第6話 刹那の風景2:エピローグ:風が去ったあとで
【トゥーリ】
私にはくまのぬいぐるみを、アルトにはウサギのぬいぐるみを、そして……クッカには馬のぬいぐるみをセツナは渡してくれた。
最初ウサギのぬいぐるみは、私に贈られるものだったようだけど、アルトが目を輝かせて凝視していたことから、無事アルトの宝物になっていた。
アルトの欲しいものを私が貰うことにならなくて、よかったと思っている。でも、正直なところ……アルトがどうしてあのぬいぐるみを気に入っているのか、私にはわからない。
くまのぬいぐるみも馬のぬいぐるみも、アルトは可愛いとはいっていたけれど、ウサギのぬいぐるみと同じような反応は示していなかった。
白目をむいているウサギの何が、アルトの琴線に触れたのだろう……? そんなことを考えながら、私は結界の向こう側にいるセツナ達を眺めていた。
結界の向こう側にいるアルトとクッカは、セツナから馬のぬいぐるみの説明を聞いていた。なぜ……ぬいぐるみに説明が必要なのだろうと思うけど、先ほどの光景を目にしてしまえば、説明が必要だということは理解できた。
馬のぬいぐるみが……クッカが冗談で差し出した林檎を、パクリと食べてしまった瞬間を私も見てしまったのだから。
「この馬のぬいぐるみは、鞄になっているんだよ」
セツナのこの説明に、クッカとアルトが首をかしげている。二人のその様子はとても可愛らしいのだけど、首をかしげたくなったのは私も同じだった。
「ぬいぐるみが、鞄なのですか?」
「ぬいぐるみが、かばん、なの!?」
二人は同時に声を出し、クッカが抱っこしている馬を見ていた。
「そう。鞄の中にしまいたいものを馬のぬいぐるみの口元に持っていくと、パクリと食べてお腹の中に収納してくれる」
「……」
「おぉ、すげぇ!」
セツナの説明に、アルトは楽しげに馬のぬいぐるみを見つめ、クッカはアルトとは反対になんともいえない表情で抱っこしている馬を見ていた。
「クッカ気に入らなかった? 普通のぬいぐるみにすることもできるよ?」
クッカのその表情に、セツナが困ったように笑いながら声をかけた。
「可愛いと思うのですよ? だけど、取り出すときが可哀想に思ってしまうのですよ」
「あー。そうかも」
クッカの訴えに、アルトが首を縦に振って頷いている。確かに食べて収納する姿は可愛いけれど、取り出すのに口を開けてその中に手を入れるのは、ぬいぐるみとはいえ少し躊躇してしまうかもしれない。
そんなクッカとアルトを優しく見つめながら、セツナは「大丈夫」といった。
「取り出したいものを想像して、手綱を引いてみてくれる?」
クッカが彼のいうとおりに「林檎をだして欲しいのですよ」と口にしながら手綱を引くと、馬の口が開いて林檎が現われた……。セツナが苦笑しながら「声に出さなくてもいいよ」と教えている。
それにしてもあの馬のぬいぐるみには、どんな魔法が刻まれているのだろう……。
彼の発想は色々とおかしいと思うのだ。
……もしかしたら、私が貰ったくまのぬいぐるみにも、何か魔法がかかっているのかしら? そう考えた瞬間、ふと、視線を感じてその方向へと顔を向けるとセツナと目があった……。
なんとなくその目が笑っているように見えるのは、気のせいだと思いたい。
「林檎が落ちないのですよ」
クッカの声で、彼が私から視線を外した。
「馬の口の前に手を持っていくと、落としてくれるよ」
「本当なのですよ~」
「地面に落ちると汚れてしまうからね」
「なるほどなのですよ」
「これで大丈夫そう?」
セツナの優しく問いかける声にクッカが嬉しそうに笑って、馬のぬいぐるみを抱きしめながら頷いた。
彼は、アルトにもクッカと同じようにするかと聞いていたけれど、アルトは鞄があるからいいと答えていた。
このとき、私も多分セツナもさほど気にせず、アルトの返事を聞いていたのだけれど、食後のぬいぐるみを相手にしたアルトの暴れように、セツナが小さな声で「鞄にしなくてよかった」と、呟いているのを聞いて心の中で同意したのだった。
「トゥーリ様……」
クッカの呼ぶ声で、ぼんやりしていた意識を引き戻された。結界を挟んで向かい合っているクッカを認識する。その瞬間、私とクッカの目の前を何かが通り過ぎていった。
カッポ、カッポという音を洞窟内に響かせて。
(え?)
今のは……なんだろうと戸惑いながら、過ぎ去っていく音を追いかけるために視線を向けると、その先には……セツナがクッカに渡した馬のぬいぐるみが、のんびりと歩いていたのだった。
お茶をいれるの邪魔になるからと、クッカはベッドの上に置いていたはずなのに……。
そう思ったところで、今の状況を私は完全に思い出した。そうだ、私は、結界を挟んでクッカと向かいあい、お茶を飲みながら座っていたのだった。
セツナとアルトが旅だって数時間経ち、静かになった洞窟で二人とも言葉少なになっため、どちらからともなくお茶の時間にしようと切り出しお互いを慰めあっていた。
私も寂しいけれど、クッカはきっともっと寂しいと思う。どこかしんみりとした空気が、洞窟内に満ちていた……。
それがどうして……こんなおかしな空気になってしまったのだろう。
(なぜ、ぬいぐるみが歩いているの?)
「……あのぬいぐるみは、いったいどうなっているのかしら?」
「ご主人様の考えることは、よくわからないのですよ……」
のんびりと散歩するように歩く馬のぬいぐるみを見ているうちに、なぜかしんみりした気配が遠くなっていた。
たぶん……。あまりにも突拍子もないことを目の当たりにしたために、寂しさが吹き飛んでしまったのかもしれない。
パカラン、パカランと、今度は駆け出したその音の連なりに、なぜか笑いがこみ上げてきた。
それはクッカも同じだったようで……間の抜けた音を聞きながら、しばらく、クッカと一緒に笑っていたのだった。
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