第7話 刹那の風景2:第三章 カルセオラリア:贈り物(カクヨム限定)

【セツナ】


 アルトはウサギのぬいぐるみをふりまわし、クッカは馬のぬいぐるみに物をしまったりだしたりしている。

 そんな二人を微笑みながら見守っているトゥーリだったけど、彼女に贈ったくまのぬいぐるみに関して全く触れてこないので、物足りなさを感じているのかなと、僕は思い始めていた。

 渡したときは、可愛いといって受け取ってくれたので、全く駄目だったというわけではないと思う。ただ何か、もう一つ目を引くようなかわいらしい特徴が必要だったのかもしれない。


「トゥーリ。くまのぬいぐるみ、もう少し可愛いほうがよかった?」

「えっ、どうして?」

「さっきから、クッカやアルトの方ばかりみているから」

「それは、二人が微笑ましくて。このくまは可愛いし、とても気に入っているわ?」


 隣のくまのぬいぐるみを撫でて、にこりとトゥーリは笑った。それでも、何か我慢をしているのではないかという思いが晴れず、僕は彼女に提案をすることにした。


「そのくま、蜂蜜をなめている姿にしてみる?」

「蜂蜜?」


 ちょっと口元に手を当てて考えていたトゥーリは、目を閉じながらいった。


「手が蜂蜜でベトベトしているのを表現されているのは、少し嫌かもしれないわ」


(あぁ、確かに蜂蜜食べる姿を想像すると、そうなるか。実物は可愛いと思うのだけどな)


「それじゃ、魚をかぶりつくくまなんてどう?」


 今度の提案には、トゥーリは即座に嫌そうな視線を向けてきた。


「このままが、いいの」


(うーん、やっぱりうまく伝わらないな。たい焼きを食べているくまのぬいぐるみは、可愛いと思ったのだけど)


 鏡花が友人から貰ったといって、たい焼きクマを病室に持ってきてくれたことがあったのだけど、それは本当にとぼけた表情と相まって、可愛かった。もっとも、あまり鏡花は気に入ってなかったようだけど。


「それなら、クッカと同じ馬なんてどうかな? でも全く一緒なのも面白くないから、角が生えているのなんてどう?」


 残念そうな顔になり、トゥーリは僕を見ている。


「じゃぁ、翼が生えたのはどうかな?」


 ちょっとだけため息をついて、トゥーリは口を開いた。


「セツナ。馬には、角も翼も生えていないわ。角が生えているのは、鹿という別の生き物よ。翼も鳥にしかないのよ」


(そうじゃないんだけど、……まどろっこしいな。いっそのこと)


 鞄の中で二つのぬいぐるみを創ると、それらを取り出しトゥーリの前に並べる。


「これが角の生えた馬で、ユニコーン。それでこっちが翼が生えた馬で、ペガサスって種族だよ」


 二頭の馬を見たトゥーリの目が、パチパチとまたたいている。


「前言を、撤回するわね」


 そんな言葉に応えるように、ユニコーンが頭を下げ、ペガサスがパタパタと宙を舞う。


「貴方の想像力って、独特ね。言葉で聞いてもわからなかったけど、すごく愛らしいと思うの」

「そうでもないよ。僕の故郷では、普通に知られている空想上の生き物なんだよ」

「そうなの?」


 この世界では、元の世界の空想上の生き物は、存在しない。竜はいるのにと思って不思議に思ったことはあるけれど、今は、そういうものなんだと割り切っている。


「おとぎ話だけど、ペガサスは髪の毛が蛇の魔女を、英雄が首を切って退治したとき、その血からうまれたんだ」


 途端に、トゥーリの目がまた細くなって、ため息交じりに話しかけてくる。


「どうして、こんなかわいらしい生き物に、そんな気持ちの悪いお話をつけるの?」


 ぷんぷんと怒るトゥーリに、僕は困りながら視線を逸らす。


「いや、僕が作った話じゃないから、そういわれても」


 少しひるんでいる僕を見て、トゥーリはふふと笑った。


「そうね。セツナのせいじゃないのに、ごめんなさい」

「わかってくれて、嬉しいよ」


 胸を撫で下ろす僕の膝に、ユニコーンとペガサスがよかったねというように、乗っかってくる。それを見ながらトゥーリは、何かを考えていた。


「どうしたの?」

「セツナ。気持ちは嬉しいのだけど、その子達はしまってほしいの」

「どうして? 気に入ったように見えたけど?」

「とても可愛らしいと思うわ。でも、クッカの喜びに水を差すような気がするから」


(なるほど)


 こちらに気付かず遊んでいるアルトとクッカの気配を背中で感じながら、僕は二匹のぬいぐるみを鞄にしまう。


「でもそうなると、馬系のぬいぐるみはやめたほうがいいかな?」

「もしかして、まだあんな不思議な種類の馬がいるの?」


 トゥーリの期待に満ちた瞳に、僕は胸が早打つのを感じながら、こっそりと新たなものを取り出した。


「えっ? セツナ、これは獣人?」


 彼女がそういうのも、無理はない。でも、この世界には半人半馬の種族がいないことを、僕は知っている。


「違うよ。これも、ケンタウロスっていう空想上の生き物。まぁ、馬というよりは人なのだけど」


 そう紹介すると、ケンタウロスは丁寧にトゥーリにお辞儀をした。その背中には、丸みのある可愛い弓が背負われていた。


「この子は、弓で闘うのかしら?」

「ケンタウロスは、弓の名手なんだ」

「そうなのね」


 トゥーリの相づちにあわせて、ケンタウロスが走りながら矢をつがえて、弓を構える。


「こうやって走りながら弓を打つのに、百発百中なんだよ」


 といいつつも、ぬいぐるみの弓矢は放てるようには作ってないから構えるだけなのだけど、トゥーリはじぃと見つめていた。でもしばらくすると、ため息をついて「ごめんなさい」といってくる。


「とても格好いいと思うのだけど、馬に見えるものはやっぱり避けたほうがいいと思うのよ」


(そうか。それなら、人型で違う生き物の……、そうだ、馬が駄目なら!)


 ふと閃き、僕は膝ぐらいまでの高さのぬいぐるみを創り取り出す。


「これは、牛?」


 二足歩行の筋肉質のそれを見て、彼女の目が微妙なものを見る目つきになった。


(あれ、気に入らなかった?)


 その反応を見て、どうやら僕は失敗してしまったことを悟った。


「……」

 

 トゥーリの微妙な視線を感じ取ったのか、牛頭人身のぬいぐるみは、両手を頭上に挙げ大斧をクルクルと旋回させて振り落とし、そのまま挨拶する。だけど彼女の表情は、変わらなかった。


「これ、ミノタウロスっていうんだけど……」

「私は、かわいいぬいぐるみのほうが、好きよ」


 確かに、他のぬいぐるみよりは可愛くはないけど、そのぶん強そうに作った。だけど、それがいけなかったようだ。


「それに、少し乱暴者ぽいところが子供の教育によくないと思うの」


(そんなものだろうか?)


 それほど乱暴そうに作ったつもりはないのだけど、彼女と僕とでは感性が違うということなのだろう。それ自体は当然だけど、トゥーリにあげるものだから、彼女が気に入らないものではしょうがない。


「特に、アルトの教育にはよくないと思うの。ウサギのぬいぐるみも交えて……一緒に暴れそうだわ」


 彼女の言葉に内心で確かにと頷いていると、自分の名前が聞こえたのか、アルトが僕達の方に声をかけてくる。


「ししょう、よんだ?」

「ご主人様、どうしたのです?」


 続いて、クッカも僕達のことが気になりだしたのか話しかけてきて、二人でこちらにかけてきた。


「セツナ。申し訳ないのだけど、ぬいぐるみをしまってほしいの」


 トゥーリが僕の後ろの方に視線を投げながら、小声で呟く。あげようと思っていた本人にそういわれては仕方がないので、僕は急いでケンタウロスとミノタウロスを鞄にしまった。


「ししょう、トゥーリとなにを、はなして、いたの?」

「お二人で、何をなさっていたのですか?」


 アルトとクッカが僕の背中に抱き着きながら、興味深そうに尋ねてくる。


「アルトとクッカが楽しそうねって、セツナと話していたの」


 彼女の言葉に「そうだよ」と答えると、二人とも「そうなんだ」といって、僕の隣に腰を下ろした。


「アルトもクッカも、ぬいぐるみをすごく気に入ったのね」

「うん。おれ、これすきだ」

「トゥーリ様は、くまのぬいぐるみを気に入らなかったのですか?」


 少し気にしたように、クッカが尋ねる。


「いえ、私もこのぬいぐるみが大好きよ」


 それは、クッカにだけではなく、僕にも伝えられた言葉だと、直ぐにわかった。

 ちょっと残念であるけれど、トゥーリがそういうのならば、もう新しいぬいぐるみを勧めるのはやめようと思う。


 それにしても、今回のことでぬいぐるみが四つも増えてしまったのは、想定外だった。カイルから鞄を引き継いだときに、鞄の中身がぬいぐるみだらけだった理由が、なんとなくわかった気がしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る