第3話・未熟な勇者
エヴァルスとタンクはアカサキングダムより一番近い街、ターナへ到着した。
「いやー、久々の街だー。風呂入りてぇー」
「そうは言っても1日だけでしょ。…まぁお風呂に入りたいのは同意するけど」
幼いころより旅の訓練を重ねているとはいえ、身体を清潔に保ちたいという欲望を消すことはできないようだった。
2人は街を歩き、宿屋へ向かう。周囲の人々は好奇の視線を送るも、2人が顔を向けるとすぐに視線を逸らした。
「バレてるね、ボクらのこと」
「話は伝わってるだろうからな、悪事千里を走るっていうだろ」
タンクの言葉にエヴァルスは顔をしかめた。
「ボクらが来るの、悪事?」
タンクはからりと答える。
「オレらがいたら魔物に狙われるかもしれない。そして勇者サマご一行に関しては王様から後払いがあるにしても基本無償だろ?厄介以外何物でもないだろう」
その言葉にエヴァルスは頷く。
「そっか。ボクらは狙われるのか」
「そーだよ、疫病神」
2人の会話にいきなり混ざってきたのは、オーバーオールを着た女の子だった。
「おい、エヴァ。お前いつから神になった?」
「魔王を倒したら神に成れたりするのかな」
声をかけてきた少女は2人の反応にさらに食ってかかる。
「いけしゃあしゃあとしてんじゃねーよ。さっさとこの街を出ていけ!魔物に狙われたら溜まったもんじゃ…のあー!」
「くぉら、カヤ!あれほど勇者さまに無礼を働くなと言っておいただろうが!すみません、コイツの無礼は私が謝罪いたします」
言葉の最中、ヒゲを生やした屈強な男がカヤと呼ばれた少女を張り倒す。
レンガを敷き詰めた道に倒れ微動だにしない。
「…あの子大丈夫ですか?」
エヴァルスが心配して声をかけると男は豪快に笑う。
「あんなのいつものことでして。勇者さま、よければこのコリンズが街を案内いたしますが」
コリンズと名乗った男は恭しく頭を下げる。
「それはありがたい。オレらはできれば埃を落としたい。宿屋に案内してくれるかい?」
「なんと都合がよい。我が家は宿屋を営んでおります。是非いらっしゃってください」
タンクは肩をすくめるのだった。
「いやー、いい宿だな。風呂は広い、飯は上手い。なぁエヴァ、しばらくここでのんびりしようや」
宿屋1階、酒場を兼ねた食事処で舌鼓を打つ2人。
もちろん酒は飲んでいないが、料理の味は舌を唸らせるには充分であった。
「早く魔王を倒さないと」
エヴァルスはお茶をすすりながらタンクの冗談を軽くいなす。
「さっさと出てけー」
先ほど道端でコリンズに殴り飛ばされた少女、カヤは給仕服に身を包み2人に悪態と吐く。
そのことで再びコリンズに小突かれることになっていた。
「全く。後でしっかり叱っておきますので」
「これ以上、叱らなくていいですよ。充分ですから」
エヴァルスは手を振ってこれ以上の教育を制止した。
「申し訳ございません。男手ひとつで育てたのでああも粗暴に」
「オヤジ譲りだから仕方ないだろー」
早くも起き上がったカヤは舌を出すとそのままキッチンへ入っていってしまう。
「元気だね、娘さんは」
「この世の中に生きているんです、絶望してないだけありがたい」
コリンズは苦笑いを浮かべながらキッチンに目を向ける。
「…あの子のお母さんは」
エヴァルスがわかり切ったことを、あえて聞く。
「あの子を守るために、ね。それ以来です。勇者さまを嫌うようになったのは」
この世界で魔物が出現することは珍しいことではない。
そのためある程度の護身術は皆心得ているのだが、幼い子どもとなると話は変わってくる。
コリンズの妻、カヤの母親の件も”よくある話”ではあるのだ。
「申し訳ございません、ボクがもっと早くに生まれていたら」
”よくある話”を聞き、エヴァルスは茶の注がれた湯飲みを見つめ、視線を上げられずにいた。
先ほどまでざわついていた酒場が徐々に音が引いていく。
「ボクがもっと早くに旅に出て、魔王を倒していたら、コリンズさんもカヤさんも寂しい想いをしなかったかもしれない」
酒場のどこからか洟をすする音が聞こえる。
それは同じ境遇の者だったのか。
黙って話を聞いていたコリンズは深々と頭を下げた後こう告げた。
「勇者さま、ご無礼を」
「え?」
エヴァルスがコリンズの言葉で顔を上げた瞬間、彼の拳がエヴァルスの顔にめり込んでいた。
「おっさん!なにすんだよ!」
タンクが盾を構えてエヴァルスとコリンズの間に立ちはだかる。
「オレが嫁を守れなかった責任まで負おうとするだぁ?たかだか15の子どもが調子乗るんじゃねぇ」
たかだか15。
その言葉はこの世界の誰もが感じていながらも口には出せなかった言葉であった。
だがコリンズは己が妻の死を目の前の子どもに背負わせるつもりはないことを示すように言葉を続けた。
「オレにぶっ飛ばされるような子どもが、オレの嫁背負うだ?弱すぎるだろ、勇者サマよ!」
「てめぇ。そこら辺に」
「タンク」
今にもはち切れそうなタンクを制する、エヴァルスの低い声。
頬をさすり、殴られた拍子に倒れた椅子を直すうつむいたままと再び腰を掛けた。
「コリンズさん、ごめんなさい。でも、ちょっと痛い」
エヴァルスが顔を上げると、正面から様子を見ていた男たちは噴きだした。
コリンズに殴られたエヴァルスの頬はぷっくりと膨れ上がっていた。
「お、おい、エヴァ。大丈夫かよ」
「ダメ、痛い。冷やしてもいい?」
心配して駆け寄るタンクの盾を顔に張り付けたことで笑いの渦は広がっていく。
そんな笑いが起きる中、カヤがキッチンから氷を持ってやってくる。
「オヤジの言うとおりだよ。アンタのせいじゃない。ママが死んだ時、あたしは4歳だった。アンタが生まれててもどうにかなったことじゃない」
氷袋をエヴァルスに投げながらカヤは背中越しに、
「あたしみたいな子が現れないようにしな。そうしたら認めてあげる」
それだけ言うと肩を震わせながらキッチンに戻っていった。
エヴァルスは氷を頬に当てながら頭を下げる。
勇者という存在が小さく、そして希望になっていることを噛みしめるように。
次の日、日が昇る前に宿を出た2人。
玄関にはパンの入ったカゴに「持ってけ」とぶっきらぼうに書かれていた。
2人は、ありがたくそのパンをしまう。
伝承では1度勇者を見て2度と会った人間は居ないという。
その事実を知らない者はいない。
それでも2人にとってこの街は、もう1度訪れたいと願える場所になっているのだった。
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