままでは村が滅んじまう!」

「落ち着いてください。この通りミソギは戻りました。これで平穏も……」

「黙れ!」

村人を落ち着けるため、前に出たニシキに村人は大きく振りかぶった斧を叩きつけた。

「え……」

1人の行動がきっかけになり、そのまま手に持った”武器”でニシキに襲い掛かっていく。

「逃げ……ろ」

仰向けに倒れたニシキは息も絶え絶えに、だがしっかりとミソギに言葉を発した。

「お……父さま」

ミソギは目の前で起きたことを受け入れられないように固まっている。

倒れたニシキに執拗に武器を振るう村人。

動かなくなった骸に興味を失ったケモノたちは目線をこちらに飛ばして来た。

「……下がれ」

エヴァルスは鞘ごと剣を構える。

いくら暴徒と化したとはいえ村人。

武器を向けるには憚られた。

「うるせぇ!お前が首突っ込まなければこんなことには」

「ここで納めるなら何もしない。来るなら……」

エヴァルスの言葉を聞かず男たちは狂気に駆られて襲い掛かってくる。

暴走した、なんの訓練もしていない、人間。

そんな襲撃はエヴァルスとタンクには訓練にも満たなかった。

武器を弾き、昏倒させていく。

その時間は3分もかからなかっただろう。

「……エヴァ、大丈夫か」

「怪我はないよ」

タンクの問いに、わざと答えをズラすエヴァルス。

傷のことを聞いたわけではないことくらいわかっていた。

「どう……して。なんで、お父さまが」

涙すら流さないほど目の前の状況を受け入れられないミソギ。

そんな彼女を2人は見ることができなかった。


できなかったから。


「生きてても意味ないね」

2人はその言葉に振り返る。

戦いの最中弾いたナタが虚ろな目のミソギの手に握られていた。


指に力が入る。

ミソギの、白い肌に刃が食い込む。

ゆっくりと引かれる赤い線。

首からほとばしる赤い水は止めるために近寄ったエヴァルスの顔を化粧した。

「痛い……痛いよぅ……」

女の力、しかも使い古したナタの切り口は鈍く、首を切ったにも関わらず命に至らなかった。

「……しなせて、ください。いたい、のは」

浅い息でエヴァルスに訴えるミソギ。

赤い化粧に一筋の雫が流れる。

エヴァルスは魔力を込める。

一瞬で終わるように。

もう苦しまなくていいように。

ミソギの居た場所に高い火柱が上がる。

それは人間に向けた初めての魔法だった。

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