第16章
昨日宿に帰ってから翼はg先生のスキルを使って寝る間を惜しんで人体について学んでいった。
内臓、骨、筋肉、脂肪、血管、神経、その他、を目をつぶっていても脳裏に浮かべることができるまで。
魔力があるのはとても便利ね、パソコンで調べているだけでは覚えられなくとも、身体の中にある魔力で体内を精査しながら覚えることが出来るんだもの。
この日から翼は、瞑想の時間に細かい神経や細胞、果ては赤血球や白血球等等に至るまでを、自分の身体に魔力を巡らせながら一つ一つ確認していく鍛錬を行うことにした。
でも後、一つ足りないものがあるわ。
魔術師にかけてもらったヒールの感覚は覚えている。
まずは、治療、そして再生。
そして足りないものとは、あの時感じたヒールを敢えて私の知っている感覚で表現すると、神気である。
こちらの世界でいう信仰心と言われたことが翼には神気に感じられたのだ。
神社で各種の祈願や厄除けをしてもらっている厳かな雰囲気、あるいは、静寂な自然の中で出会う清浄で少しの恐れを伴う時が止まる瞬間とでもいうのだろうか。
それが判ってからの翼は大いに悩んだ。こちらの世界に来てから教会で祈ることも多い。けれども、それをそのまま表現できるのかというとやはり違うのだ。
この世界の神様と
こればっかりわね・・どうしても生まれ育ちが違ってしまうからなんだと思う。
結局、翼はそのまままた何日かいつも通りの鍛錬や魔力操作を繰り返しながらも回復魔法について考察していく。
「で、これで良いのか?」
ユウさんが宿の食堂へ来てくれている。
「うん。ありがとう、これが良いかどうかはわからないけれど、これが自分に合っているのはわかる。」
ユウさんは少し考えてから
「わかった。」と告げた。
ユウさんがテーブルに品物を置いたのは3つの品。
一つは巫女さんが持っている神楽鈴。神社で巫女さんが舞う時に持っている鈴が沢山ついたあれ。
この世界でこれを手に入れるなら彼に頼むのが一番良いと思ったので、無理を承知でお願いした。
勿論、とても嫌な顔はされたが、回復魔法を使用したいことを真剣に話すと、しぶしぶ了承してくれた。
もう一つは
翼は元々、前世で高校と大学は音楽学校に通っていた。祖父が裕福な人だったのと女性ということで好きに生きさせてくれていからだ。勿論、結婚後の旦那逃亡により、その後の苦労は半端なかったので一般の人より貧乏には慣れているのだが・・。
最後に麻痺薬。これは直ぐに了承してくれたが、翼が人体に影響が少なく痛みで意識を覚醒させないくらいの薬をと要望を伝えているので、ため息とともに魔術師に投げると返答されたのだ。
地球にいた頃のように最新の機器は手に入らないけれど、昔から使用されているようなものはこちらの世界にも存在することが多いので、結局、翼はこの3つにたどり着いたのであった。
「で、これからどうするんだ。あいつ呼ぶか?」
あいつとは魔術師のことだろう。
「うん。そうね、どこまで出来るか解らないけれど、彼の時間があるなら確認して貰えたらと思ってる。」
ユウさんは私が回復魔法を上手く使用できていないことを魔術師から聞いたのだろう。真剣に相談に乗ってくれている。ありがたい友人。
「それで、その・・自分で試すのか・・・?」
少し苦い顔をして確認してくれる。図書館での事を聞いたのかしら。
「あはは、そうね、勿論しないとは言い切れないわ。でも結局それだと思い切ったことはできないから。申し訳ないとは思うけれど私はウサギで練習させてもらう。」
医療系に進んだ友達が、動物の目が怖くなった夢に見る。と言っていた時期がある。
人で切り刻める範囲は限りがある。動物実験については回復魔法を自分で使用すると決めた時に腹をくくる必要があったのだ。罪を犯す覚悟を受け止めなければ先に進めないから。
こちらの世界の倫理観ではあまり問題視されないのだろう。ユウさんは少しほっとした顔をしていた。
「あまり無茶をするな。解らないことがあったら人に頼れ。約束できるか?」
バカだなぁ、バカな程優しいのだろう。
「わかりました。」翼は頭を下げる。
少し考えてからユウさんは頭に手を置いて「絶対だぞ。」といって帰っていった。
彼は酷い思いもしたけれど、色々な人の優しさに助けらもしてきたのだろう。
今はそれが私に巡って下りてきている。
きっと私は聖女のようにはなれないけど、自分の掌にのるくらいは守り切れるようにしようと誓った。
翼は草原に立っている。
目の前には傷ついたウサギが静かに横たわっている。息はしているが意識はない。
あれから少しずつユウさんに用意してもらった物を使って何度も練習してきた。
大丈夫。魔法の想像力は納得いくまで考えて練習した。
まずは、ウサギと翼の周りにバリアを張る。
翼はウサギに近づくと音叉を左手に持って音を一つ鳴らす。
まずは翼が慣れている音に集中する、音の揺らぎまで感知できるようになったら。もう一度鳴らす。
バリアの中にある音の反響に耳を澄ます。
そうすると翼の集中力が上がって無意識になれる。これで魔力を使って、ウサギの状態を確かめやすいのだ。
そうしてウサギの細部まで認識できたら、右手に持った巫女鈴を鳴らす。一つ一つ確かめるように、一定のリズムで。
まずは浄化・・・というより邪気払いやお清めだ。
浄化と言われてもイメージしか沸かない。だから翼は敢えて、昔から神社で受けてきたお祓いやお清めを意識して巫女鈴を鳴らしていく。
無菌状態にまで持っていけているかは確認のしようがないが、バリアの中は徐々に清浄な空気が満ちていく感覚がする。
シャン シャン シャン
次に翼は神様へ祝詞を上げるように厳かに気持ちを高めて鈴を振る。満ちてくる神気がウサギを包み込む様に・・。
シャン シャン シャン
気づいたら一瞬だった。
「ヒール」
背中に切り傷。お腹に刺し傷をつけたウサギが緑の魔力に包まれて回復していく。
しばらくしてウサギは何事もなかったかのように目を覚ました。
良かった・・・・。
翼は集中していた息を吐き出してどっと座り込む。
ウサギは何度かキョロキョロとあたりを見回して、翼をみつけると、元気そうに逃げていった。
「お見事。」
頭上から声がする。
「まだ確認を頼んだ覚えもないし、毎回女性を尾行するのは趣味が悪いですよ。」
翼は上を見上げて軽く睨んでおく。
「いやー・・だって麻痺薬はわかるよ?でも後は意味わからないもんをユウが集めだしてさぁ。まぁ、ユウは何となくわかっていたみたいだけれど、結局一人じゃ色々危ないからって僕も大和国へ連れていかれたし?まぁ、ユウの里帰りに付き合えたのは良いんだけどさぁ~」
「ウ・・それはすいませんでした。」
「あはは、別にまぁいいよ!ユウだってきっかけがなければ家族とも話せなかっただろうし、良い機会だったさ。」
魔術師は心底にこにこしている。和解できたようだ良かった。
「それにまぁ、可能性を見たしね。翼を見ていると習ったことから固定観念が外れて魔法の可能性が広がるんだよね。」
面白そうな顔してケラケラ笑っている。
「それを言ってもらえるとありがたいです。」
神様がそんなことを言っていた気がするので少しは役に立てただろうか。
「うん。まだまだ全然まっだまだだけどね!筋は悪くないんだからちゃんと練習しなさいね。特に回復魔法は回復した後の経過を確認することが大切だからね。」
「はい、それはもう肝に命じておきます。」
「まぁ、失敗も後悔も含めて回復魔法だから、翼なら大丈夫。根性ありそうだし(笑)」
「繊細なんだけどなぁ。。」
明後日の方向を見ながら翼はとぼけておく
結局、翼の回復方法について魔術師は何も言わなかった。
ただ、根本的な魔力操作や集中しなければいけない箇所等に、何度か注意を受けて、その日一日練習に付き合ってくれた。
ウサギにとっては災難であっただろう。
火傷や毒の治療までスパルタでさせてくれたのだから。
「はぁ・・はぁ・・もう・・無理です。」
「おっけ、後は経験と勉強だね、まだ未熟だから簡単に人に使用してはいけないよ?」
「はい。勿論」
翼は晴れやかな笑顔で頷く。
翼はアイテムボックスから掌へ水晶を取り出す。
「お礼にしては少ないかもしれませんがどうぞ。」
魔術師は繊細に水晶を受け取ると、目を閉じてそれを感じている。
解析しているのだろう。魔術師自体が少し光っている。
「ありがとう。」
まだ少し光った状態で魔術師は優しくお礼をいってくれる。
「私も、ありがとうございました。」
翼もへとへとになっているが静かに頭を下げた。
その後、心配になって迎えに来たユウさんと三人ですずめの宿で夕食を食べた。
ユウさんが帰郷して兄を殴って兄の前歯が無くなった話、父母に謝られた話。
友達に、助けれなくてすまない、でも勝手に消えて心配していたと怒られた話。
ユウさんは最後に、故郷は良かったと恥ずかしそうに笑っていた。
おかみさんも涙ぐみながら笑っていた。
魔術師はどれだけ苦労してどれだけ面白かったかを嬉しそうに話していた。
翼はその日も沢山の報告を神様に祈って静かに寝る。
結局、その日の夢はでかいウサギに追い掛け回される夢であったが、仕方ない(涙)
多分、これでやっと最初の1歩くらいだろうから。
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