第3話 刹那の風景1:表紙イメージ短編:ひだまり
【 セツナ 】
ガーディルの国境を越えこの調子でいけば、明日にはクットという町に着くだろうと思う。思うというのは、アルトが何かに興味を持ち、その歩みが止まるようなら、それだけ歩ける距離も少なくなるからだ。
僕の横で、子狼になってすやすやと眠るアルトの姿に、どことなく疲れが癒されていく気がする……。ぬるくなったお茶を飲み、自分の隣に置いてある本を、ため息交じりで手に取る。先ほど、ダリアさんから貰った恋愛小説を読み終わったところだ。
僕が読んでいたからか、それともダリアさんから話を聞いているからか、字が読めるようになったら、アルトが読みたいと話していたけれど……。果たして、このドロドロとした人間関係及び男女の修羅場の物語を、読ませてもいいのだろうか……?
しばらく、そんなことを真剣に考えていたが答えが出ないので諦め、アルトが字を読めるようになってから考えることにしようと、結論を先延ばしにすること決めた。できることならば……アルトの年代の子供が好きそうな物語を勧め、自然と忘れてくれる方向へと持っていきたい……。
たき火のはぜる音が耳へと届くと同時に、小さな欠伸がでる。そろそろ寝ることに決め、横になってから魔法で張った結界に不備がないかを、確認してから目を閉じた。
いつもの時間に目が覚めて、日課の訓練を一通りおこなったあと、朝食の用意を始める。アルトはまだ眠りの中にいた。アルトの歩調で歩いているとはいえ、疲れることに変わりはない。僕と訓練をしたいと話していたけれど、沢山寝ることが大事だからと、朝目が覚めない日は、そのまま寝かせておくことにしていた。
調理を進めている間に、その香りがアルトに届いたのか、空気に漂う香りを確認しているのか、アルトの鼻がフンフンと動いてるのが可愛い。そこからゆっくりと目を開けて、眠そうな表情で口元を動かし、アルトは緩慢な動きで起き上がった。
しかし、多分寝ぼけているのだろう、その場でペタリとお座りをしたまま、ぼんやりとしていた。徐々に意識が覚醒していき、ゆっくりと四つ足で立ち上がると、前足を踏ん張るようにして伸びをしてから、今度は後ろ脚を伸ばすように体を伸ばしていた。その際、後ろ足の片方が軽く浮いているのが面白い。
そして大きな口を開けて欠伸をしてから、顔上げたところでアルトが何かを見つけたかのように動きを止めた。
アルトが何を見つめているのかと思い、僕もそちらへと視線を向けると、そこには、朝の柔らかな光が木の葉の間をすり抜けて、日差しが零れ落ちていた……。何処か幻想的なその光景に、僕もしばし目を奪われる。
しかし……アルトが見ていたのは木漏れ日の輝きではなく……。風に吹かれて木々から落ちてくる葉のほうだったようで、なぜか……体を低くして落ちてくる葉をじっと見つめていた。
ひらひらと舞うように落ちてきた葉に狙いを定めたのか、アルトが俊敏な動きで追いかけ、落ちてくる葉を口でキャッチした。戦利品を手に入れたことが嬉しかったのか、機嫌よく尻尾を揺らしながら、今度は僕を見ると、目を輝かせながら一目散に走って来る。
その姿は……いや、何もいうまい。アルトは子狼で犬ではないから。
青々と輝く葉をくわえて僕の前に来ると、僕の前で座ったから、僕も膝をついてアルトの頭を撫でながら、「おはよう」と挨拶をした。僕の挨拶に心話で『師匠、おはようございます』と告げてくれたあと、『師匠、これ』といって、僕の方へ首を伸ばした。
「アルト?」
『きらきらした、葉っぱを捕まえたから、師匠にあげる!』
どうやら、この戦利品は僕への贈り物だったようだ。
「僕が貰ってもいいの?」
『うん!』
「ありがとう」
パタパタと尻尾を振りながら、葉を差し出してくれたから、僕はありがたくアルトからの贈り物を貰うことにした。僕に綺麗な木の葉を渡せたことで満足したのか、アルトが人間の姿へと戻り「おなか、すいた」と口にした。
アルトのその言葉に、僕はアルトから貰った木の葉を、布に包んでから鞄へとしまい、アルトと一緒に朝食をとる。朝食を食べながら、どうして木の葉を贈ってくれたのかと尋ねると、アルトは口の中のものを飲み込んでからいった。
「きれい、だったから」
確かに光を浴びた木の葉はとても美しかった。朝一番に目に入った綺麗なものを……自分のものにするのではなく、アルトは僕にくれたんだ……。目を惹かれたということは、興味を持ったということなのに。
楽しそうに話をするアルトに、相槌を打ちながら、僕はアルトから貰った木の葉に魔法をかけて本の栞にすることに決めた。押し葉で栞にするのもいいけれど……魔法があるのだから、時の魔法をかけてそのままの状態で保存しよう。その上から強固な結界を張れば破れることもないだろう。
朝食が終わってから、木の葉を取り出し魔法をかけて、早速、木の葉の栞にしたのだった。
数年後、アルトが木の葉の栞を目にして、「まだ、持っていたの!?」と驚くことになるのだが、それはずっと先の未来の話だ……。
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