『刹那の風景(書籍関連の短編等)』

緑青・薄浅黄

第1話 刹那の風景1:第二章 松虫草:自炊とラーメン(カクヨム限定)

【セツナ】


 ギルドの宿舎に泊まるようになって、数日が経った。目下の僕の目標は旅の資金を集めるために、堅実に依頼をこなして稼いでいた。

 稼ぐといえば、想像具現を使って物を作って売るという方法もある。いや、もっといえば、そんな遠回りしなくても、『能力でお金は作れる』というカイルの手紙の内容どおり、お金を作ってしまうこともできるのだけど……。


 実のところこの世界ではお金を作ることは、罪ではない。誰でも作ってよく、世界共通で定められているのは素材の含有率と、それを下回る硬貨を作った場合の罰則だけだ。

 しかし、それが執行されることは少ない。なぜなら、材料があれば土の魔法で作成できるため、製作者の特定など不可能に近いからだ。

 だから商売人は品質の悪い硬貨が使われてもわかかるように、魔導具で土の結界を張って、そういった硬貨が使われようとしたときに警告がでるように自衛をしている。

 そういう訳で、想像具現を利用してお金を得ることが犯罪になることはないのだけど、カイルや花井さんから受け継いだ力だけでお金を得るということが、僕には許容できなかったので、地道に依頼をこなしている。


 稼ぐ以外にお金を貯める方法として節約も考えたのだけど、最初から必要最低限しかお金を使っていなかったので、もはや削れるものとしては、宿舎の代金しかなかった。

 しかし宿舎代は朝食もついて銅貨3枚なので安かったのもあるし、この世界のことや薬草学の勉強をするには落ち着いた部屋が必要だったので、断念した。


 自炊して食事代を削るというのは元の世界では定番の手法だけど、ガーディルでは自炊の方がかえって高くつくことになる。なにせ、水に代金が発生するのだから、調理や洗い物などしないに越したことがない。

 だから冒険者ギルドで色々な冒険者の雑談で、安くて量の多い、もしくは、安くておいしい店の話は、よく耳にする情報の一つだった。お金を貯めたい冒険者が沢山いるのだなと思う。

 僕は水の魔法も使えるので、水代を度外視して自炊してもよかったのだけど、普通の冒険者と同じようにし節約なければ不公平かなと思ったんだ。それにこれもお金稼ぎのときに考えたのと同じで、二人から受け継いだ力を使って節約するのは違うとも感じていた。



 そんな中で僕は、宿で自炊すると赤字になるのなら、町の外で自炊すればいいと思いつき、薬草採取の依頼を受けて、町の外で自炊することにしてみた。

 昼時になり薬草を積み終わった僕は、湧き水でできた沢の畔で準備を始めた。自然の水はいうまでもなく無料だから、安く上がる。


 もちろん、天然の水が危険なこともあるのは知っていたが、ここの水が安全だということは、わかっていた。それは、人間が飲めるほどの清流でなければ生息しない薬草が、ここに咲いているからだ。

 念のため使い捨ての魔導具で水質を調べてみたが、飲料にしても問題がないとでたので、少しだけ心が弾む。このリトマス試験紙に似た魔導具は、銅貨1つで3枚の安いものではあるのだが、それでも一食換算にすると値が張るので、毎回は使えない。今回は初めてということで、奮発した。


 僕はかまどを作り、火をおこし鍋で水を沸かす。そしてもう一つたき火をおこし野菜を炒めたあと、それを鍋に入れ調味料も加え蓋をする。そして先程狩ったメティスを捌き足の部分を串に刺し、たき火の縁に突き刺す。

 そんな風に調理をしていると、スープができあがりメティスも焼き上がった。美味しそうな匂いに食欲がかき立てられ、沢の水をコップに汲み、買っておいたパンを鞄から取り出す。

 目の前の立派に出来上がった昼食に対して、お金はそれほどかかっていない。僕は満足感とともに、メティスの肉を口に運んだ。


(……。これ、レアだ……)


 僕は料理をしたことがなかったから、料理をしているときは、基本的にカイルが料理をしていたときの感覚を頼ることになる。意識していれば焼き加減などの微調整は可能だけど、今回は自然の成り行き任せで料理していたので、カイルの好みが反映されてしまったのだろう。

 病院食以外あまり食べたことがないから、焼き加減はウェルダンに慣れていて、レアにはちょっと抵抗があった。


(焼き直すにしても、今は、口の中をなんとかしたい……)


 スープを飲んではみたが、遺物感が残る。


(……)


 そのとき、ある考えがぱっと閃いた。急いで鞄から、午前中に採取していた薬草を一枚取り出してさっと水で洗い、ちぎって口に入れる。爽やかな味わいで、口の中のもやもやが払拭されていく。


(薬草図鑑が役にたったな……)


 冒険者になったときにカイルから贈ってもらった薬草図鑑には、その草の薬草としての用途以外にも豆知識が載っていて、そのおかげで助かったことに感謝する。


(あとは、これを焼き直そうかな……)


 そう思ってメティスのに肉をたき火の方に近づけようとしたが、なんとなく残念な気もする。偶然カイルの好きな状態に再現された焼き肉を、壊してしまうように感じられたからだ。


(香草をまぶせば、食べられないこともない?)


 ちれじれになった葉をふりかけ、少し躊躇しながらかじってみる。


(……!)


 爽やかな香りで肉の生々しさが消え肉の旨味だけが感じられ、弾力性のある噛み応えが心地よい。ウェルダンではなかった食感に新鮮さを覚え、これはこれでありかなとレアへの抵抗感が消えていった。



 昼食を終え少し落ち着くと、僕は頭の中でカイルの好物を調べてみることにした。どうしてかというと、今回のように好みの差で困ってしまうかもしれないというのもあったが、単純に何が好きなのか興味が沸いたというのもある。


 カイルは刺身とかカルパッチョなど、とにかく生に近い状態の肉が好みだった。元の世界では、日本酒と刺身で晩酌するのが楽しみだったらしく、まぐろとかしゃけだけではなく、たことかいかとか、刺身はすべからく好きだったみたいだ。

 そして、『呑みのあとに食べるラーメンが最高』ということもわかり、『この世界には、なぜカップラーメンがないんだ!』というぼやきを発見した。


(ラーメンからカップラーメンに微妙に変わってるけど?)


 不思議に思って調べてみると、外で呑んだときはラーメンで、家で呑んだときはカップラーメンということだった。


(そんな細かい違いにこだわらなくても、両方ともラーメンでよくない?)


 そう内心で苦笑しながら、カイルの心情を調べてみると『ラーメンとカップラーメンは、ラーメンとうどんほど違う』という強いこだわりがわかり、ちょっと「あっ、そうなんだ……」と言葉にならなくなってしまった。

 そんなカイルが、この世界にきてからラーメンやカップラーメンを作ろうとしないはずがなかった。カイルの想像具現では食べ物は作れないため、苦労したようだけど。


 小麦などはこの世界にもあったから問題なかったのだけど、『かんすい』は見つからず灰を使って作りだしたと検索結果が返される。といっても僕には『かんすい』がなんだかわからないし、なんでそれの作り方をカイルが知っていたかもわからない。でもラーメン作りにはそれほど興味がないので、そのことについては後回しにした。


 ラーメンはこんな感じで作れたみたいだが、カップラーメンはさらに難航したようだった。

 まず、カップラーメンの麺の再現だ。一般的なカップラーメンの麺は揚げたものだから、茹でた麺を揚げてみたけど、全く思っていたのと違ったらしい。そして、味の再現。お湯をかけるだけでスープができるものを考えていたらしく、そうなると麺に下味をつける必要があるのだが、そこも上手くいかなかったらしい。


 そんな課題を解いてできたカップラーメンだけど、一つだけどうしようもなかったことがあった。それは、カイルの手作りということだ。なので、カップラーメンを食べたいと思ったら事前に自分に作っておかなければならず、いちいち数個作って補充するのが面倒だったカイルは、まとめて1000個ほど作って、鞄の中にしまっていた。


(……まさかね……)


 そう思いながらも鞄に手を突っ込み引っこ抜くと、僕の手の中にはカップラーメンの容器が1つ。さらに、2つ、3つ、4つ……。


(僕は、何も見なかった……)


 何もなかったことにして、容器を鞄にそっとしまった。そのとき僕の手の中に、紙のようなものが握らされていた。以前も同じようなことがあったなと思いながら鞄から手をだすと、想像したとおり僕宛の手紙だった。封を切って、早速読み始める。


『よう、元気にしているか、刹那。この手紙を見つけたということは、俺の遺したカップラーメンが、無事に手渡ったはずだ』


 手紙の書き始めは、カイルらしいものだった……。カイルと別れて、そんなに時間は経っていないのに、懐かしい気持ちが胸に湧いてくる。しかし続きを読んでいる間に、その感情は治まっていった。


『いつかお前が、カップラーメンを恋しがって鞄をあさるのは、わかりきっていたんだ』


(いや、そんな恋しくはないかな。そもそも、あまり食べたことがない……)


『俺もこの世界にきたときは、カップラーメンが食べたくてどうにもならなかった。だが今じゃ、目をつぶっていてもカップラーメンを製造することができるまでになった』


(そこまで!? その執念は、本当に凄いね)


 久しぶりのカイルのその破天荒ぶりに、僕は自然と笑っていた。


『そんな俺から、刹那に最高の贈り物だ。鞄の中から取り出してみろよ』


 大体想像がつくけど、僕はカイルがくれたものと思いながら鞄から、手に吸い付いてきた何かを取り出す。それは思っていたとおりカップラーメンだったが、蓋に最高傑作と書かれていた……。


『かなり昔に作ったものだが、同時に作った物が神がかっていた! だから、何かの記念のときに食おうと思って、最後の一つだけとっておいたものだ。この世界にきて初めてのカップラーメンがそれだと、これからのカップラーメンに対してハードルが上がるかもしれないが、お前自身も作れるからこの味を超えるものを目指して、精進してくれ』


(カップラーメンの味の違いなんて、正直、僕にはわからない……)


 そう思いつつ、今日の晩ご飯は節約など関係なしにお酒を呑んで、そのあとにこのカップラーメンを堪能しようと決めたのだった。

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