第4話・勇者の無慈悲

「だからオレは言ってやったのよ。『お嬢さん、紋章付きに恋をすると実らないぜ』ってな」

ターナを出て2人、森の中を進む。

街道が無いわけでもなかったが、人通りの多い道で魔物に教われては周囲を巻き込んでしまう。

エヴァルスが提案し、タンクが飲んだ。

昼間に魔物が出没することも稀であるため、森に入ってから1匹の魔物とも遭遇していない。

「タンク、せめて違う場所で育った人にウソつこ?ボク、タンクが女の子追い回していたの知ってるし」

先ほどのタンクの妄言にエヴァルスはため息交じりに応える。

選ばれし者の証、紋章。

手の甲に浮かび上がるその証を見て言い寄る人間がいないことは百も承知なのだ。

「おいおい、四六時中一緒に居たわけじゃないだろ?お前の生まれる前はだなぁ」

「ボクが生まれる前、タンクは紋章出てなかったでしょ。それに2歳じゃ言い寄られるって言うか、あやしてもらってるだけじゃない」

バツが悪くなったのかタンクはエヴァルスの頭を羽交い締めにする。

「……ついてきてるの、気付いてるか?」

頭の近付いたタンクが小声でささやく。

エヴァルスは目線だけで肯定を示した。

ターナを出立して1週間、いくつかの村に立ち寄ったがおよそ2日前から誰かが隠れて付いてきていることに2人は気付いていた

道中接触は無し、夜襲も無し。

出方を伺っていたらすでに丸2日。

そろそろ焦れてきている。

それは2人だけでなく、追跡者も同じなようで気配の隠し方が下手になっていることがその証左であった。

「どうする?殺気は感じないが」

「こちらから、招くしかなくない?」

「だよなぁ」

タンクはエヴァルスの頭を放すと肩をすくめる。

「姿を見せろ、ここで終わりにしようや」

その場は奇しくも見渡しの効く森のスポット。

戦いになっても充分に距離が取れるし、障害物もない。

どこから仕掛けてきても、対処の出来る場所であった。

タンクの声に反応したのか、森の一部がガサガサと揺れる。

「さっさと始末してやる」

「お見それしましたー!」

臨戦態勢の2人の前に小さな、それこそ10にも満たない年齢であろう子どもが森から飛び出して来た。

「ボクの完璧な尾行に気付くとは……さすが勇者さまとその従者であります!」

スライディング土下座をしながら滑り込んで来るキッズ。

2人は目を丸くするほかなかった。


「ボクも、魔王を倒したいのです。是非にご同行を!」

土下座をしている少年、ミドリはテコでも動かぬ様相で微動だにしない。

2人は眉をひそめる。

「あのなぁ。魔王討伐は遊びじゃないんだぞ、今まで誰1人戻ってきていないんだ」

「知っています!だからボクが行って、魔王を倒すんです」

ミドリの目は真剣そのもので遊びや憧れでついていくつもりがないことは明白である。

だからこそ、2人は顔を見合わせるしかない。

「この紋章はあるの?」

エヴァルスは手袋を外してミドリに紋章を見せる。

青く光る、ワシの紋章。

タンクもしぶしぶ黄色の種の紋章を掲げる。

「ありません、でも紋章がないから魔王を倒してはいけない決まりもないですよね」

ミドリは一歩も引きさがらない。

「どうするよ、エヴァ。こいつ、諦めねぇぞ」

タンクは呆れながら話を振ると、エヴァルスが立ち上がる。

「タンク、盾貸して」

タンクから盾を受け取るとエヴァルスはミドリから戦うには充分な距離を取る。

「……ボクに一撃入れられたら連れて行ってあげる」

顔を上げるミドリ。

天を見上げるタンク。

「ほ、本当ですか!」

「うん、でもボクの身体に直接ね。今太陽が真上だから沈むまでの間にしよう。タンクの盾はノーカン。それでいい?」

最後の「それでいい?」はタンクに向かって言っていた。

「好きにしろ」

タンクはそう言うと腕を上げて振り下ろした。


日は西に傾き、そろそろ日没。

ミドリはまだエヴァルスに一撃を入れられずにいた。

(なんでだ、何度も惜しいのにたった一発が入らない)

ミドリの攻撃は年の割に鋭く、戦術もしっかりしていた。

直線的な動きでエヴァルスを狙ったかと思えば、体勢を崩すためにわざと盾を狙うこともあった。

そのことで幾度かエヴァルスは体勢を崩し、寸でのところで盾で防ぐことが何度もあった。

しかし条件の身体に一撃が決まることはなかった。

ミドリの目には肩で息をするエヴァルスが写る。

(もう少し、もう少しなんだ)

その時にミドリの背後から大型の類人猿のような魔物が飛び出して来た。

(え……逃げないと)

ミドリは振り向くも足がもつれその場に倒れてしまう。

迫る魔物、タンクもエヴァルスも20歩以上の距離がある。

(やられる)

自らの死を覚悟したミドリ。

しかし、魔物は目の前で火に包まれた。

そして幾度か打撃を貰ったようなよろめきながら後ろに下がる。

ミドリから距離が出たところで火柱が上がる。

その火はミドリの顔すら焼けるのではと思うほどの熱を持っていた。

ミドリは振り返る。

先ほどまで肩で息をしていたはずのエヴァルスが手を掲げて、先ほどまで魔物のいた場所を指していた。

そのことでミドリはうつむいた。

「大丈夫か、少年」

タンクが駆け寄ってきて、倒れたミドリに手を差し伸べる。

遅れてエヴァルスも。

ミドリはうつむいたまま、声を漏らす。

「魔法、使えたんだな」

「……うん」

キッと顔を上げるとミドリの目には涙が溢れていた。

「手を抜いていたんだな、ずっと!」

いきなり現れた魔物に対してあれだけの高出力の魔法を叩き込む余力があったエヴァルスが、ミドリの攻撃で手こずるわけもなかった。

事実、先ほどまでしていた肩で息をする演技も辞めている。

「こうでもしないと、諦めないでしょ。キミには魔王を倒すなんて無理なんだよ」

思いやりも感じないエヴァルスの言葉。それでもミドリを立たせるために手を伸ばす。

ミドリはエヴァルスの手を払いのけると涙を隠すことなく叫んでいた。

「ふざけんな!お前なんか勇者じゃない!お前なんか……魔王に殺されちまえ!」

泣きながら森の中をかけていくミドリ。

その後ろ姿を見守る2人。

タンクはため息を漏らす。

「勇者サマがわざわざ汚れ役引き受けることも無いだろう?しかも破邪結界まで付与して」

「あれで村に戻るまでは大丈夫のはずだよ。急ごう、遅れちゃった」

エヴァルスは借りていた盾を返す。

「せめて泉探そうや。こんな血の滲んだ盾使いたくない」

持ち手がエヴァルスの血で滲んだ盾を受けたったタンク。

剣で相手していてはどれほど拳に力を込めてたかバレてしまうから不慣れな盾を、ミドリから手の隠れる武器を借りたことがタンクにもわかった。

「死ぬのは、ボクたちだけでいいんだよ」

「勝手に殺すな。生き残るんだろ、2人とも」

エヴァルスの言葉に小突くタンク。

その力は普段より弱いものだった。

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