第14話・温泉の再会
ハマの村を目の前にして、エヴァルスとタンクは赤い建造物を見上げていた。
門とも違う、ただ丸太を組んだようなゲート。
「こんなモノなんの意味があるんだ?」
「こんなモノとは失礼ですね、旅のお方。鳥居をご覧になるのは初めてでしょう?」
鳥居と呼ばれた門の先から1人の男が歩いてくる。
「こんにちは。私はハマの長を務めております、ニシキと申します」
2人から10歩ほど離れたところでぺこりと頭を下げるニシキ。
つられて2人も頭を下げた。
「わざわざこのハマの村になに用で?迷っていらっしゃるようには見えませんが」
微笑んでいるものの、圧のある目線。
いきなりよそ者が現れればその反応は無理もないだろう。
「ボクたち、こういう者です」
エヴァルスは右手のグローブを外すと青いワシの紋章をニシキに見せた。
倣いタンクも黄色い種の紋章をかざすとニシキは納得したように頷く。
「なるほど。もう世間ではそのような時期ですか。ようこそエヴァルス殿、タンク殿。ハマの村はあなた方を歓迎いたします」
ニシキの目から警戒は無くなり、柔和に微笑みが増した。
「ありがとうございます。伝承に倣いこちらの村に滞在させていただきます」
「そんな堅苦しい。ごゆるりとして下さい。いやぁ、千客万来とはこのことだ」
エヴァルスの言葉にニシキは砕けた様子で返す。
「魔王の手が迫っている以上、そのような悠長には」
「いやぁ、ありがとうございます。さっそく風呂からもらって良いです?」
「タンク。いきなりは失礼だよ」
タンクを嗜めていると、ニシキは手を振って応えた。
「いえ、ハマは温泉も湧いていますから」
『オンセン?』
聞きなれない言葉に2人は首を傾げた。
「そうでしたな。温泉は他の地域では馴染みのない文化でした。この村では地面から風呂が湧くのです」
「地面から」
「風呂?」
2人の首はまた傾くのだった。
「本当に地面からお風呂が湧いてきてるなんて」
「オレ、ここに住んでいいか?討伐、しばらく遅らせよう」
露天風呂と呼ばれる野外にある風呂に案内された2人は初めて体験する風呂に驚きを隠せずにいた。
うぱは2人のそばでバタ足をするように泳いでいた。
「タンク、それはさすがにまずいでしょ。でもこのオンセン、気に入るのはわかる」
「だろ?なんでこんな良いものが他には無いんだろうな」
「それはな、温泉が湧くのには火山が必要だからだよ」
立ち込めた湯けむりの向こう側から声がする。
先客がいたことに2人は気付かなかった。
「へぇ、火山がないとダメなんですか?」
「温泉を温めているのは火山熱でね。それだけじゃない。マグマの質によって湯にさまざまな成分が溶けだす。身体にも良いんだぜ」
「詳しいっすね、お兄さん」
湯けむりの先に向かって話すタンク。
言葉の主が近付いてきた。
「まぁ、こんなナリだからな。ちょくちょく顔出してる。しばらく来れなくなるからな」
湯けむりの向こうから来た男の顔を見て2人は固まる。
つい先日見た、忘れることのできない男だったからだ。
「しかし、このタイミングで一緒の風呂ってどうなのよ。間が悪いと言うかなんと言うか」
一緒に風呂で埃を落としていた人物。
それは魔王四天王が1人、銀腕のレヴリスその人だった。
「タンク、逃げよう!」
「この距離でか!?」
2人は立ち上がると目をレヴリスから離さず後ずさりしていく。
しかし、レヴリスは顔を見せた場所から動こうとはせずに気の抜けた声で話す。
「……お前らさ、前隠せよ。裸なの忘れてねぇ?」
その言葉に2人は目線を下ろし赤面しながら湯に戻る。
「それでよし。てかよ、戦う気ねぇし」
「そんな言葉信用しろとでも?」
目を剥くタンクにレヴリスは右半身を捻って見せた。
「この身体癒す場所、血に染めたくないんだよ」
その身体は先日付いていた銀の腕はなく、ごっそりと削られた肩口を晒していた。
「義腕……だったの?」
「普通腕が銀色に光らないだろ。失くした時に造ってもらったんだよ」
いっそ拍子抜けするほどあっさりと言うレヴリスに2人はなんと返したらいいか分からず無言になる。
「なんだよ、せっかく良い温泉なんだから楽しく話そうぜ?」
「お前と楽しくなんて話せるかよ」
タンクは背中を向けて風呂から出ていってしまう。
実力で敵わないことを理解しているためか、正面から向き合っていようが背中を向けていようが結果は変わらないと思ってか堂々としていた。
「嫌われたもんだねぇ」
「そりゃそうでしょう」
タンクに置いていかれ、引き返すときを逸してしまったエヴァルスはレヴリスと向き合って湯に浸かった。
そんなエヴァルスの言葉にレヴリスは肩をすくめた。
「嫌われる理由無くない?まだ2回目だぞ、会ったの」
「あんな最悪な出会い方していれば充分でしょう」
その言葉にレヴリスは深くため息を吐いた。
「あのなぁ、あの時オレお前らになんの手出しもしてないだろうに」
「でも、あなたは魔王の……」
「だから、なに?」
レヴリスから出た言葉は短かった。
しかし、エヴァルスの言葉を遮るのには充分な力が籠っていた。
「なんかさー。お前ら見てると窮屈なんだわ」
レヴリスは肩まで浸かりながらのんびりと語る。
「窮屈?」
「だってよー。オレのこと何も知らない、知ろうともしない。ただ魔王サマの配下ってだけじゃん、怒ってるの」
「仲間殺し」
「それもこっちの問題」
「うぱー」
険悪になった2人の間に入っていくうぱ。
「ほら、コイツもオレに賛成だって」
「うぱ!?」
うぱに指を指すレヴリスにうぱは目を丸くする。
「なんて言っているのか分かるの!?」
「いや、分からん」
「うぱー!」
うぱはレヴリスの頭によじ登ると地団駄を踏んでいる。
「ほら、コイツのほうがよっぽど素直だよ」
「うぱ?」
レヴリスの言葉に地団駄を止めて、首を傾げるうぱ。
「こいつは自分の思うように生きてる。なのにお前はどうだい?魔王だというだけで討伐の旅に出る、配下というだけで敵だと思う。それはお前なのか?」
レヴリスは、エヴァルスの言葉を待たずに立ち上がる。
「のぼせた。長風呂はいけないや」
うぱをエヴァルスに放り投げるとそのまま出ていってしまう。
(また、やられちゃったな)
前回の遭遇に続き2回目。
力ではなく言葉でやり込められたことにエヴァルスは妙な既視感を覚えるのだった。
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