建国祭 7
◇
夢を見ている。とても悍ましい夢だ。
男が本を読んでいる。
男は歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべている。本のタイトルは『ルミナスストーリーII』だ。なんと悍ましい。
今読んでいる部分は大人になったリオの登場シーンだ。
圧倒的人気作品となる予定だったこの本には立派な挿絵も入っており、大人になったカッコいいリオが描かれている。しかし、そこに描かれているリオは邪悪な笑みを浮かべ、品の無い装飾品を身に着け、善良な人々を斬り倒している。
白目だ。男は白目を剥いている。受け入れられない。こんなの違う。こんなのリオじゃない。
「ふざけんなっ」
怒声とともに身体を起こす。悪夢から目が覚めた。
「イノちゃん……?」
ベッド脇にローザが座っている。呆けた顔でこちらを見ている。ボクはそっと視線を逸らした。
「……何でもない。変な夢見てただけだから」
「イノちゃん!!」
突然ガバッと抱きしめられた。
「ちょっ!何!?」
「良かった!良かったよぉ!」
ひたすら良かったと繰り返してローザは泣き出してしまった。
「ちょっとローザ離れて!」
「良かったぁぁぁ!」
「何があったの?」
「良かったよぉぉ!」
何を聴いても会話にならない。ボクは諦めて周りを見回す。とりあえずここは孤児院の一室みたいだ。
「イノが起きたのか!?」
扉が壊れるのではないかと思うほど大きな音を立ててリオが入室する。
「あ、リオ。ローザを何とか……」
「イノ!バカ野郎!心配させんなバカ!」
ドスドスと足音を立てて接近し、頭をぐわんぐわんと撫でてくる。いや、揺らされている。かなり強く揺らされている。
「リ、リオ……!やめ……!」
「もうおまえはホントにバカ!バカ野郎!」
「良かったよおぉぉ!」
止まらない。二人が止まらない。段々気持ち悪くなってきた。
「イノ兄ちゃん起きたの!?」
「イノ兄ちゃん起きてるじゃん!」
「みんな!イノ兄ちゃんが起きたよー!」
さらに子どもたちが雪崩れ込んでくる。もう収拾がつかない。嵐が収まるのを待つしか無い。ボクは諦めた。
「こら!落ち着きなさい!」
マリア院長が気付いて止めてくれるまで暴走は続いた。
◇
みんなが落ち着いてから、ボクの怪我、リオとローザが祝福を授かった事、大男達について等。何があったのか教えてもらった。
まずボクについて。なんとボクは丸一日寝込んでいたらしい。ローザが言うには、例の大男に蹴り飛ばされて全身傷だらけで酷いありさまだったらしい。怪我はローザの祝福で完治したのだが、意識だけが戻らずにいたのだ。
ローザはボクが寝込んでいる間、付きっきりで看病をしてくれていたらしい。
リオは完全に頭に血が上っていたそうで、大男を追いかけてボコボコにしたそうだ。その結果、騎士団の人に捕まって半日ほど拘束されたけれど、大男と一緒にいた小柄な男の証言と、マリア院長の事情説明のおかげで釈放されたらしい。ただ騎士団の人からはやり過ぎと怒られて、その後マリア院長からもたっぷりお説教されたようだ。
大男たちは騎士団によって捕まった。大男の方はボクよりも大怪我していたらしい。
「まぁ、ちょっと頭に血が昇り過ぎたな……」
リオは罰が悪そうに頭を掻いていた。
「それでね、まだ話の続きがあってね……」
ローザは俯く。何か話辛い事でもあるのだろうか。
「わたしとリオなんだけど、騎士団の養成学校に通わないといけなくなっちゃったんだ……」
祝福とは突然現れる不思議な力の事だ。その力は大小様々で千差万別だけど、いずれも危険な力だ。
ルミナス大国では、その力を管理する為の決まり事がある。
祝福を授かった人は年齢、性別、身分関係なく必ず騎士養成学校に入学する事。これはルミナス王国の決まりとなっている。
力を制御する方法、国への忠誠心、道徳的な正義感を学ばせる事で王国に対する脅威を少しでも減らすのが学校の目的だ。卒業後はそのまま騎士として働く事も出来る。
学校には寮もあって寝る所に困らないし、食事だって貰える。しかも金銭は国が負担していて、お金は一切掛からない。平民であれば誰もが喜んで入学するのだが、リオとローザは浮かない顔をしている。
「二人とも憧れていた騎士になれるんだよね?嬉しくないの?」
「憧れ?」
「誰が?」
「あれ?」
おかしいな。リオとローザは元々騎士に憧れがあって、今回の出来事がスタートラインになって騎士を目指していくはずなのだけど。
「別に俺は騎士になりたくは無いぞ」
「わたしも同じ」
「えぇ……」
おかしい。根本的に話が違う。
『ルミナスストーリー』の土台が壊れている。何故だ。『ルミナスストーリー』の記憶を掘り返す。
二人が騎士に憧れるきっかけとなった物、それは騎士の英雄譚が描かれた絵本だ。二人がまだ小さな頃、マリア院長が丸一日不在となる日があった。その日は二人だけで夜を過ごす事になるのだが、幼い二人は怖くて眠れない。そのときに二人で絵本を読んで夜更かしをしたのだ。その本に登場する英雄が二人の憧れになったのだ。
「えっと……。ほら、昔騎士の英雄譚を読んだでしょ?リオもローザもあれからすぐ文字の勉強とか色々挑戦し始めたじゃない?」
ちゃんとボクも覚えている。というかボクが読んであげたのだ。元々その絵本を読む事を知っていたから、布団に包まって怖がる二人に読み聞かせたのだ。
「……そんな昔の事覚えてないな」
「……わたしも記憶にないな」
「えぇ?忘れちゃったの?」
何でさ。どうして覚えていないのさ。
「もう!そんな事どうでもいいよ!問題はわたしとリオが孤児院から離れる事!」
「何か問題ある?」
「マリア院長!イノちゃんが冷たい!」
「寂しく無いのかよイノぉ」
なんか二人がめんどくさい。
「ボクだって寂しいけど仕方ないでしょ。ボクには祝福なんて無いんだから」
祝福を受けるのはリオとローザの二人だけなのだ。
「実はねイノちゃん」
マリア院長がそっと話し掛けてくる。
「イノちゃんも祝福を授かっているんじゃないかと騎士の方が話していたの」
「え」
「イノちゃんが目を覚ましたら話を聴きたいと話していたわ。今日は起きたばかりだから、明日にでも連絡しましょう」
「え」
視界の端でリオとローザがニヤけていた。
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