騎士団を去った男が話す逃げた言い訳とは
とざきとおる
ししょーの過去を偶然聞いちゃった
「ししょー。その姿でいいわけない」
「店長とお呼び」
「いやです。特にこの店に来るお客様の名誉のために、その姿の時は店長とは呼びません」
魔法の国、タートルリベリア。
国民全員が魔法を使えるほど、この国は他の国に比べてはるかに魔法技術の研究が進んでいた。
魔法を使うには書物がいる。魔法の技術を学び、そして使うときに補助もしてくれる道具。
そのため、この国で書店というのは、魔法の国の様々なところを支える重要なお店とも言える。
たとえこの裏路地の小さな本屋であっても、人の出入りはそれなりにあるほどに。
王立魔法騎士団の見習い騎士アイナは、その本屋で週5回バイトに来ている。きっかけは、少し前にあった帝国の翼竜を用いた襲撃。
あの時、王国は王都まで攻め込まれており、いかに最強の魔法騎士『13主』がいる王立魔法騎士団でも人手が足りず甚大な被害が出そうだった。
ただ帝国の侵略は突如として終わりを告げる。翼竜が突如発狂し見方を攻撃し始めたのだ。そしてその原因をアイナは知っている。
公には幸運なる事故だとされたが、実際は、今アイナの目の前で、上半身裸、下半身にタオルを巻いて温かいミルクを飲んでいる眼鏡の男の仕業なのだと。
「将来俺の嫁になるんだから、これぐらい見慣れないとだめだぞ?」
確かに引き締まった筋肉で、大いなる魔法使いの割には細マッチョで目を覆うほどではないのだが……。
「でも、営業時間にお風呂に入り、裸体をさらす変態を店長と認めれば、それはここに通ってくれる客の品性にも関わります。お願いですからそこだけはマイペースでいてください。師匠。あと嫁にはなりません」
「なんだよぅ照れるなよぅ。だが君の言う通りだ。もしもこの姿で今日も君に魔法を伝授してしまえば、万が一客に見られたときに通報されてしまう」
「そうです」
「癒しの時間はここまでにしようか」
今日アイナは店にある魔導書の竜魔法の基礎を教わろうとしていた。師匠が一番得意だと豪語する魔法なのでアイナとしても楽しみにしていたのだが。
師匠にまともな姿になれというくらいには、ちゃんと待つことはできた。
しかし、遅すぎた。
「ごめんください」
「あ、まって……!」
店員の1人として謝るしかないと入口に向かったアイナは、やってきた人を見て驚愕し開いた口がふさがらない。
「お、ハゲおやじ」
「貴様! 13主普の主にして総主、グランレビオー様に何たる言葉を……死刑だ!」
全身鎧装備の男が
「あわわわわわ。何言ってるんですかてんちょー!」
つい店長とアイナが言ってしまうくらいに、驚くべきことばかりだった。
その前にこのままでは店長が殺されてしまう。アイナは頭を下げようとするが。
「いい。お前は外で待っていなさい」
と、斬りかかろうとした男を止め外へと追い出した。
自分も邪魔だろうか、そう思い外に出ようとするが、
「相変わらずだな。店長があれでは大変だろう? アイナくん」
「私の名前を……?」
「王立魔法騎士団を志す見習いの子供たちを全員覚えるのは当然のことだよ。みな私の後輩なのだから。せめて1人前になるまでは庇護の対象だ」
と、とんでもないことを言われ唖然。
「アイナ。お茶を用意してくれないか? 最高級のやつを使っていいよ。この人はそう無碍にできない相手だ」
「馬鹿者め。自分の師匠をほぼ裸で迎えるなど。堕落したものだ」
「そういわないでくださいよ先生。どうぞ。こんな古びたところで良ければ」
ししょーの師匠が普の主、最高年齢にして最強の魔法使いの弟子だと初めて知ることになった。
お茶を入れながらも、話が聞こえてくる。
相手が偉大なる相手、そして、聞こえてくる内容がただ事ではなく、アイナの手は震え続けている。
「別に俺は、ここでのんびりやっててもいいわけ。楽しいし」
「一生本に囲まれて過ごしたいか。いつからそうなってしまったんだか」
「俺にはこの生活が性に合ってる。それだけです」
「いずれは竜の主として、13主にもなるだろう天才。ゆくゆくは総主になる可能性もあった出世と栄誉の道から自ら降りた」
「まあ、俺はそこにふさわしくない。竜の主なんてものは存在しなくてよかった」
(うそ、まじ……?)
偶然出会ったその人が、まさか昔はスーパーエリートだったなんて知らなかった。それほど有名な魔法使いなら、知っていてもおかしくないはずなのに。
アイナは首をかしげる。
「……俺のみが扱え、俺が発展させている竜魔法。それは古代竜が扱ったとされる人の力を超えた奇跡を操る魔法。だがその存在は危険だ。世界の表に出してはいけない」
「このままでは後継者がいなくなるぞ。魔法使いも寿命には勝てん。お前の中に奇跡として宿り、人生をかけて極めてきたものを、だれも継がないのはこの国にとっても大きな損失だ」
「今だって13主だけで十分守れているでしょう」
「戦力だけではない。魔法は宝だ。お前はあの事件以来一切の情報を秘匿し、命がけで王立魔法騎士団と戦って竜魔法の研究資料を消した」
「そりゃね、味方もろともみんな焼き殺した獄炎が兵器とかドン引きですよ。俺は数多くの将来一緒にこの国を守るはずだった同胞を生贄に捧げて栄誉を得るところだった」
アイナにはいつの時のどんな事件かわからなかった。
しかし普段、マイペースに本を読み、気まぐれで魔法を教えてくれるその人が、そこまで国にとって重要人物になりえるとは思っていなかった。
しかし、納得はしている。あの日、帝国を軽々追い払った奇跡を見たから、店長が偉大な人だとは信じていた。
今までは謎の大魔法使いだと思っていたその人は、正真正銘偉大だったのだと、納得と共にその話を受け入れられている。
「この魔法は危険だ。だから秘匿しなければならない。それがあることを認めては、それを利用しようとする者が必ず現れる」
「逃げの言い訳はやめろ。要はお前は責任を負いたくないだけだ。主となって自分の後に進む者を死ぬところが見たくないんだ。だがそれは国防の放棄に他ならない。魔法騎士ならば、国のために死ぬことは覚悟のうえ」
「だが、味方の魔法に巻き込まれて死ぬ必要はなかったでしょう? 要はそういうことです。あれは強力すぎる。誰しもが、あの力に頼る戦いをしてはならない。余計な犠牲などないに越したことはない」
総主は、はっとした顔になる。
そしてしばらく黙った後、再び話し始めた。
「いや。違うな。すまない。そんな話をしに来たわけではないのだ。確かに13主に戻ってほしいとは思うが、それはあくまで手段の1つに過ぎない」
「ほう?」
「私はこの先長くない」
「そろそろ寿命か」
「老いには勝てん。だが私が消えればお前を覚えている者で権力を持つものがいなくなる。そうなると保護ができん。お前の竜魔法を、お前が誰より努力しその魔法を理解しようと心血を注いだ。その結晶をなんらかの形で残したいのだ」
「……俺は、残らないほうがいいと思いますけどねぇ。後の世になって、そんなものがこの世になければもっと平和だったと言われると俺のせいになるので困る」
「弟子も取らんのか? 本も書かないのか?」
「そういって俺を呼び戻すつもりですか?」
「まあそうなってくれればありがたいがいったんおいておこう。どうなんだ?」
「……今は考え中です」
総主が驚く。
「意外だ。しないというつもりなのかと思った」
「俺も1人で過ごすと寂しいもんでね。だから俺を一緒に人生を過ごす弟子なら、俺の目の届くところで管理できる。その条件なら弟子を取る」
「――あの子か?」
「1つ竜魔法を見られてしまった以上ね……だが素質は悪くない。あとは彼女が俺の嫁になってくれるかどうかですよ」
「弟子じゃないのか」
「弟子兼嫁です。昔から先生には言ってるでしょ? 俺のよしよしと褒めてくれる可愛い女の子が欲しいって」
「その俗っぽい馬鹿な願いはまだ捨ててなかったのか。呆れたぞ」
「ははははは」
「はぁ。まあ、わかった。ならそれがどうなるかどうかだけ見届けられるよう、まだまだ生きてみないとな」
「まあ、もしもその弟子がうまくやるためにそっちに戻らないといけなくなったら、戻るかも?」
「ほんとうか?」
「先生、相変わらず欲望には正直だなぁ」
何とかお茶を入れたアイナが2人が座るテーブルにお茶を持ってきた。その時の総主は素晴らしい笑顔で、普段威厳ある姿しか見たことないアイナにとっては、これも驚きの一面だった。
「当然。私は私の喜びのために生きる。13主の仕事もそのため。はあ、一番弟子を自慢してやろうという私の夢もかなうというものだ」
「自己満足じゃん」
「何が悪い。お前のような問題児を育てたのはそのためだったというのにまったく」
「ははは、その点は悪いと思いましたよ」
2人はカップをぶつけ、一緒の飲み方でお茶を楽しんだ。
アイナは師匠を見る。
『嫁になったら、君に俺の魔法を授ける弟子にしよう』
あれは戯言ではなく、危険な魔法を下手に広めないための施策。店長が考えた末での決断だということが理解できた。
思う。もしも私に覚悟があるのなら――。
その貴重な魔法を受け継ぐ次世代になれるかもしれない。
(でも嫁って、まだあまり考えられないなぁ……)
しかし、万が一にそうなるとしてももう少し未来の話になるだろう。
今はとりあえず学校卒業がアイナにとっての最優先事項だし、竜魔法を必要とする理由はない。
万が一の未来。例えば帝国に新たな司令塔が現れて、とんでもなく強くなって攻めてくるようになったりとかしたら。友達を守るために、弟子になる未来もあるかもしれない。
今のアイナはそうはならないことを願うばかりだが。
――だって、この人、結構変なんだもん。嫁になれって言われて、はいって進んでなるほどのイケメンじゃないしなぁ――
騎士団を去った男が話す逃げた言い訳とは とざきとおる @femania
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