第3話②
実際、王子殿下が私のところを訪ねたのは、三日後、片田舎のろくなもののない商家のいくつかを頼り、わずかばかりの進物とこの辺りにしては上等な酒とを買いそろえたあとだった。
私は当初、殿下が新都でエリザベスに手紙を託し、彼自身は後から悠々旅支度を整えても、軍馬と駅舎を使えばそれなりに彼女の一行に追いついてしまうだろうと考えた。
そのため、出来得る限り早く歓待の準備を整えるつもりで急遽に人を増やし、一昨日雇いつけた者たちが、昨日に屋敷に着き、そしてこの日、諸々の作業に取り掛かる手はずだった。
私が商家で買い付けた物を、明日までに屋敷に届けるよう雇った御者に指示しているとき、使用人のひとりで魔術の心得のある者が、殿下の到着を予告する使者が来たことを“風文”で伝えた。
【ロドリゴ卿の従士、ヘリアルより来り。至急帰られたし】
不意に私のまわりにだけ、小さなつむじ風が立ち起こり、空気の渦がひゅるひゅると回転する音で老魔術師の言伝を吹き返した。普段はがらがらと嗄れた声で話す老人の声が、妙に上ずって甲高く聞こえるこの魔術が私はあまり好きではなかった。
サー・ロドリゴは、戦前から殿下の騎士を務めており、戦で大功を挙げた同僚の騎士たちが、貴族や高官に任じられる中、ひとり固辞して騎士分であり続け、殿下も彼には重きを置いていた。彼が使者を送るということは、すなわち最も殿下の意に近き伝文であるということで、たかが従士といえども私が自ら応じないわけにはいかなかった。
ヘリアルの街は、私の屋敷から百キロと離れておらず、急げば二日とかからない―――だが、私が急いで屋敷に戻り、まだ年若いロドリゴの使者を招き入れるのと、たった数分前に閉じたばかりの表門を開くよう、怒声が飛ぶのとは殆ど同時だった。
王族の行啓にしては少なすぎる供回りを連れ、一目で貴人のものとわかる荘厳な黒葦毛を駆って現れた赤毛の青年は、まだ私が使者に応対しているうちに、ずかずかと門の中に馬を乗り入れてしまった。
「アレックス、私だ!」
二階の応接間で、酷く息せき切った使者の少年に茶を出してやっていた私は、不敬にも彼を窓辺から見下ろさざるを得なかった。
昨夜の小雨でぬかるんだ道を、それでも全速で飛ばしてきたのだろう、金銀の装飾を施した礼服や、駿馬の美しい毛並み、果ては白く透き通ったきめの細かい頬などに、乾きかけの泥跳ねがこびりついていた。
「入れてくれ、友よ!我々の間に大げさな礼儀は必要ない!そうだろう?」
屋敷の間取りを知らない殿下は、それでも窓から覗く私の顔を目聡く見つけ、まるで宝物でも捧げ持つような手つきをこちらに向けた。
「厩はどこだ、アレックス!この暴れん坊を仕舞ってくれ!早く語らおう―――私は二年の間、この日をずっと待ち望んでいた!」
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