第2話③

初め我々はその症状を心因性の病気だと思った。太陽を浴びない一日、全くの暗闇、寒さ、湿気、繰り返しの単調な、言い換えれば安定した日々の生活が途切れたこと、要素は挙げればきりがなく、何より異様な妄執によって日々精神が冒されていくことを、我々の誰もが自覚していたからだ。


事実、夜の間に雨が上がると、翌日には何事もなかったかのように、皆元の日常に回帰していった。火と乾燥を避ける傾向は残り続けたが、それも暫くで治るだろうと従医は判断したし、各々水筒を持ち歩くようになって、寧ろこのほうがいいのではないかと楽天的に考えた。


そうして何も変わったことはなかったのだと皆が思い込み、否、言い聞かせ、我々はとうに狂い始めていた安寧を取り戻そうとしたのだ。ある者は、皮膚の表面の一部が、蛇腹じみた『湿疹』に侵され、粘性の液体を分泌し始めたことを不安がって診させたが、日々症状が拡大し、時折そこが患者の意に反してぶるぶると蠕動するようになっても、医者は寧ろ治る兆しだとし、簡単な処置をするに留めた。


我々は鏡のない生活をしており、この従医は、もはや自分の顔面のほとんどの皮膚が『湿疹』に侵されていることを未だに認めようとしていない。“汗がよく出る”と大きな独り言を頻繁に溢し、『湿疹』を診せる患者が新たに増える度ごとに、汗を定期的に拭き取ることと、濡れた衣服や髪をよく乾かしてから寝ることを、自身の予防策だとして言い聞かすのだ。


誰かが彼に諭してやらなければならないのだろうが、それができる者は我々の中には一人もいなかった。

何も変わったことはない―――虚勢の安寧と秩序を保たんがために、我々はこの哀れな医者を現実に引き戻すわけにはいかなくなっていた。


そうして我々が見過ごしてきたものがもう一つあり、ああつまり、本旨は寧ろこちらにある。

あの雨の日の夜、我々は持ち回りで火の番をした。私を含め責任者数人と、それぞれ兵士三人ずつが組み、交代して雨漏りや風の吹き込む穴がないかを見回ったのだが、肝心の火に薪を焼べる役は、兵士たちの前に述べた症状のために、ただ私ひとりにしかできなかった。


兵士たちは皆松明を持つことを嫌がったが、それでもどこから風が入ってくるのか、暗闇の中でも正確に見つけて補修していた。私は一晩起きていなければならなかったものの、元々フランチェスカの看病のために熟睡するわけにはいかなかったので、幾分覚悟はできていた。


話し相手のひとりも欲しかったが、陰鬱で不気味な変調を来している仲間たちと過ごすことは躊躇われ、クリストフやアダンやリカルドが、暗闇の中で兵士たちを引きつれる影を、焚火のすぐ側に座り込んで眺めた。


夜はのろのろと更けていき、見回りの監督を私自身が務めなければならなくなる頃には、雨の降り方は落ち着いていた。リコの班と交代するとき、彼らは外の石畳と、そこに面する壁と床の一部が壊れているから気をつけるようにと言い残した。


我々は、少なくとも私は、久しく雨に濡れていなかった地面や建物が、その日のような豪雨に降られればどうなるか知っていた。夜明けまではいくばくもなく、外でも火を裸のまま問題なく保持できたため、今のうちに被害を把握しておこうと考えた。件の箇所は、建物の損害としては大したことはなかった。壁が少し砕け、床石が割れていたが急を要しはしない―――我々四人は外に出た。


扉からその場所へ回るには、外の建築やそれらが崩れた瓦礫の関係上、少し遠回りをする必要があったが、目視するだけなら多少離れていてもある程度可能だった。跨ぐには高すぎ、よじ登るには不安定な、肩口ほどの高さの瓦礫の山―――その向こうは、石畳が“壊れている”などと、控えめな言葉で報せたものだ、地面がぼこぼこと大きく隆起し、その頂点はひび割れ、酷いところは深々と亀裂が奔っていた。そしてあろうことか、その細長く、蛇ののたくるような形の隆起は、まるで胎動のように蠢いていた。どくん、どくんと、妖しく、艶やかに―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る