ベルーナは「言い訳無用」と婚約者を睨む〜悪役令嬢から婚約破棄したって良いじゃない〜

ろくまる

ベルーナは「言い訳無用」と婚約者を睨む〜悪役令嬢から婚約破棄したって良いじゃない〜

「──良い訳が、あるかぁッ!」


 華やかなガーデンパーティーは、ひとりの令嬢の怒号によって静まりかえった。

 赤茶色の艶やかなまとめ髪に合わせた可愛らしい小花の刺繍で彩られたドレスの公爵令嬢、ベルーナは目の前の金髪碧眼の顔だけは良い伯爵令息の婚約者トマスと、ミルクティー色の髪を巻いただけでガーデンパーティーにそぐわない豪奢なドレスの子爵令嬢、サラを睨みつけている。

 花が大好きな幼い第三王女の生誕を祝うパーティーなので公式的なものだというのに、トマスは婚約者のベルーナではなく、呼ばれてもいない愛人のサラをエスコートしていたからだ。公式の場でエスコートをするのは家族か婚約者という暗黙の了解があるのにも関わらず。

 おかげでベルーナは第二王子の側近候補である次兄、アレックスに忙しい合間を縫ってエスコートしてもらった。


「し、しかしなベルーナ。君は俺の婚約者だから招待状を持っているし兄にエスコートを頼めるが、サラは招待状もエスコートしてくれる相手も……」

「言い訳無用!」


 ベルーナが声を荒げてしまうのも無理はない。そもそもこの婚約者達の愚行は今に始まった事ではなく、公式的なものだけで数えるなら今回で3回目になる。

 その度に「ベルーナよりサラの方が可哀想」「サラとは友達であって恋愛ではない」などのどうしようもない言い訳が飛んでくるのだ。そんな言い訳をするからベルーナは「性格が苛烈で自分以外の不条理を許さない」と噂され、周りから一歩引かれるのだ。サラとトマスが何度も夜を共にした事はベルーナもその家族もトマスの家族も知っているというのに。


「もう限界、婚約破棄しましょう! 貴方みたいな不貞を良しとする人と結婚する義理なんか無いもの!」

「ふ、ふて……サラとはそんな不純な関係ではない!」

「トマス様……」


 目の前に広がる醜い極彩色の花畑に、ベルーナはもちろん周りもげんなりしていたその時。何事かと青年達がやって来た。

 ベルーナの兄アレックスとその主人、レオナード第二王子。レオナードは母である王妃によく似た黒髪に海を感じさせる青い瞳の好青年だが、歳の離れた兄と姉を立てふたりの妹の世話を焼く、将来有望な未来の王弟だ。

 ぽかんとした婚約者達を尻目に、ベルーナはレオナードに頭を下げる。アレックスがベルーナの肩に優しく手を添えてやると、ほんの少し頭を上げたベルーナの亜麻色の瞳は先程より弱々しい。

 アレックスは小声で心の弱い妹に声をかけた。


「何があった、ベルーナ」

「いえ、我慢の限界で……ごめんなさいお兄様。騒ぎを起こしてしまって」

「……婚約者殿か」


 近くに立ってベルーナの顔を隠しながらそう呟いたレオナードとアレックスは互いに目を合わせる。レオナードはすぐにトマス達を騎士に別室へ連れて行かせ、アレックスは顔だけは元のように凛としたベルーナを連れて行こうとしたが、ベルーナの希望で王族のテーブルへ向かう。

 王妃と第三王女の許可を経てベルーナは兄から離れて礼を尽くした。


「第三王女殿下の祝いの席に騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございません。どうか、我が家を咎めるなら私だけに……」

「咎めたりなんてしないわ、可愛らしいお顔を見せてちょうだいベルーナ」


 ベルーナがおそるおそる顔をあげると、穏やかで優しい笑みの王妃と目があった。


「それに主催は私でも、招待をしたのはレオナードよ。レオナードが怒っているのなら……そんな事もなさそうね?」


 王妃はいつも人好きのする笑みを浮かべる息子の瞳に灯るものを見て楽しそうに笑った。

 トマスは当主が怪我で来られないから当主代理で招待を受けたが、ベルーナはレオナードから側近の妹として招待を受けたのだ。

 それからベルーナはレオナードとアレックスの計らいでトマス達とは別の部屋へと通されるのだった。



 ──それから数週間後。

 ベルーナは正式に伯爵家有責で婚約破棄をした。伯爵家は長男トマスを一時除籍、領地を盛り立てなければ家族として認められないとした上で、次男を次期当主に任命した。

 公爵家へは豪邸が建つほどの慰謝料が渡ったが、全てベルーナのものになった。何故なら、サラの子爵家から慰謝料代わりに子爵家の資産とも言える小麦の輸入費減額を取り付けたのだ。期間などは次期当主のアレックスが決めたが、ベルーナは長い期間である以外は知らない。それこそ小麦の品質が落ちれば高額の慰謝料を請求するという事も。

 そんなベルーナに残ったのは、苛烈な性格だという根も葉もない噂と婚約破棄という傷だけ、なのだが。


「──ベルーナ、突然訪ねてすまない。ああ、楽にして欲しい。硬い話をする訳じゃないんだ」

「騒ぎを起こした件でやっぱり咎められるという事ではなく、ですか?」


 穏やかに微笑むベルーナからこぼれた声は、少し震えている。

 ベルーナは、公爵の養子だ。駆け落ち同然で消えた妹が事故で亡くなり、公爵が遺品整理にやって来た粗雑な家で見つかったのが、育児放棄された3歳のベルーナだった。その頃の記憶は曖昧だが、ベルーナの心には誰かに失望される恐怖が今でも巣食っている。

 それから養子になって2年後、5歳のベルーナは8歳のアレックスの後ろから、今のようにお忍びで公爵家にやって来た兄と同い年のレオナードに出会ったのだ。


「どうぞ、私はどうにでもなさってください。婚約の打診は来ないものと思っておりますし、ならば頂いた慰謝料で孤児院を建てて静かに暮らすつもりでいたのですから」


 気弱では第二王子の側近たる兄に迷惑がかかると考え、堂々と真面目な態度を心がけているベルーナは、自分にも「言い訳」を許さない。

 ただ、その心はずっと恐怖に震えている。


「──ベルーナ。婚約は、その。私が公爵に無理を言って待ったをかけさせてもらったんだ」

「レオナード殿下が、ですか?」

「13年前、この客間で会ったのを覚えているかい、ベルーナ」


 もちろん、とベルーナは頷いた。

 幼い頃から慣れ親しんだ、影の色の綺麗な王子様に心を奪われた日だ。しかし家の為になるのならとその想いを閉じ込めて伯爵家との婚約に頷いたのも。

 レオナードは少し頬を赤らめながら微笑んだ。


「私は、あの時から君が心から離れないんだ。どうしても。だから……言い訳を聞いてくれる?」


 ベルーナは、胸を抑えながら答えた。


「はい。聞きましょう、その言い訳を」

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ベルーナは「言い訳無用」と婚約者を睨む〜悪役令嬢から婚約破棄したって良いじゃない〜 ろくまる @690_aqua

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