第13章



次の日はお昼頃になって目が覚めた。




昨日、無理に魔力を使いすぎたからだろう。身体が重いし足もまだ少し痛い。




はぁー。やっちゃったなぁ…。




若い身体になって自分は大丈夫だと勝手に思っていた。




自由な冒険に心踊らせて調子に乗っていたんだわ。




ひとしきり反省している翼。




30分程そのままボーッと外の声を聞いていた。




ふとサイドテーブルに目をやると、布をかけた食事と布湿布の替えが置いてある。




おかみさんだわ…迷惑かけてごめんなさいね…。




翼は怠い目元をマッサージして軽く頬を叩くと、鍵が掛かっているのを確かめて温水を空中にためていく。




服を脱いで足の包帯を外すと、中に入って顔だけ出してゆっくりと寝そべる。




天井にキラキラと反射している水面の光を眺めながら身体と頭髪を洗浄していく。




落ち込んだ時はやっぱりお風呂だわね。




日本人だった頃は家族や友達と銭湯へ良く行っていた。




皆、ちゃんと幸せかしら。私ちょっと早くに卒業し過ぎたけれど…元気にやってくれてると良いなぁ。




身体が暖まるにつれて、気持ちも楽になっていく。




次に会えるのは、今度こそあの世かしらね。おみやげ話が沢山できるようにしっかり生きなきゃ




人生が終わっても会いたい人がいる、それが翼にはありがたかった。




大丈夫…。




翼は水面から出ると、温風でささっと全身を乾かして新しい服を着る。




昨日汚した服を水球に入れてぐるぐると回しながら綺麗にして、洗い終わった洗濯物をアイテムボックスに入っていたバケツに移して窓を開ける。




下を覗くと幾人かの通行人が見えたので、水球を小さい雨粒くらいに飛散させて前の川まで移動させて降らしておく。




すると川の上に小さな虹ができた。




それを見つけた子供が喜んで母親に見せている。




ふふっ、こんな事でも喜んでくれる人がいたんだわ。




欲張り過ぎてはいけないわ、反省したらまた次よ!




少しの間、窓際のロッキングチェアに座って笑顔の親子を翼もにこにこと見つめていた。








おかみさんが用意してくれていたご飯を食べて布湿布を張り直してから、洗濯物を乾かしておく。




これで昨日の後処理が粗方済んだので、アイテムボックスをもう一度確認する。




アイテム整理は余りしない方だったので、じっくりと中身を吟味して分類分けしていく。




お肉が腐ってないか心配だったけれど今のところ問題はないようだ。


アイテムボックスの時間経過はここより遅いのだろう、一先ず安心。


野菜や果物が少ないわね…。歩けるようになったら買いたさなければいけないわ。






分類作業を終えると、最後の方でやっと見つけた魔法の本とこの前購入した調薬の本をサイドテーブルへ置いておく。




時間はある。お金は無理をしなければまだ大丈夫。




その後、翼は呼吸を整えて瞑想に入っていった。




どれくらい瞑想をしていたのだろうか、気付いたらドアがノックされていた。




「はい。どうぞ」




鍵を開けるとおかみさんが立っていた。




「調子はどうだい?ほら、」


おかみさんは翼に寄り添ってベッドへ連れていってくれる。




「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」


翼は丁寧に頭を下げる。




「本当よ。ツバサは無理をする方ではないし、魔法を使えることには気付いていたけれど限度があるわ。わかっているんでしょ?」


おかみさんは何も聞いてこないけれど、宿屋をやっているくらいだからある程度の力量は察しがつくのだろう。




「ごめんなさい…恥ずかしい限りです。」




「わかれば良いのよ。後はきっちり治しなさい」


にっこり笑って背中をバンっと叩く。




「ごほっ、はい。」


翼も咳き込みながらも、おかみさんと昨日何があったのかを笑いながら話す。




「はぇー良く生きて返ってきたわね!ここら辺にいる猪は冒険者でも三人いれば倒せるし、そこまで強くないんだけど、森の奥にいるのは頑丈で力も強いから高レベルの冒険者か騎士団しか狩りにいかないはずなのよ。」




「はは…そうでしたか、運が良かったのか悪かったのか。」




「生きているんだから運が良いさ(笑)」




「確かに(笑)」




少しの間、翼とおかみさんは笑いあって他愛もない会話をした。




その後、治療費と迷惑料として金貨を一枚渡そうとしたけど受け取ってもらえなかった。


宿を出る時にきちんと計算しておくから無駄なお金を出すなとまた少し叱られた。




本当に良い宿に巡り合って良かった…。




翼は感謝をしながら、足が治ったらお金以外のお礼をしようと考えていた。




ついでに黒服さんにも何かお礼しないとな。










夕食までの時間は魔法書を読んでいた。


内容を読んだけれど、基本的には魔力を込めて呪文を詠唱して後は想像力である。とのことだった。


火、水、風、土、光、闇、無と属性がある。


各属性の初級、中級、上級、その他災害級…の魔法も載っていた。




翼は先ずはざっと読んでその中から使いこなせそうな魔法のページに乾いた芦を挟んでおくことにした。




それにしても、昨日初めて火魔法を使用した時に想像したより火の勢いが強かった。


おかげで騎士団の方に見つけてもらえたけれど、地球とは違う魔素が絡むとやはり同じとは言えないのだろう。




翼はバケツに水を貯めておきながら、ライターくらいの火を指先に灯す。




ライターの弱で想像したが、大の2倍くらいの大きさで燃えている。




出来るだけ魔力を込めすぎないように注意するとやっとライターの弱の大きさになった。




これは本当に気をつけないと…。




水魔法は得意になったが、焼けた後にかけても意味が無いのだから。




長年生きていると火事の悲惨さを目にすることもある。翼はなるべくそんな被害を出したくないのだ。




翼は結局火魔法はそこで止めて別の魔法を考える。




私には素早さが足りないし遠距離がウインドカッターしかない。


守りたい対象にバリアが付与できるようになれば良いのになぁ…。


それか、対象の素早さを落とす魔法とか…時空魔法でどうにかできないかしら…。




魔力の回復も私は問題視ないけれど、昨日みたいに他の人がいたらポーションを飲む時間ロスを敵が与えてくれないと思う。


だとしたら空中にある魔素を対象に集めて仲間の身体に渡せたら回復しないかしら…。




思考の波はとまらない。




魔法書を読みながらぐるぐると考えをまとめていると、また部屋がノックされた。




昨日の壮年の兵士さんが事情を確かめにやってきていた。




翼は丁寧に説明をし、兵士さんはメモをとって翼には特に問題はないことになるだろうと伝えてくれてほっとした。


猪を撃退した魔法についても聞かれたが、これは本当にどうやったか覚えていないと言ったら何とか信じてくれた。




昨日の男の子はやはり肋骨が何本かやられていて、翼が運ばなかったら弱くても数が多いラビット達にやられて危なかったらしく、感謝された。




どうやら、自分の力を過信して猪討伐にソロで行って逃げてしまったらしい。兵士は怒っていた。




翼はそれでもどうにか自分を守ろうとしてくれた事を説明し、やった事は仕方ないが魔物を私に擦り付けたり翼を置いて逃げたわけではないので許してやって欲しいとお願いしておいた。




私も自分の力を過信して怪我をしたんだし、あの子だけを責めても仕方ないわ…。




兵士は微妙な表情になったが、仕方ない。翼は若者に甘いおばちゃんなのだ。




兵士はわかったと言って苦笑すると、また彼の処遇が決まったら翼に伝える事を約束し帰って行った。






兵士が帰った後で翼はまた魔法書を読み進めていき、夕方近くになった頃、窓に小さな石が当たる音で顔を上げた。




翼が窓際にいって下を見ると、あの絵描きの騎士がいた。




「やぁ。怪我をしたんだって?大丈夫かい?」


そう言って苦笑していた。


部屋までわかるのかと少し警戒したが、そういえば彼は騎士団だった。壮年の兵士に教えてもらったのだろう。




「ええ、ちょっとヘマしちゃって。でも捻挫だけだから大丈夫よ。」


翼は少し恥ずかしかったが、友人が訪ねてくれたような気持ちになってほっこりした。




「ははっ。私も訓練中に良く怪我をするからね、そらこれっ!」


そう言って、絵描きの騎士は手に持っていたスモモのような果物を綺麗に翼の手の平に向けて放ってくれた。




投げ方が上手かったので簡単にキャッチできた果物を受けとると、絵描き青年はもう後ろを向いて歩いていた。




「!!ありがとうね!!」


翼はその背中に向かってお礼を言う。




青年は此方を振り返らずに手を振ってそのまま道の向こうへ消えていった。




貰った果実を鑑定すると魔力回復ができる桃であった。




青年の優しさに思わず窓際に桃を置いて手を合わせて拝む翼。




思えば彼が教えてくれたこの宿にも沢山助けられている。




翼は神様に桃をお供えし、青年の輝く未来をお願いして少しすっぱい桃を食べた。




知らない世界を旅するって甘ずっぱいのね…。




怖いことも嫌なこともこれから沢山あるのだろう、けれど命の危機が多いこの時代だからこその優しさもある。




もっとこの世界を見てみたいな…。




翼は沈んでいた気持ちを新たに、その日ゆっくりと身体を癒していった。

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