第3話③
私が階段を駆け下りると、ちょうど殿下は使用人が開いたドアを、長躯を屈めて潜り抜けるところだった。
「アレックス!」
殿下は私に再会を言祝ぐ暇を与えず、顔を見るなりずかずかと歩み寄って、力強い腕の中に抱きすくめた。
背が低いために、引き締まった胸板に顔を押しつぶされる形になった私は、少しつんとする汗のにおいと、香水の薔薇のかおりの底に紛れた、懐かしい青年の甘く熟れたような体臭を肺一杯に嗅ぎ入れる羽目になった。
「変わりないな、友よ……いや、少し背が縮んだか?」
たっぷり数分抱き合って、漸く私を解放した殿下は、満面に喜色を浮かべて私の頭に手を置いた。
私はその手をそっと払いのけ、わざとできるだけ苦々しい顔をしてやったが、殿下はむしろより笑みを深くして、強引に私の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。
一頻りじゃれ合った後、私は居住まいを正して殿下の供回りの騎士や役人、小姓などに挨拶をしなければならなかったが、殿下はそれを待ちきれずに、もう二階へ上がる階段を上り始めていた。
「なあ、何か飲み物でも出してくれないか。飛ばしてきたから喉が渇いたんだ」
私は殿下を応接間に通したが、彼は使者のために用意してあったまだ温かい茶の残りをがぶりと飲み干すと、すぐに私の私室を見たがった。
私はほとんど書斎のように使っているため、ひどく煩雑した自分の部屋を見せることを躊躇ったが、殿下は庭に埋めた骨を探す子犬のようにはしゃいでずかずかと廊下を歩いて行った。
「アレーックス!どっちだ?君の部屋は!」
階段を挟んで向こう側の廊下と、階下とを指さして呼びかける殿下に追いすがりながら、私はこの陰気臭い館の空気が、かつて王都の邸宅で暮らしていたときの、あの輝かしい煌めきに塗り替えられていくのを感じていた。
そこにはエドマンドと、母后テレジア殿下、その騎士だった私の叔母―――そして殿下の兄上だった、先代王ルドウィグがいた。
決して各々相容れないながらも、皆それぞれのやりかたで、何か希望を見据えていた―――。少しずつ腐敗に侵されながらも、それでも確かにあの時代は輝いていた。
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