第2話・野宿の夜に

エヴァルスとタンクは旅に出て初めての夜を迎えていた。

旅路の最中にあった最初の森で火を見つめながら向き合っている。

「なぁ、本当に良かったのか」

エヴァルスはタンクに向かってぽつりとつぶやく。

「いまさら。そうじゃなければ名前なんか変えねぇよ」

この旅始まって最初の夜は森で野宿、これも伝統であった。

無論アカサキングダムから最初の街が遠いという理由もある。

しかしこの最初の夜の野宿は「初代勇者がそうであったから」という重大な意味を持っていた。

「だけど、キミはまだ17だろう?酒も飲めない。そんな年でボクに付き合う必要は…」

エヴァルスの言葉は途中で遮られた。

「それを言うなら、お前の方が年下だろうが。紋章が出ちまった時点でどのみちオレもあの国に居られないんだよ」

タンクは先ほどエヴァルスの言葉を遮る時に頭を殴った拳を掲げた。

手の甲にはしっかりと種の紋章が浮かび、夜でも拳の周囲だけ少し明るさがあった。

「隠せばよかっただろ。ボクは生まれた瞬間からバレてた。でもキミはボクが生まれるまで普通に生きて来れたんじゃないか」

この度に待っているのは歴代勇者が誰も帰らなかったという事実。

そのことは2人とも十分に理解していた。

「これだけ暗い森の中で見えるほど光ってるんだ。いずれバレるさ」

手を隠して生きていくことを選ぶ道もあった。

しかし本人以外に見られることなく生きていくことは至難の業だろう。


過去、紋章を隠して国に残った者は記録されていない。

周囲の人間から勇者エヴァルスと旅立てるタンクの両方の家族は国からの支援も手厚くなることもそれが理由だろう。

伝承はあくまで伝承でありながらも誰一人として拒むことが無かったと記録されている。

しかしその伝承は人間の心まで記しているというのは少々無謀ではないだろうか。


「ボクは、逃げたかった」

エヴァルスは目を伏せて溢した。

その行動はまるでタンクの紋章から目を背けたようにも見えた。

「ボクは、勝てもしない戦いになんて望みたくない」

その言葉は歴代勇者も抱いたであろう感情。

戻れない旅、帰れない旅。

伝わっていることはそれだけの出来事。

歴代勇者誰1人、記述には残っていないのだ。

「オレだってそうさ」

タンクは何事も無いような声色で溢した。

「結局、紋章が出た時点で人じゃなくなった。オレのせいじゃない、お前にせいでもない。ただ、歴史だ。オレらは後世に語られるインクの染みになるように定められちまったのさ」

小枝をパキリと折ると焚火の中に放り投げる。

その小枝は一瞬で燃えてしまう。

「オレらだけじゃない。伝承では後2人同じ運命のヤツがいるんだろ。結構じゃないか、どうせ人は死ぬんだから」

「……ボクはそんなに大人になれないよ」

エヴァルスの言葉に大きな笑いを上げるタンク。

「オレだって死ぬ気はねぇって。今回の旅が歴史の終着点にしちまえば良いんだろう?今まで負けた、だけど必ず負けるって決まってない。歴史、オレらで終わらせようや」

エヴァルスの隣に座ると肩をバンバンと叩く。

なかなかの力で叩いていることはエヴァルスの表情が強張っていることを見れば想像できる。

(歴史を終わらせる、か。できるかな)


そんな雑談の最中葉のざわめく音がする。

2人は瞬時に武器を手に取る。

エヴァルスは長剣、タンクは腰ほどもある大きな盾。

いくら人の生息地に近いとはいえ魔王の支配している、郊外の森だ。

魔物くらい出る。

案の上、闇から出てきたのは大型犬ほどのサイズのコウモリだった。

ツバサを広げたら人間の背丈を越えるであろう。

口に収まらない牙は小指ほどの太さがあった。

「なんだ、オオコウモリか。さくっと倒して晩飯にしよう」

タンクは軽口を叩きながら突進していく。

その後ろをエヴァルスが追った。

オオコウモリを見ても臆することの無い2人はそのままの勢いで盾で殴り、剣で首を飛ばした。

反撃らしい反撃もなく、コウモリは息絶えるのだった。

2人は倒した魔物の死骸を解体し始めた。


旅をすることが確定した15年前。

新しい仲間と合流するまで2人旅をすることがわかっている大人たちがなんの準備もしていないわけがない。

幼いころから戦闘訓練を積み、アカサキングダム周辺の魔物は1人で対処できるようにしつけられた。

もちろんそれだけではない。

食料を持ち運ぶことにも限界がある。

野山で食べられる野草や、今回のように倒した魔物を自分たちで解体して食材にする術も徹底的に教え込まれている。

全ては伝承をなぞるために。


内臓は何を食べているか分からないので捨てること。

オオコウモリの肉に毒性は無いが、ある程度の毒肉であれば問題なく食べられるように訓練されている。

「コウモリ肉ならごちそうだな。羽膜オレ好きなんだけど、エヴァは?」

「ボクは苦手。いつ飲み込んだらいいか分からなくて」

2人はコウモリを捌きながら拾ってきた枝を串にして焚火で焼き始めた。

肉が焼け始めると周囲に香ばしい匂いが立ち込める。

香りに連れられて魔物が寄ってくる気配がある。

しかし同族の倒されたことがわかるのか、焚火の光が届く距離には近寄ってこなかった。

「な?こんな風に簡単に魔王も倒せるかもしれないだろう?」

タンクは笑いながらコウモリの羽を食べている。

それにつられてエヴァルスも微笑み返す。

もちろんそんなに簡単であるならこんな100年ごとに勇者が生まれるわけがないことを理解しながら。


「おや?珍しい。魔王サマが仮面を外していらっしゃる」

首の吹き飛んだ亡骸が転がる大広間。

のんびりとした歩調で広間に入ってくる大柄な男。

「銀腕、からかいに来たのか」

先ほどの老人に対してより幾分柔らかく話す魔王だが、威圧感は変わることはない。

「滅相もない。ただ、勇者サマが再び生まれちまってどのようなお心持ちか心配になりまして」

銀腕と呼ばれた男は腕を組む。

右手が呼ばれた名のように銀色に鈍く光っている。

「それはお前もだろう?どうだ、100年ぶりに自ら戦える気持ちは」

魔王の問いに、銀腕は小首をかしげた。

「まぁ、戦いになると良いけどな……おっと戦いになるとよいですが、か」

わざわざ言葉を正すと銀腕はそのまま扉に向かって歩いていく。

「そのゴミ、片付けるように手配いたします。魔王サマ」

背中越しにそのまま広間を出ていった。

魔王は再び仮面をつける。

”ゴミ”に手をかざすと火球を飛ばし念入りに燃やした。

まるで誰も近づかないようにするために、念入りに。

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