最新話
第34回 星の空に
※ X(Twitter)で掲載したものになります
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【 セツナ 】
『きのうの、おはなしの、つづき、たのしみ』
子狼の姿になったアルトが僕の膝の上で丸まり、機嫌よく耳を動かしながら、今か今かと僕が物語の続きを語るのを待っていた。
「じゃあ、続きを話そうか……」
ほぼ寝る前の日課となっている、アルトの知らない物語を、僕は語り始めるのだった。
しばらくして、気持ちよさそう眠るアルトの寝息が耳に届く。今日の物語は、ここで終了だ。
僕の膝の上で丸まって寝ているアルトに、こうして物語を聞かせることになったのは、いつからだっただろうかと、ふと考える。
そして、空に輝く月を見て……その日のことを思い出した。
それは、狼の獣人であるアルトと出会い、『セツナ』という名前ではなく『師匠』と呼ばれることに、違和感を覚えることがなくなった頃だったはずだ。
きっかけは、子狼の姿で寝ていたアルトが、うなされていたのを起こしたことが始まりだった。
「アルト。アルト……」
子狼のアルトの体を軽く揺すりながら、起きるように声をかける。よほど怖い夢を見ていたのか、僕の呼びかけに飛び起きると、僕の手の届かない位置へと逃げた。
まだ夢から覚めきっていないのか、必死に逃げる場所を探している姿に胸が痛くなる。もしかすると、奴隷商人につかまっていた頃の夢を見たのかもしれない……。
「アルト」
何度目かの呼びかけで、アルトがしっかりと夢から覚めた。
『……ししょう?』
子狼での会話は魔法による心話になるために、不安そうなアルトの声が僕の頭の中に響く。
「大丈夫だよアルト。ここに、奴隷商人はいない」
その言葉に安心したのか、アルトの体から力が抜け、とぼとぼと僕のそばにきてちょこんとお座りをする。まだ、不安そうな目をしているアルトの頭をゆっくりとなでた。
アルトが落ち着くまでそうしていたのだが、眠くなってきたのかアルトの頭が揺れ始める。
「夜明けまではまだ時間があるよ。もう一回眠るといい」
『……おきてる』
アルトはそういいながら、何度も瞬きをして眠気を振り払おうとしている。眠いのに、眠らないのは夢を見るのが怖いのかもしれない。
「アルトおいで」
膝の上に毛布をのせて、軽く膝を叩くとアルトが軽く首をかしげながら、毛布の上にのってくる。横になるように促すと、僕を何度も見上げながら体を丸めた。
『ししょう?』
「アルトが怖い夢を見たら、すぐに起こしてあげるから、安心してお休み」
それでも安心できないアルトに、僕は毛並みを逆立てないようになでながら、口を開いた。
「アルトが眠れるまで、なにかお話をしようかな」
『おはなし?』
パタパタと尻尾を軽く振るアルトをみて、小さく笑う。
「そうだな……。昔々……あるところに……」
そのでだしから始まる物語は、元の世界のものだ。妹の鏡花が眠れないときに、読み聞かせをしてあげたときの物語だ。アルトは楽しそうに物語に耳をかたむけていたけれど、襲い来る睡魔には勝てず、途中で電池が切れるようにコトリと寝てしまう。
アルトを動かすと目を覚ましそうで、今日はこのまま朝まで過ごすことにした。
木にもたれながら、ふと息をつき空を見上げる。
空の上に浮かぶモノは、冷たい光を放つ青く輝く丸い月……。
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