建国祭 6


 ◇



 祭りで賑わう通りから細い脇道に入ると人通りは疎らになる。小さな家屋が密集するこの区域には、整備されないような狭い道が迷路のように広がっており、土地勘の無い人は迷子になる事で有名だ。


 路地裏は遠くから祭りの喧騒が聞こえる程に静まり返っている。そこに二組の足音が響く。


「あ、アニキっ……!待ってください……!」


「クソ!」


 大男たちは背後を確認する。追手はいない。大男たちは一息つく。現場からは大分離れた距離だ。


 しばらく人目は避けて、ほとぼりが冷めるまで潜伏しなければならないと男たちは考えていた。


「それにしてもアニキ、さっきのはやり過ぎっすよ……」


「黙れ……!」


 大男は小柄な男を殴り付ける。


「いってぇっ!」


 大男は先程の出来事を思い返す。子どもが気に入らないのは事実だし、酒に酔ってもいた。だが、あんな大怪我をさせるつもりは無かった。せいぜいリオを一発ぶん殴るくらいに留めるつもりだった。やり過ぎれば罰金では済まなくなる。捕まるのはゴメンだった。頭に血が昇っていたが、そのくらいの理性は残っていた。


 大男は間違いなく看板を蹴り飛ばすつもりだった。決してイノに怪我をさせるつもりはなかったのだ。大男には看板を蹴り壊す瞬間に突然イノが現れたようにしか見えなかった。


「クソ……面倒な事になった……。おい立て!行くぞ!」


「う、うす……」


 男たちは逃走を再開しようとした。しかし、それは叶わない。



「おい」



 頭上から声がした。


「誰だ!?」


 男たちは声の方を見上げる。屋根の上から見下ろす少年がいた。


「てめぇ……!」


 見覚えがある。リオだ。リオは屋根から飛び降り、音も無く着地する。


「な、なんで……どうやって……?」


 小柄な男は驚愕する。何故場所が分かったのかわからない。見通しの悪い、入り組んだ道ばかりを走り回っていたし、常に背後を確認してもいた。見られてはいないはずだった。


「……」


 リオは答えない。大男を静かに睨みつける。拳を強く握りしめており、爪が手のひらに食い込んでいる。血が流れている事を気にした様子はない。だが、そんな事よりはどうでもよい。男たちにはもっと気になる点があった。


 リオの全身が淡く輝いているのだ。


「てめぇ……!隠してやがったのか!」


「アニキ、アレは何すか……?」


「祝福だ!クソったれ!アイツは建物の上から追ってきやがったんだよ!走れ!逃げるぞ!」


 大男は祝福を受けた人間の恐ろしさを知っていた。戦うという選択肢は存在しない。何としても逃げるしかない。


 周りには人がいない。助けてくれる人も、通報する人もいない。何が起きてもおかしくない。一秒でも早く逃げなければならないと大男は考えた。


 大男が踵を返した瞬間、背後から突風が吹き付けたように感じた。そして次に腕から痛みを感じ、足を止める。


「ぐあぁっ!な、何だ!?」


 振り返って驚愕する。


 目の前にリオがいた。腕をとんでもない力で掴まれている。腕が届くような距離では無かったはずだ。大男が一歩踏み出す瞬間に、リオは十歩以上も距離を詰めたのだ。


「は、放せ!」


 振り解くことができない。万力で固定されているように全く動かない。


「この野郎!」


 大男は振り返って逆の手で殴り掛かる。リオは冷静にそれを屈んで回避し、掴んでいる手と逆の手を腰溜めする。


 大男はリオと視線が合う。その眼光に萎縮する。逃げられない。リオの挙動から目を離せない。焦りだけが加速し、恐怖に顔が歪む。大男は見ていることしか出来なかった。


 リオは一歩踏み込む。腰溜めした拳を真っ直ぐに放つ。硬く握った拳が大男の腹部にめり込む。一瞬の抵抗を感じたが、即座に大男は吹き飛んでいく。大男は何度も地面の上を跳ね、回転し、最終的に家屋の壁に叩きつけられて停止する。鈍い衝突音が辺りに響いた。


「……え?……は?」


 小柄な男は音の出所を確認し、ようやく何が起きたのか理解した。


「あ、あぁ……」


 動かない大男を見て震えが止まらなくなる。次は自分の番である事を察してしまう。腰が抜けて立っていられない。


 しかし、リオの眼中には小柄な男は映っていなかった。動かない大男をただ睨み続けている。その表情は依然として変わらない。憎しみに満ちている。


 リオは大男に向かって一歩踏み出す。その身体はまだ淡く輝き続けている。


「ま、待ってくれ……!」


 小柄な男はリオの脚に縋り付く。ようやくリオの視線が小柄な男に向けられる。


「た、頼む……。あ、アニキを殺さないでくれ……!」


「……」


 リオは静かに拳を振り上げる。


「な、何でもする!金だって払う!頼む!」


 止まらない。


「ひいぃっ!」


 男は強く目を閉じた。

 風が吹き荒れる。

 ドスッと重い音が聞こえた。

 一秒。二秒。三秒。いつまで待っても痛みはこない。



「あなた、大丈夫?」



 女性の声が聞こえて恐る恐る目を開ける。


「はぇ……?」


 騎士の格好をした女性が目の前にいる。

 鮮やかな赤毛を掻き上げて、男の様子を確認していた。


「わたし手加減苦手掻き上げてちの子伸びちゃったから代わりに話し聞かせて貰える?」


 女性が指差す先にはリオが倒れている。完全に気を失っている。


「は、はい……」


 一先ず危機は脱した。男は全身から力が抜けてしまった。

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