第16話・ひとつの命
「何を?神に捧ぐは人身御供と決まっているでしょう?」
ニシキは表情も変えることなく2人に話す。
「そんな……人の命、ですよね」
エヴァルスは、なんとか言葉を絞り出したが、ニシキはさらりと受け流す。
「ええ、代えがたい人の命です。1人の命で村すべてが救われる。単純な足し算では?」
タンクの表情はみるみる曇っていく。
「アンタ、それでも人の心あるのかよ」
タンクの刺々しい言葉に、ニシキは困ったように眉を寄せる。
「他人にそこまでのことを言われたのは初めてです」
「タンク、言葉が過ぎるよ。でもニシキさん。ボクも生贄には同感できません。その人にも家族がいるんですよ」
タンクの勢いを嗜める意味も含め、エヴァルスが口を挟む。
しかし誤解を与えないように、自分の立場も告げながら。
エヴァルスの言葉を受けて鷹揚に頷くニシキ。
「知っておりますよ」
「それなら、生贄にされた家族が悲しむとは……」
「思いません」
ニシキは反論にきっぱりと答える。
エヴァルスはなおも食い下がる。
「なぜ断言できるのです」
エヴァルスの言葉にニシキは再び真顔になり答えた。
「次の捧げ者はミソギだからです。私が悲しんでいるように見えますか」
エヴァルスたちとニシキの話はそこで終わった。
言葉を失くしたことを察したニシキが引き下がり、2人部屋に残されたのだ。
どちらから誘うわけでも無く、屋敷を出て村の中をうろついた。
柔らかな風と暖かい日の光。
絵に描いたような穏やかさは、先ほどの話の後だとかえって不気味に写った。
「言いすぎちゃったかな」
エヴァルスが漏らすとタンクは頭を小突く。
「そんなわけないだろ。人を捧げて自分らが生き残る?まともな神経じゃ……」
タンクがそこで口をつぐんだのは、村人の視線を感じたためだった。
この村に根付いた「伝統」
生贄を捧げ、村を襲撃から遠ざけること。
その常識を信じていないのはこの村の中にはエヴァルスとタンクの2人だけなのだ。
「浮かない顔してるな、勇者サマ」
鬱々と歩いていると村の境にある林の陰からレヴリスが話しかけてくる。
「どうした?この村の常識を知って当てられたか?」
「暇なの?」
先ほどオンセンであれだけ悪態を吐いて尚まだ話しかけてくる神経に対してエヴァルスは目を細めながら呆れて言葉を溢す。
「辛らつだな、おい。このあと砦暮らしだ、最後の息抜きくらい許されるだろ」
レヴリスは肩をすくめながら答えた。
「ねぇ、生贄捧げてるから攻めないの?」
「エヴァ、素直に答えるわけないだろ」
エヴァルスは、レヴリスに……魔王の配下に直接聞く衝動を抑えられなかった。
人の命を捧げている、その意味を。
その問いにレヴリスは鼻で笑った。
「そんなわけないだろ。別に魔王サマが頼んだわけでもないしな。こいつらもお前らと同じだよ。伝統だか風習だか知らねぇけど、古い人間をなぞるだけ。下らねぇ」
レヴリスは歯を出して楽しそうに語る。
その、軽さにタンクは肩を震わせる。
「お前らが無茶苦茶するから、必死で生きてるだけだろ!」
「おい、兄ちゃん。カッカするな。氷使いが頭に血を上らせたら終いだろうが」
「あぁ!?」
「まぁいいや。次会ったときは容赦しない。オレは砦に引きこもる、それで会うなら明確な侵略者だろ?魔王サマ守らないとな」
「……あなたは、まさか」
エヴァルスの言葉に、銀色の腕を上げて指を立てた。
「勇者サマ、お前はまだ何も知らない。魔王サマの絶望も、この世界の真実も。だから、戦う価値もない。それだけだ」
「うぱー!」
足元に居たうぱは銀色の腕に飛びつくとかじりつく。
「お前、やめとけ。歯が欠けるだけ……歯、あるのか?」
レヴリスは銀色の義手にかじりついたうぱに問いかける。
うぱは口を開いて歯が無いことをアピール。
「勇者さま!こんなところにいらしたのですね!あら、そちらの方は?」
話の最中、ミソギが一団を見つけ駆け寄ってくる。
3人とも馴染みではない人間に小首をかしげる。
「勇者サマだったんですねー!何も知りませんで!引き留めてしまって申し訳ない、では”良い旅”を」
レヴリスは腕にかじりついたうぱを剥がして地面に置くとそのまま立ち去っていった。
「お知り合いですか?」
「だったんじゃないっすかねぇ」
タンクは引きつりながら答えるのが精いっぱいだった。
「勇者さま、お時間があるのであれば私とお話しましょう?もちろんタンクさまもご一緒に」
ミソギは微笑みながら2人を誘う。
生贄。捧げもの。
2人の脳裏にはその言葉がこびりついて離れない。
「私、外の世界には出れないので。今までの旅のお話を聞かせてくださいな」
外に出られない。
その言葉の意味を2人は知っている。
そんな悲しい言葉を前にミソギの誘いを断る術を2人は知らなかった。
「ぜひ」
「ありがとうございます!そうしたらついてきて下さい!美味しいぜんざいがあるのです」
ミソギの案内で村を巡った。
甘味を食べ、村人たちと語らい、そして旅の話をした。
ミソギの表情は驚くほど豊かで。
そう遠くない未来に命を失うとは思えないほど明るい顔をしている。
日は徐々に傾いて。
最後に見せたいものがあると、村の近くを流れる川岸を3人でさかのぼる。
「まだ歩くのか?」
「もうすぐです。もうすぐ……」
ミソギの言葉の直後、視界が開けて荘厳な滝。
そして振り返ると村が一望できた。
薄暗い中にぽつぽつと見える、炎。
「私、この時間の、この景色が好きなんです。火が見える。生きるための明るさが見える、この景色が」
ミソギの口から出てくる「生きる」という言葉。
死が近い者が語る命。
エヴァルスもタンクも、死に臨んでいる旅をしている。
だが2人の旅は絶望ではなく、希望を勝ち取るためだ。
( 古い人間をなぞるだけ。下らねぇ)
レヴリスの薄く笑った言葉が脳に走る。
生贄は無意味と。
自己満足でしかないと。
この、目の前にいる少女の命は。
「ミソギさん。あなたは怖くないのですか?」
死ぬことが。
その言葉はエヴァルスの口の中で絡まった。
「怖いです。この村が消えてしまうことが」
ミソギの答えは自分の命ではなく、村の命。
「……ボクたちが守ります。村も、世界も。だからミソギさんが命を捨てるなんてやめましょう?」
「勇者さま…?何を?」
「生贄なんて意味がない。あなたが死ななくても村は……」
「おい……あれ、なんだ?」
エヴァルスの言葉をタンクが遮る。
眼下に広がるのは夜支度をする村の景色。
さきほどまでちらちら見えていた赤が、村の半分を覆っていた。
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