第35回 階段

※ X(Twitter)で掲載したものになります。


…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… 


【 セツナ 】


「かいだん、ながい」


 僕達の眼前にある階段を見て、アルトがポソリと呟いた。


「そうだね」


 なだらかな坂道に敷かれている階段は、遥か先まで続いているように見える。ところどころ風化しているのを見ると、この階段はかなりの年代物だとがうかがい知れた。新しい街道ができる前はこの道も往来があったようだけど、今はほとんど使われていない道だ。


 新しい街道ができた理由は、元の街道がなだらかとはいえ坂道であることと、道幅が狭く魔物と遭遇した場合に、対処が取り辛かったからだ。

 そんな旧街道をなぜ歩いているのかといえば、獣人の子供であるアルトの姿を見られることを、できるだけ避けたかったためだ。



 近辺に魔物の気配は感じないため、軽い雑談を交えながら、アルトが疲れない程度の速さで階段を上っていく。途中で休憩を入れ、また階段を上るということを何度か繰り返し、頂上が見える場所までたどりついた。


「やっと、おわりが、ちかづいたー」


 代わり映えのしない景色と階段に、飽きていたのだろう。アルトが軽く尻尾を振るが、その表情はあまり嬉しそうではなかった。

 風の魔法を使い、周囲に人がいないかをざっと調べる。すぐに確認がとれたので、僕はアルトに話しかけた。


「アルト。遊びながら、頂上を目指そうか」

「あそび?」

「うん。この前、じゃんけんをしたのを覚えている?」

「おぼえてる!」

「じゃあ、じゃんけんをしながら階段を上っていこう」


 その言葉にアルトは、意味がわからないと首をかしげているが、その瞳には興味が宿っているように思えた。

 僕は、『じゃんけんグリコ』という遊びを説明していく。じゃんけんで勝ったときに、その手に紐づいた物の名前の字数だけ、歩るくことができる遊びだ。ただ、説明する際にこの世界にない言葉は違う言葉に置き換えた。チョキは、『チョコレート』。パーは、『パイナップル』。グーは、『ハンバーグ』というように。


「ししょう、ちょこれぇとって、なに?」

「とっても甘いお菓子だね」


 お菓子と聞いてアルトの目が輝くが、残念なことにチョコレートは持っていない。売っているのを見つけたら、一緒に食べようと約束をする。


「ぱいなっぷるは、しってる。たべたことは、ないけど」


 パイナップルは、ガーディルでは交易品で高価だったため、手が届かなかった。アルトに「そうだったね」と笑う。


「でも、はんばーぐは、しらない」

「そういえば、ハンバーグはまだ作ったことがなかったね」

「たべもの?」

「うん。肉料理の一つだよ」

「にく!」


 肉料理と聞いて、アルトの尻尾が盛大に振られた。だけどアルトは、まだ僕に遠慮しているようで、自分から食べてみたいとはいいだせない。だから返事はわかっているけれど、こんなときは僕から聞くようにしていた。


「食べてみたい?」

「たべてみたい!」


 元気のいい返答に、僕は笑って頷く。


「じゃあ、僕に勝てたら作ってあげる」

「え!?」

「僕より先に頂上にたどりつけたら、今日の夜ご飯はハンバーグにしよう」


 勝負に勝たなければ、食べることができないと知ったアルトは、気合いを入れるように拳を握った。


「おれ、ぜったいに、まけない!」


 負けず嫌いのアルトがそう宣言し、ハンバーグをかけた戦いの火蓋が切られたのだった。


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