第2話 刹那の風景1:第三章 コリアンダー:鏡花と馬(カクヨム限定)
【刹那】
「おにーちゃん。きょうか、きのう、おうまさんにのってきたんだよ」
そういってベッドテーブルの上にノートと鉛筆を乗っけると、ガラガラとベッドの上に転がして持ってくる。
「そうなんだ」
僕が相槌を打ちながら体を起こして座ると、鏡花は空いた場所に座りながらベッド脇の滑り止めを上げた。
「こんな、だんだんをがあって……」
向かい合わせになった僕の前でノートを広げ、階段のようなものを描き始める。段々といってたから、これはケースか何かをピラミッドのように積んでいったものだなと、僕は思った。
「それで、きょうかはこここから……」
即席の階段の前に鏡花は逆三角顔の女の子を描く。鏡花自身だろう。それから同じように、段の上にも女の子を描いて、満面の笑顔を浮かべた。
「のぼったの!」
それは、とても愛らしい笑顔だった。でも僕は当然の疑問を鏡花に問いかけなければならない。
「お馬さんの話は、どうしたの?」
「きがはやいんだから、おにいちゃんは!」
母さんの口真似をしながら、鏡花はプンプンと頬を膨らませて、楽しそうに絵を描き始めた。段の隣に色々と描き込まれたそれは、馬に違いない。
僕が幼稚園のときはどんな絵を描いていたかなと思いだしながら、妹が描き終えるまで見守る。
「ここにおうまさんがいて、このだんのうえから、おうまさんのいすにのって、あるいたんだよ」
「そうか、すごいね」
僕の反応に気をよくしたのか、鏡花は鉛筆を置いて、体を上下に動かした。
「ぽくぽく、ぽくぽく、というかんじ」
体を傾けたり後ろに揺していて、楽しそうだなと思い見ていると、どうやら本人は納得できていなかっただけのようだ。僕に不満の声を上げてきた。
「なんかちがう?」
そういって首をかしげて、僕の後ろに何かを見つけて、嬉しそうに笑った。
「おにーちゃん、それかして!」
振り返るとそれが枕だということがすぐにわかり、何をするのかと思いながら鏡花に渡す。
「ありがとう!」
妹は勢いよくそれをお尻の下に置いて跨ぐように座り直すと、端を手で掴んで体をまた動かし始めた。
「こんなかんじなの! わかる、おにーちゃん?」
(ああ、なるほど。鞍を再現したかったのか)
そんなことを考えながら、返事をする。
「うん、大丈夫。手は手綱を握っているんだね?」
「たづな?」
(おかしいな? 馬に乗ったんだったら、手綱を握るはずだよね)
そんなことを思いながら、鏡花のノートに馬の顔を思いだしながら描き、その口元から延びているはずの手綱を追加する。
「ああ、それは、おねーさんがもってた!」
「おねーさん?」
「うん。おうまさんを、ひいてくれたひと」
考えれば、当たり前だ。昨日初めて、鏡花は馬に乗りにいった。そんな妹が、すぐに馬を制御できるはずはない。どうして、そんなことをわかからなかったのかと苦笑する。
でも、それなら鏡花はいったい何に見立てて枕の端をもっているのだろう?
「じゃぁ、鏡花の掴んでいるそれは、何?」
「『とって』っていってた。よくわからないけど、もつところ」
ニコッと笑いながら答える鏡花に、僕は鞍にそんな部分はあったかなとふと思ったけど、嬉しそうにしている鏡花を見ると、細かいことはどうでもいいかなとなってしまった。
「そうなんだ。それに掴まって馬に乗ったんだね」
「うん。それで……。あっ、パパ!」
父さんが部屋の中に入ってきたので、鏡花は喋るのをやめて手を振る。
「二人で、話していたのかい?」
こちらに歩いてきた父さんが、ベッドテーブルにあるノートを見て尋ねてくる。
「そうだよ。パパもいっしょにはなす?」
「残念だけど、今は時間がとれないんだ。それより、鏡花、お母さんが呼んでたぞ」
「ママが、なんだろ?」
そういいながらベッドの上で立ち上がり、鏡花は父さんにしがみつく。
「お母さんの部屋に、あれを忘れてきただろう」
「そうか! おにーちゃんのおみやげ、おいてきちゃった」
ベッドから抱き下ろされた鏡花が、笑って靴を履き直していた。せっかく、父さんがぼかしていったのに台無しだ。苦笑しながら父さんは、鏡花の頭を撫でていた。
「おにいちゃん、まっててね」
病室をでていく鏡花を見送ったあと、ノートを見ながら父さんは話しかけてきた。
「これは、なんの絵だい?」
「馬の絵だよ」
それで僕達が何の話をしていたか、察したのだろう。
「これを見て馬だとわかるのは、刹那だけだろうな。母さんが撮ってきた写真は、綺麗に撮れていたから、あとで見せてもらうといい」
「うーん……」
こんな風に鏡花が絵を描いて僕と話してくれるようになったのは、僕がその絵を褒めたことがきっかけだった。鏡花はどこかにでかけると、必ず僕に話をしてくれた。だけれども、それを上手く説明できないこともあり、そのたびに悲しい顔になったり泣きだしたりしていた。
それを見ているのが僕も辛かったので、ある日、絵で描いてみてといった。妹は、絵を描くのが大好きだったから。鏡花は涙目ながら絵を描き始めて、こんな風あんな風と説明してくれた。僕も描かれている絵が何かわからなくても、鏡花の話から類推することができて、何を伝えたいのかがわかかるようになった。
それからというもの、鏡花はノートを持ってきて絵を描きながら話をしてくれて、僕も話がさらに弾むので楽しかった。
「母さんの写真も楽しみだけど、この絵も十分可愛いと思うよ」
笑いながら、父さんに話す。
「お前達は、本当に仲がいいな」
微笑む父さんに、僕は頷く。
「鏡花が毎日きてくれるから、楽しいよ」
そういってから、僕は日課の診察を受け始める。父さんが「問題ないようだね」と聴診器をしまったときに、母さんと一緒に、鏡花が戻ってきた。
「おにーちゃん、おみやげもってきたよ」
妹は両腕に馬のぬいぐるみを抱えて、僕の座っているベッドに近寄ってきた。
【セツナ】
かなり昔のことを夢に見たなと、僕は目を覚ますなり思った。まだ空が暗い。こんな夢を見たのは、きっと、今日、初めて馬に乗るからだ。
アギトさんとビートとの依頼が終わってから5日が経っていた。わかれる際に馬を見て感動していた僕のために、ビートがギルドに馬を借りる手配してくれていた。最初に会ったときに、僕に突っかかったお詫びだということだった。
昨日、ギルドマスターのネストルさんにその旨を伝えられたとき、「どうして隠していたんですか?」と聞いてみたら、「そりゃ、恥ずかしかったのと、そのときに話していたら、坊主が断ることがわかっていたからだろ」といわれ、確かにと納得して、厚意に甘えることにした。
なぜ、帰ってきた翌日ではなく、今になって貸し出されたのかもきいてみたけど、「セツナが休む日を見計らって」といわれていたんだと聞かされ、実は、ビートはとても面倒見のいい人なんじゃないかと、感心してしまったのと同時に、馬に乗れるのが楽しみで仕方なくなった。
それだけに、今、こんな感情に見舞われることなんて、想像もしていなかった。
(寂しい……)
父や母は病院にいたから毎日のように顔を見せてくれたし、祖父も週に数回は顔を見せてくれた。
鏡花も幼稚園や小学生のときは毎日、中学生や高校生になっていっても、2日に1回は見舞いにきてくれた。大きくなってからは写真も使っていたけど、必ず何かしら絵を描いて話てくれていた。
それを思いだしたために、今、この誰もいないこの空間が、無性に寂しく感じる。
(気分を変えよう……)
まだ朝の鍛錬を始めるには早すぎたので、僕は今日の乗馬に備えて注意しなければいけないことはないかとカイルの記憶を探ることにした。それで、少しでも気を紛らせればいいなと思いながら。
『馬は乗るもんじゃねぇ、賭けるもんだ!』
最初に引っかかった馬への注意事項が、これだった。僕は思わず吹き出す。
(それは、『かける』違いだよ……)
それでも、カイルのそんな言葉が、孤独感を和らげてくれた。こういった何気ないカイルの悪戯というか気遣いが、いつも僕を救ってくれるのだった。
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