第15話・安泰の村

「魔王サマ、来客がございます」

「ずいぶんと気安い場所になったものだな」

魔王の部屋にコウモリが飛んでいる。

来客を告げたコウモリは羽をせわしなく動かして「客、客」と繰り返す。

大陸の東北端に位置し、周囲は険しい崖に面している孤城。

魔王の住まう城。

その周囲は魔王を信奉している魔物や魔族が溢れており、生半可な者が辿り着ける場所ではない。

つまり、この地を踏めている時点で猛者の証明という事だ。

「来やすいだなんて、とんでもない。こんな来にくい場所は他にないよ」

「ならば来る必要は無いだろう」

魔王が座っている背後に1人の人物が立っている。

ピンと立った耳が震えている。

「ご挨拶だねぇ。せっかく勇者サマの動向を言いに来たのに」

「お前に聞かずとも」

「今回も、ダメだろうね」

来客は魔王の言葉を遮った。

その言葉に、わずかに魔王の表情が曇る。

「それで?」

「報告に来ただけだよ。キミの絶望が深くなる前に」

「絶望?そんなものは希望を抱く、幻想に身を委ねている者から出る者だ」

「だから、キミが苛まれるんだろう?いつまでも来ない幻想に身を浸しているのだから」

「去れ、女狐。私の炎が焼く前に」

「ごきげんよう、魔王サマ。100年後に出逢えることを楽しみにしている」

その言葉を最後に部屋は静まり返る。

先ほどまで魔王と話していた人物は毛ほども見えなくなっていた。



「エヴァ、大丈夫か?」

「らいじょーぶ」

温泉に浸かっていたエヴァルスは見事のぼせてしまっていた。

脱衣所で頭に塗れたタオルを乗せて、長い椅子に寝そべっていた。

「さすがにアホすぎるだろ」

「うぱうぱ」

タンクとうぱの辛辣な態度に返す言葉もなく、襲い来るめまいと戦う。

「いろいろ考えちゃって。てかなんでうぱは平気なの?}

「うっぱー!」

うぱは腕を曲げて、二の腕を叩いている。

もちろん、力こぶなどできていない。

「お前がなかなか出てこないからてっきりあの銀色にやられたのかと思ったら」

「そう思うなら置いていかないで」

エヴァルスの苦情も素知らぬ顔で受け流す。

「そうは言っても殺気は感じなかったし。あいつの場合、そんなもの漏らさず仕留めるくらい訳ないんだろうけどよ」

そんな危険人物のそばに置き去りにされたエヴァルスは、別の意味で頭痛がすることを感じていた。

「兄ちゃん、情けねぇなぁ。ほら、コレ飲め!」

オンセンのあるじは瓶に入った茶色い液体をエヴァルスに渡す。

「コレは?」

「お!兄ちゃんも飲むかい?コレはコーヒー牛乳って言ってな、この村の特産よ!」

あるじは紙の蓋を開けて2人に手渡す。

エヴァルスは起き上がり、受け取るとゆっくりと口に含んだ。

「……甘っ!コーヒーだよね?」

「へぇ、コーヒーなんて苦いだけと思ってたけどな」

あるじは腕を組んで誇らしそうに胸を反らす。

「この配分は秘伝でね!こればっかりは勇者サマでも教えられねぇぜ!」

「こらこら、失礼でしょう?」

あるじが胸を張っている最中、ニシキが脱衣所に入ってくる。

「ニシキさま!」

「ユモト、介抱ありがとう。エヴァルス殿、お加減は?」

「大丈夫です。ごめんなさい、ご心配をおかけして」

エヴァルスの返事ににっこりと笑うニシキ。

「よかった。勇者サマを温泉で討伐してしまうところでした」

瞬間の静寂。焦るニシキ。吹き出すタンク。

徐々に笑いは大きくなり、一同の笑い声が響いていた。


すっかりのぼせから冷め、ニシキ先導で村を歩く2人。

移民の村という話の通り、2人は初めて見る光景に目を見開くばかりであった。

「珍しいでしょう。遥か東より持ち寄った文化です」

「海を越えて、ですか?」

エヴァルスは頭に地図を思い浮かべて、東の端は海になっていることを考えていた。

「そうですね。遥か東、この国の地図には描かれていないほどほど東。我らの祖先はそこから移ったと聞いています」

ニシキは頷くと目の前の、これまた見たことも無い屋敷に案内した。

樹で組まれた塀。

門扉ではなく、上から丸太で組んだ壁をおろす形で閉まる塀

屋敷自体も樹で組まれているようでドアのようなものは無く、横に滑る板があるだけだった。

「ご滞在中はこちらをご利用ください」

「お父様、こちらが勇者さまですか?」

屋敷の中から白い着物を着た娘が歩いてくる。

「そうだよ、ミソギ。ご挨拶を」

ニシキに促され、頭を下げるミソギ。

それに倣いエヴァルスたちも頭を下げる。

「本当に勇者さまがいらっしゃるなんて。私が生きている時で嬉しいです」

エヴァルスはミソギの言葉に違和感を覚えた。

「生きて……と言うと?」

「えっと、それは……」

「ミソギ、お2人はお疲れだ。話はあとで。お部屋に案内させます」

ミソギが言い澱むと、ニシキは手を叩き人を呼ぶ。

ミソギは頭を下げて屋敷の奥に戻っていく。

屋敷からは2人の女中が現れてエヴァルスたちを屋敷へ迎えていく。

「お履き物はこちらで脱いでください」

靴を脱ぐように促されると従いながら進んでいった。


「エヴァ、落ち着かねぇ」

タンクは部屋に着くなり、周囲を見回しながら所在なさげに立ったままうろついている。

「タンク、ボクまで落ち着かなくなるから座って」

「だってよー、床に直接だろ?汚くないのか?」

「そのために靴脱いでるんでしょ?」

「うーぱ」

タタミと呼ばれた草を固めた床の匂いを気に入ったのか、うぱはゴロゴロと転がる。

「コイツなんて、靴のまま上がってるようなものじゃないか」

「うぱ!?」

タンクに指摘をされたうぱは、自分の足をタオルで拭き始めた。

「お待たせして申し訳ありません。エヴァルス殿、タンク殿。お話があるとお伺いしたのですが」

「ええ。この村は魔王からの襲撃が一度もないとお伺いしたのですが」

エヴァルスの問いにニシキは頷く。

「そうですね。少なくとも言い伝えではそうなっています」

「なぜそのようなことが出来るのでしょう」

「それはお狐さまの加護によるものです」

ニシキは自信たっぷりに答えた。

『おキツネさま?』

「ええ、この村を守ってくださる、神のようなものです」

2人は眉間にシワを寄せる。

「神って……守るのはこの村だけですか?」

エヴァルスの言葉にニシキは目を伏せる。

「私とて不思議なのです。他の村は襲われた歴史があることが。皆も捧げればいいのに」

「……捧げる?」

聞きなれない言葉を思わず繰り返してしまう。

「ええ。お狐さまに捧げる。そのことで安泰を保つ。他の方々はなぜしないのでしょうね」

エヴァルスの頬に冷たい汗が流れる。

「……何を、何を捧げるというのですか?」

自分の考えを否定してほしいと願う、エヴァルスの望みは儚く散る。

「何を?神に捧ぐは人身御供と決まっているでしょう?」

ニシキの顔はピクリとも動いていなかった。

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