建国祭 3



 ◇



 ついに建国祭当日になった。

 ボク、リオ、ローザ、そしてマリア院長は、日が昇り切る前に露天の準備をしていた。


 孤児院にあった木箱の上にクッキーが入った大きなガラスビンを載せて、みんなで作った立て看板を目立つように立たせる。クッキーを包む包装紙を用意して風で飛ばないように重石を乗せる。雨避け用に用意した厚手の布を竿に結びつけて倒れないように竿を固定する。他の屋台と比べると少し見窄らしいかもしれないけれど、お金が無いのだから仕方ない。


 ボクたちが確保した場所は王国の中央部からは離れているけれど、それでも沢山の人が同じようにお店の準備を進めている。王国の中央部、お城の近くにある広場なんかは日が昇る前から既に人で溢れ返るらしい。


「よし、準備完了だな。いよいよだな」


「うーん!ドキドキしてきた。早くお客さん来ないかな」


 リオとローザはソワソワしている。ボクもなんだか緊張してきた。お店のことだけでなく今日起こるイベントの対応もあるし、両方とも上手く出来るだろうか。


「みんなお疲れ様。私は子どもたちを連れに戻るわね」


「了解です。マリア院長」


「みんなをお願いしますね」


 一旦マリア院長と別れて、ボクたちはこの場で待機する。

 気付けば太陽が昇ってきている。もう直ぐ人々が活動を始める時間だ。例の酔っ払いが現れるのは、他の子どもたちが揃ってからだけど、直ぐ対応出来るように集中しておかないと。


「イノちゃん緊張してるの?」


「ん?そうなのか?」


「あ、うん。ちょっと緊張してるかも」


 密かに気合いを入れていたのだけど、緊張していると思われたみたいだ。


「大丈夫だって、俺たちがいるからさ」


「撫でんな」


「そうだよイノちゃん。わたしたちがついてるよ」


「撫でんな」


 せっかく気合いを入れたのに力が抜けてしまった。しっかりしないと。



 ◇



「ありがとーございまーす!」

「ありがとー」

「クッキーおいしーよー」


 子どもたちが元気に愛想良く接客している。みんな練習した通りに頑張っている。

 売れ行きも順調で特に子どもに人気がある。


 リオとローザは呼び込み、ボクと子どもたちはお会計と商品の受け渡し。リオとローザを除けばボクが一番年上なのだ。小さい子が一生懸命働いている姿は微笑ましいようで、子ども達が応対する方には列が出来ている。ボクの方はすっからかんだ。愛想が悪いのかもしれない。


「リオ、ローザちゃん。繁盛してんじゃねえか」


「あ、店長!来てくれたんすね」


「結構売れてるんですよー。店長に教えて貰ったレシピのおかげです」


 リオやローザの知り合いも来てくれる。リオたちが働いているお店の店長や、顔馴染みのお客さんが様子を見に来るのだ。二人は愛想が良いので人気もあるのだろう。


「あら、店長さん。リオとローザがいつもお世話になってます。材料も分けて頂いたみたいで」


「おお、マリアさん。いいんですよ、二人にはいつも助けられてますから!それからこれ試作品なんですけど、子どもたちに食わせて感想教えて下さいよ」


「まぁまぁ、ありがとうございます。みんな?パンを頂いたわ。お礼を言いましょう」


「ありがとうございます!」

「おじちゃんありがとー!」

「たのしみー!ありがとー!」


「ガッハッハ!良いって事よ!子どもが腹空かせてちゃ大問題だからな!それじゃ俺も商売に戻るぜ、リオ、ローザちゃん、また頼むぜ」


「差し入れありがとうございます店長!」


「ありがとうございます。またお仕事頑張りますね!」


 ガッハッハと笑いながら店長さんは去って行った。


 お客さんや孤児院みんなをボーっと眺める。

 楽しそうな表情、興奮している声色、浮足立つ様子。


 『ルミナスストーリー』の記憶通り、お祭りはとても賑わっている。

 リオ、ローザ、マリア院長や子どもたち、みんなが楽しそうに笑っている。


 これが苦い思い出として終わるのは残念だな。


「可愛い店員さん、クッキー一つ下さいな」


「えっ。あっ、い、いらっしゃいませ……。しょ、少々お待ちください」


 恥ずかしい。ぼんやりし過ぎて声が上擦った。全然人が来ないから油断していた。

 急いでビンからクッキーを取り出して、包装紙に包んで渡す。


「あの、お待たせしました」


「ふふ、ありがとうね。はいお代ね。頑張ってね」


「ありがとうございました」


 緊張した。みんなはボクと違って大きい声出しているし、そんなに緊張した様子もない。すごいなあ。


「おつかれイノちゃん」


 ニヤニヤしながらローザが声を掛けてくる。


「……何?」


「ううん、可愛い店員さんがいるなーと思って」


「うるさい」


 さっきの様子を見られていたようだ。


「ごめんごめん。怒らないでイノちゃん」


 ニコニコしていて、ちっとも申し訳なさそうでは無い。ムカつく。


「ねえイノちゃん。わたしみんなとこうしてお店だして、一緒に建国祭に参加できてホントに楽しいんだ。これから毎年みんなで参加したい」


「そうなんだ。良いんじゃないかな」


「イノちゃんは?」


「え?」


「イノちゃんは楽しい?」


「えっと……」


 ドキッとした。

 何故か分からないけど、ボクは建国祭に参加している事を、たった今自覚した気がする。さっきの接客で失敗したせいだろうか、居心地が悪い。


「えっと、多分楽しいと思う」


「多分?」


 ローザの訝しげな視線にさらに居心地が悪くなった。


「ちょっと緊張しているから」


「ふーん、まぁいいや。イノちゃんが恥ずかしそうにしてるのなんて初めて見たしっ」


「うるさい」


「さぁ呼び込みに戻ろっと」


 ローザは逃げるように戻っていった。

 ……さっきよりも緊張している気がする。見られている気がして落ち着かない。

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