第4話②

「すまない。“僕”はそういうデリカシーに疎くて」


「いえ、私のほうこそ……失礼いたしました」


 数秒、我々の間に微妙な沈黙が訪れ、気まずくなった私は今一度青年を頭の上から順次下に向かって観察した。通常騎士は耳下まで伸ばす頭髪は、頬の辺りの長さで揃えられ、はっきり横ふたつに分ける代わりに前髪を掻き上げており、色黒の額はすべすべしていて形が良かった。背は高いが、それほど体に厚みを感じないのは、手足の長さと、俯きがちな姿勢のためだろう。旅装の外套にキルトの鎧下を着て、腰紐ではなく黒革のベルトを締めていた。


「斧か」


 大抵の騎士が剣の鞘を吊っているはずの帯には斧の長い柄が挿し込まれており、剥き出しの斧頭はバンドで留めて固定してあった。


「旅には便利ですよ。剣がよければ佩きますが」


 彼はこともなげに言ったが、飾り気のない片刃の斧はよく砥がれ、柄や刃身には傷や補修した跡がいくつもあった。きっと長く愛用してきたもののはずで、そういうこだわりや愛着を捨てさせてまで強制する気はなかったが、長く土地を治めてきた貴族の中では、こういった武器は侵略者のものであるとして忌避されていた。


「いや、君の得意なほうで構わない。獣や怪物にはそっちのほうが効くだろう」


 武術の心得のない私には、そのくらいの感想しか浮かばなかった。金属鎧で覆われた騎士の頭をかち割るのには都合がいいのかもしれないが、盗賊が数人がかりで襲い来るとき、取り回しの難しい斧で身軽な彼らを打ち斃せるだろうか?


「乱戦で名を挙げたものですから―――奇襲においては斧のほうが使い勝手がいいんです」


 ティリンガストの敗戦、ツァン川の渡河戦、そしてヨトゥン伯の子息が戦死したデラポア城を巡る一連の戦い―――聞けば、青年は私が作戦に関わった多くの戦で功を拾っていた。いずれも名うての騎士が多く戦死した激戦地で、すべて白兵戦を戦い抜いたという。


「閣下は戦場から最も遠いところで功を立てられ、私は最も血を流すところで勲しを得ました。顔も知らぬ貴方の手配したパンを齧って生き延び、此度はこうしてお側に仕えております。斯様な奇縁もあったものかと、妙な感慨を禁じ得ません」


 彼の物腰からは確かな知性を感じたが、口にするものに言外の皮肉を含ませるだけの狡猾さを持ち合わせているかは判別がつかなかった。


「君は王の騎士になるんだろ?仕えるなんてつもりでいなくていいさ」


 位階で見れば私のような下流貴族よりいずれ彼のほうが格上になるのだ。もし彼が私をよく思っていないのなら、これ以上心象を悪くするべきではない。私は彼に諂うくらいのことなら恥にも思わないつもりだったが、青年はきまり悪く否定した。


「いいえ。殿下は私をあなたの騎士にするつもりでした」


「私の?」


 彼は少し緊張気味に頷いた。


「殿下が自ら赴けば、閣下も喜んで跪くだろうと。私は印綬を奉ずる予定でした」


「印?」


「ええ。ですが果たされませんでした」


 彼はその判子が私にどんな職を任ずるものなのか答えてくれなかった。


 エドマンドは、おそらく私が彼の頼みを拒否するとは夢にも思っていなかったのだろう。


 数年来会っていなかった幼馴染の王子が、さびれた田舎に何らかの高職を授ける印綬を自ら送り届け、そして戦場で見つけた最高の騎士を贈り物にする―――彼としては、それなりに演出を仕掛けたつもりだったのかもしれない。


 だが、彼が気の狂った寡婦の取るに足らない妄言であると断じた手紙は、私にとって国家や友よりも重く、そして何よりも罪の意識を駆り立てるものだった。殿下は皮肉雑じりに“冒険”などと称したが、実際私はこれからどこに向かうべきか、はっきりわかっていなかったのだ。


“あれ”は去ったと叔母の手紙は言い、つまり旧都に行っても“彼女”はもうそこにはいないのだが、かと言って、他に行く当ても手掛かりもない―――旅支度を終え、屋敷の戸口に立った時、チェルネはひとつ提案をしてくれた。


「閣下。もし、キグナスの街を通って行くのなら、そこで旅の仲間を募りませんか?まさかたった二人で行くおつもりだとは、思わなかったもので」


 キグナスの街は、かねて傭兵業で栄えた都市だった。先の大戦で敵側についた者たちや、主を失った騎士崩れたちの受け皿となり、近頃は治安も悪化していると聞いていて、私は信頼のできる者がいるか疑った。


「私の旧知を訪ねるつもりです。信頼できるかは……まあ、腕の立つ女です。偏見の強いやつですが、俺が話せば聞くでしょう」


 チェルネの口調はどこか懐古的で、無碍にするのは躊躇われた。出来たばかりの相棒に対するささやかな信頼の証として、私は当初の目的地をキグナスに定めたのだった。

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