第5話 刹那の風景2:表紙イメージ短編:だんらん
【トゥーリ】
クッカがいれてくれた紅茶の香りが包む中で、私は薄い透明の結界の向こうで話されている内容に耳を傾けていた。
「どんな薬草を育てることになるのですか?」
セツナが「薬草園をつくる」といい、大がかりな魔法を使って整えた場所をクッカが真剣な顔で見つめながら彼に色々と質問を繰り返している。二人は今、クッカが管理することになる、薬草園の方向性を決めているさなかだった。
「薬草にも相性があるのですよ」
「そうなんだね」
「なので、配置に気を付けないといけないのですよ~」
セツナはクッカの説明に深く頷きながら、ここにくるまでに採取したらしい薬草を鞄から取り出して、彼女に見せている。そして、クッカがその薬草を受け取ると小さな声で詠唱して魔法を発動させた。その様子をセツナは黙って見守り、彼の側にいるアルトは興味深げにクッカの手元をのぞいていた。
しばらくして、クッカの手に握られていた薬草が淡く光ってから、その形を変えていく。初めて見るのだろうその不思議な魔法に私だけではなく、アルトとセツナも軽く目を見張って、クッカの魔法を凝視していた。
「完成なのですよ~」
「えー! やくそうに、ねっこがはえた!?」
目を丸くしながら驚いているアルトに、クッカが楽しそうに笑いながら頷いた。
「すごい!」
「頑張ったのです」
「精霊はそんなこともできるんだね……」
セツナの感心した声に、クッカが少し困ったように笑いながら口を開く。
「色々と条件があるのですよ」
「例えば?」
「形を失ったものとか……生命力を感じないものとかは駄目なのですよ」
「そうなんだね……」
その他にも細かい条件があるらしく、できるだけ種か根がついたものを送って欲しいと、クッカがセツナに願っている。
「そのやくそうは、どうするの?」
魔法で根が生えた薬草から視線を外したアルトがクッカを見る。
「今から植えるのですよ!」
「おー、おれも、てつだっていい?」
「一緒に植えるのですよ~」
「僕も手伝おうか?」
「アルト様と二人で大丈夫なのです」
二人の会話にセツナが口を挟んだが、自分の手の中にある薬草をアルトと分け合いながら、クッカはセツナの申し出を断った。
「どうやって、うえる? おれが、あなほっていく?」
「……」
期待に目を輝かせながら「セツナから使うといいよ」と手渡されたスコップを握りしめ、アルトがクッカにそう尋ねているが、クッカは少し困ったような表情を浮かべながら、アルトの期待を裏切らないようにだろう、黙って頷いた。
クッカのその姿を見て、セツナが苦笑を浮かべながら「余計なことをしてしまったかな」と呟く。もしかするとだけど、クッカは魔法で穴を開けていく予定だったのかもしれない……。
「計画的に、植えていかないといけないのですよ」
「どうする?」
アルトの問いに、クッカは少し思案してから魔法の詠唱を始めた。すると、薬草畑として用意された場所に魔法陣が浮かび上がり、彼女の魔法が発動し、土と岩しかない殺風景な洞窟に様々な植物が映し出された……。
目に飛び込んできたその鮮やかな色彩に、私は思わず息を飲んだ……。
魔法で創られた幻影だとわかっている。わかっているけれど……それでもそこかしこに緑が……。遠い記憶がふと脳裏をかすめ、花の香りが……草の香りが蘇る……。
長く、長く、忘れていた記憶を思い出しもっと近くで鮮やかな色彩の緑を見たいと、思わず身を乗り出しそうになるのをぐっとこらえ、その衝動を抑えるために一度目を閉じた……。私が身を乗り出すと、きっと……アルト達はここからでない私に気をつかってしまうと思うから。
一度軽く息を吐き出し、自分の気持ちが落ち着くのを待って目を開ける。
「っ……!」
思わず息を止めた……。
そこには……洞窟一面に色とりどりの花と緑が溢れていた。
そう……溢れていたのだ。結界のすぐそばで咲く花を見て周りを見渡し、そして自分のそばに咲く花々を見る。驚きで緩慢な動きになりながらも、のろのろと視線をあげた先では、アルトとクッカが目を見開いて立ちつくしている姿があった。
クッカまで驚いているということは、彼女の魔法ではないのだろう。だとすると……こんなことができるのは、ここには一人しかいない。驚いている二人を優しい眼差しで見つめているセツナへと顔を向けると、私の視線に気付いたのか彼がこちらを見てふわりと笑った。
そして、その視線を私から外すと「ししょう、すごい!」と叫んでいるアルトに手を振った。
この光景が私のために創り出されたものなのだと、私は知っている。私が近くで色鮮やかな緑を見たいと願ったから、セツナは私の願いを叶えてくれたのだろう。だけど、彼が何もいわないことを選んだようだから、私も何も聞かないことにした……。今……言葉を紡いでしまったら、様々な感情が零れてしまいそうだから……。
だから、目の前に可憐に揺れる魔法で創られた花を愛でながら、心の中で「ありがとう」と呟いた。私の心の声が聞こえたわけではないだろうに、セツナは私を見てまた優しく笑ってくれたのだった。
しばらくして、アルトがふらふらとした足取りで歩いてきたと思ったら、ストンとセツナの隣に座り軽く頭を揺らした。
「すごく、ねむい」
もう半分寝かけているような声で、そう告げると同時ぐらいに、アルトは甘えるように、コロンとセツナの膝の上に体を半分のせていた。セツナが一瞬驚いたのか目を見張っていたけれど、すぐにいつもの彼に戻って「疲れたの?」と優しくアルトの頭を撫でながらに聞いている。
「クッカが、もう、てつだうこと、ないって」
「お疲れ様。眠いなら、夕飯まで少し寝るといいよ」
「うーん……」
アルトは気持ちよさそうに目を細めると、そのまま返事することなく寝息を立てていた。
「大丈夫?」
アルトの体調が悪くなったのかと思い、セツナに声をかける。
「ずっと気分が高揚していたのが落ち着いて、肉体の疲れが強くでてきたのかもしれない」
「そう……」
「大丈夫だよ。少し寝れば回復すると思うから」
「よかった」
彼の言葉に安堵して頷くと同時ぐらいに、アルトが眠っているのにふにゃりと幸せそうに笑った。その笑みに、私の心まで幸せな気持ちで満たされる……。
セツナの言葉どおり、お昼寝から目覚めたアルトは元気を取り戻していた。すごく元気になっていた……。夕食後のアルトとクッカがぬいぐるみで遊び始めたのだが、その遊びは格闘の訓練かもしれないと思うほど激しかった。二人のその遊び方を見て、そういえば兄達もかなり暴れていたことを思い出す……。種族が違っても、子供の遊び方は変わらないのだなと、懐かしがっていたらあらぬ方向へ首が曲がっているウサギのぬいぐるみと目が合った。
私に「助けて欲しいと」いっているように思えたけれど……。私には無理だと思い、心の中で謝りながら、ウサギのぬいぐるみからそっと視線をそらしたのだった。
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