第15章
数日経って、漸く《ようやく》捻挫が治った。
「ふぅ、やっと鍛錬が出来るわね。」
女将さんへ断りをいれて裏庭で1時間ほど、ゆっくり確かめるように薙刀の鍛錬をした。
振り出しに戻ったみたいだけれど、気にすることはない。また続けていけば良いのだ。
そう決心して確実に心を落ち着けて鍛錬すると、余計な力が入らないように静かに型を繋ぐことができた。
怪我の功名ですかね、魔法も武術も焦ってたのかもしれないわ・・。
そうつぶやくと、もう一度真面目な顔をして熱心に少しずつ鍛錬を繰り返した。
朝ごはんを終えると翼は女将さんに無理はしないと約束をして教会へ行った。
人が少ないので男神の像の前まで行って、しっかりと回復できたことを報告する。
翼の脳裏にお菓子を食べながら書類仕事をしていた神様が、ハッと気づいた顔でこちらを向いて良かったね!というように親指を立てる光景が浮かぶ。
失礼だとは思うが可愛らしいと思って笑ってしまう。
忙しそうだけれど神様も元気そうでよかったわ。とほっこり。
教会を出て広場へ歩いていくと、いつもの果実水を竹水筒へ入れてもらい露店でサンドウィッチを購入して貴族街へ向かう。
翼はこの前購入した青いスカートと白いブラウスで図書館へ向かっている。
入館料が銅貨30枚と少し割高だったが、特に何を言われるでもなく翼は入館できた。
図書館は思ったよりも広く、2階建ての木造でアンティークな様相をしている。
天井付近には、雲と神様と精霊達の大きな絵が飾られていた。
この世界にも美術館があるのかしら・・。いつか行ってみたいな、そう思いながら中央にある水晶に手を翳す。
魔法書と国の歴史書を念じると水晶に棚の位置が浮かんでくる。
パソコンはないけれど、これはこれで便利ね。
水晶で示された棚から数冊の本を手に入れた翼は、2階の一番奥の棚の裏にある窓の下へ向かい、一人掛けのソファーへ腰かけて本を読んでいった。
回復魔法についての魔法書を2時間程熱心に読んでいたら鐘の音が聞こえた。
お昼休憩なのだろう、受付から数人の職員達がパラパラと出かけていく。
翼も休憩にしようと、本を近くのサイドテーブルへ置いて外に出る。
庭に丁度良い噴水があったのでそこへ腰かけてサンドイッチを食べる。
今日のサンドイッチはフルーツサンド。この世界のフルーツは魔素を吸収しやすいらしく、魔力を回復する効果があるのでお腹に溜まりやすい。
流石にクリームでサンドされてはいないが、ブルーベリーのようなソースがかかっており素朴な味でこれはこれで悪くない。
ん~~頭を使ったから甘いものが脳に染みるわ~。
ゆっくりと庭を眺めながら昼食をすますと、翼はにこにこしながら2階へ戻っていく。
一番奥の棚の前まできた時に、何かが足りないことに気づいて声に出す。
「でも、やっぱりコーヒーが飲みたいわねぇ。」
「カフィーが好きなのかい?」
誰もいないと思っていたソファーには、銀色の長い髪をして眼鏡をかけた男性が翼が置いていた本を読んで座っていた。
落ち着いた色の黒のローブを着ているので魔術師なのだろう。
「まぁ・・本を読むとそうですね、欲しくなります。もしかして、この席は貴方のお気に入りでしたか?」
翼は少し驚いたがお気に入りの場所をとってしまっていたのなら申し訳ないと少し眉を下げた。
「ん~・・まぁそうだね。ここは僕がよく使っている席ではあるけれど、気にしないよ?君はあまりみない顔だけれど。」
「えぇ、旅人で少し前からこの街に滞在しています。」
そう言って翼は少し離れた椅子へ腰かけてもう一つの魔法書を手に持った。
魔術師は翼を少しながめて
「黒にピンクの髪、ってことはユウが言っていた冒険者の子かな?」とにやりと笑ってこちらを見る。
「ユウさんが言っているその髪色なら私のことでしょう。」
翼は肩を竦めて本を開く。
「怪我をしたってきいたけれど、」
「お陰様で治りました。」
「それは良かった。」
薄い水色の目を細めて魔術師はこちらをじっと見る。
翼の状態を調べているのか、鑑定されているのか。良くわからないけれど気にしないことにした。
魔法の経験が子供の頃からあるこの世界の人の前で、ステータス以外を取り繕うのは無駄だろうと思うからだ。
「今日は変な防壁ってやつをしていないようだね。」
「変なってことはわからないですけれど、そうですね。」
翼は本に目をやりながら答える。
「ふむ。」
そういうと魔術師も翼が持ってきていた本に目を落とす。
「回復魔法はまだ使えないのかい?」
「えぇ、練習はしてみましたが、上手くいきません。」
翼は自嘲気味に笑う。
「なるほどね。」
魔術師の雰囲気が落ち着いているからか、もしくは本に日が当たらないように薄くても遮光カーテンを垂らしているからか。
オレンジ色の光とゆったりした魔術師の声で少し眠たくなる。
「使えますかね。」
翼は寝落ちしないように聞くともなしに聞いていた。
「わからないね。使えるかもしれないし、使えないかもしれない。望んでいるからといって出来るかと言われたら「わからない」としか答えがないんだ。」
今度は魔術師が眉を下げている。
翼は気にしていないというように頭を振って本を閉じる。
「そうですね、それくらいが丁度良いのかもしれません。」
「何がだい?」
面白そうな顔をして魔術師が顔をあげる。
「簡単に治ってしまえば勘違いするでしょう。生命とは何かと追及しなくなった人間はつまらないと思います。」
「ははっ、そうだね。あぁ、ユウが言ってた通り。変なやつだね。」
「ええ、おほめ頂いて恐悦至極です。」
「はは、あれが他人の話題を出すだけで、ある意味褒めても良いさ。」
仲が良いのだろう。優しそうな目で外を見ている。
「それは、良かったです。」
翼も外を見る。
「りんご、まだありますよ。」
きっとユウさんがりんごを渡したのは彼だろう。
「それはありがとう。もらうよ。」
翼はりんごを魔術師に渡して、念のためにと腰に差していたダガーを抜く。
魔術師は全く気にもしないで笑っている。
翼が掌に向けてダガーの先を3センチ程滑らす。
「今日はりんご代、お願いしますね。」
にっこり笑って魔術師に掌を差し出す。
「ククク、あぁ、確かにこれは好物なんだ。」
魔術師はりんごを膝の上に置くと丁寧に優しく翼の薄っすらと血が出ている手を取る。
とても綺麗な緑色の魔法であった。それが回復魔法の第一印象。
魔術師が「ヒール」と唱えると緑の光が翼の周りに集まり最初に血が止まり、徐々に皮膚が再生されるようにくっついていった。
「ありがとうございます。」
翼は治った両手を合わせて頭を下げた。
きっとこれを覚えるのに沢山の勉強をしたのだろう。傷が綺麗に治っている。
当たり前ではない。誰かの努力の先に、その成果を受け取れる人がいるのだ。
翼は本をもってゆっくり立ち上がる。
「では、心配性な友情に免じて、後をつけたことはゆるしてあげますね。」
「あはは、本当にね。魔術師って人に執着心が薄い割に気に入った人には独占欲が強い人が多くって。ユウは俺の相棒だからね。」
魔術師はおかしそうに笑って眼鏡をとって目をこする。
「私は旅人です。友は旅の思い出として記憶に残すものです。」
「悪かったよ。」
緊張はない。優しい顔で魔術師は翼を見送る。
翼は少し笑って背を向ける。
「今度、僕がまた君に偶然出会えたら僕にもピカピカをくれるかい?」
翼は立ち止まる。
「彼じゃないよ。相棒のポケットに僕の知らない魔力があった。それだけさ。」
魔術師は両手をあげて翼をみる。
「ええ、彼がそうして良いと言ったなら。」
翼はいじわるな笑みで帰っていく。
後ろから魔術師の小さく笑う声が聞こえた気がしたが、翼は振り返らない。
誰かを思って後を付ける人ならほっといても良いだろう。
翼は心配性の魔術師を思い浮かべて、苦労性の友人も思い浮かべた。
異世界で出来た友人は、きっとめんどうな人を呼び寄せる主人公体質。
黒服に黒髪に金色の目。主人公らしい主人公。
本人が聞いたら嫌がりそうだと少し笑えるけども、彼の物語が紆余曲折を経て幸せに終わることを願っておきましょう。
翼は今日施してもらったヒールの感覚を忘れないようにイメージしながら宿へ帰っていった。
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