エピローグ

「まったく! この私に服を着た人間を撮らそうだなんて! なんたることだ!」

「撮れないのか?」

「撮れないはずないだろう!? 何年カメラをやってると思っているんだ! 世界一の男前に見えるように撮ってやるさ!」

「それは頼もしい」

 ミュラとゾフのやり取りを、ハヤテは緊張しながら聞いていた。

 今日はゾフのスタジオで、結婚式の前撮りを行う。ハヤテとミュラは、着慣れない白のタキシードに身を包み、大量の赤とピンクの花がセットされた撮影用の壁の前に立っている。

「天使ちゃん、奴とは順調?」

 手伝いに顔を出したベニがハヤテに訊いた。ハヤテは、ほんのりと顔を赤く染めて頷く。

「幸せです。すごく……」

「なんだか雰囲気が変わったな? 愛の力か?」

「……えへへ」

「はい! これから撮影を開始します! 被写体のふたり! こっちを見て!」

 ゾフの声を聞いて、ハヤテはじっとカメラを見た。どこに視線を送れば良いのか分からないので、とりあえずレンズを見つめる。

「天使ちゃん! 睨まないで! リラックス!」

「あ……」

「ハヤテ、緊張しているな?」

 ミュラはハヤテの頭を撫でる。

「歌う時みたいに、肩の力を抜いて……深呼吸……」

「……ふーっ……」

「上手だ」

 かしゃ、とシャッターを切る音がした。ふたりは音の方を見る。そこには親指を立てるゾフの姿があった。

「自然体! 良いねぇ……」

「勝手に撮るな。キメていないのに」

「どんな状態でも完璧に撮影して、何枚だって撮って送り付けてやるさ! 料金はサービスだ! 持ってけ泥棒!」

 どうやら、撮影になるとゾフはスイッチが入るらしい。高いテンションで、ゾフは何度もシャッターを切っている。

「……キスの写真なんか、記念になるんじゃないか?」

 何気なくそう漏らしたベニに、ゾフはガッツポーズで叫ぶ。

「最高だ! さあキスをしろ! そして脱げ!」

「誰が脱ぐか」

 ミュラはそう言って、ハヤテの肩に手を置いた。ハヤテはぎょっとする。

「え? するんですか? キス」

「確かに、記念に残ると思う」

「え、でも人前だし……」

「舌は入れないから」

「あ、当たり前です!」

 ミュラは微笑みながら、ハヤテの髪を指で梳く。青い瞳はうっとりとハヤテを見つめていた。

「今日のハヤテは、格好良いな。良く似合っている」

「ミュラさんも、素敵です」

「ずっと、記憶に残したいな。記憶だけではなく、写真にも……」

「……もう」

 甘えるような懇願に、ハヤテはゆっくりと目を閉じた。すぐにミュラのくちびるが重なって、ハヤテの心は溶けそうになる。

「……ハヤテ、ずっと一緒だ」

「はい、大好きです」

 ふたりはもう一度、キスを交わす。シャッターの音もひやかす声も、今のふたりには聞こえない。互いの心臓の音だけが、耳の奥で鳴っていた。

 ハヤテはミュラの胸にそっと身体を預ける。このぬくもりをずっと大切にしよう。そう心に誓った。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王子を癒す天使の歌声 水鳥ざくろ @za-c0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ