建国祭 2



 ◇



 みんな揃って夕飯を食べ終えた頃。


「全員注目!今から大事な話するぞー」


 リオとローザが立ち上がって話し始めた。


「もうちょっとで建国祭の日になるだろ?今年は俺たちで何か売って稼ごうと思うんだ」


「毎年私とリオは仕事に行ってたでしょ?今年はみんなで協力してお店をだそうと考えたの」


 建国祭は書き入れ時だ。二人は毎年仕事に行っている。でも今年はお休みを貰い、代わりに孤児院のみんなで露店を出そうと言うのだ。

『ルミナスストーリー』では、二人はパン屋へ働きに行っているので、みんなでパンを焼こうと提案する流れになっている。


「やったー!今年はリオ兄ちゃんとローザ姉ちゃんも一緒なんだね」

「楽しみー」

「お店って何するのー」


 一気に騒がしくなった。


「実は店長から少し材料を分けて貰ってね。みんなでクッキー作ってみない?」


「すごい!楽しそう!」

「上手にできるかなぁ」

「クッキー食べたい!」


「クッキー?」


 記憶だとパンだったはずだけど……。何だろう、記憶違いかな……?


「イノはクッキーどうやって作るか知ってるか?」


 いつの間にかリオが近くでボクを見下ろしていた。何か挑戦的な笑みを浮かべている。


「まあ、詳しくは知らないけど……」


「よしよし。まぁリオ兄ちゃんが教えてやるから心配すんな!作り方ちゃんと訊いてきたから」


 リオもかなり楽しみにしているみたいだ。年相応に子どもの笑みを浮かべてはしゃいでいる。


「そうそう、ローザお姉ちゃんも教えてあげるから一緒に頑張ろうね」


 リオとの会話を聞いていたようでローザもボクに話しかけてきた。こちらも他の子どもたちと同じように笑顔を浮かべている。


「じゃあ早速明日から準備に取り掛かるからな。楽しみにしておけよ」


「絶対楽しいお祭りになるからね。一緒に頑張ろうイノちゃん」


「……うん。頑張るよ」


 ボクはこの建国祭が無事に終わらないことを知っている。

 建国祭では二人が騎士になるきっかけとなる出来事がある。建国祭の当日、酔っ払いに絡まれて露店を荒らされてしまうのだ。怒ったリオと酔っ払いが殴り合いの喧嘩を始める。しかし、体格差のある相手の為、リオは一方的にやられてしまう。それをマリア院長が庇って代わりに殴られてしまう。それを目撃したリオとローザは『女神の祝福』と呼ばれる力に目覚め、酔っ払いを打ちのめす。これが『ルミナスストーリー』の最初の物語だ。


 物語通りであれば、最終的にリオとローザが酔っ払いをやっつけて終わるけれど、リオとマリア院長は怪我をしてしまう。それは嫌だ。血は繋がっていないけど、もう十数年一緒に生活している家族だから。


 ボクが何とかしなきゃいけない。でも、主人公のリオとローザと違ってボクには酔っ払いを打ちのめす力は無い。だから、リオが暴れる前に間へ入って、見回りの兵が来るまで時間を稼ぐ。これが最善だと思う。


 幸い、『ルミナスストーリー』の記憶では、リオと酔っ払いが争い始めてからしばらく経つと見回りの兵が来てくれる事は分かっている。その時に露店を壊されたという事実があれば、酔っ払いを捕まえてくれるだろう。

 露店が荒らされるのは残念だけど、みんなが怪我するよりは良い。


「頑張らないと」



 ◇



 翌日からは大忙しだ。準備する事はたくさんある。売り物の準備だけでなく、露店の場所を確保するための交渉や、商品を並べる台も必要だ。雨が降ったら大変だから屋根も用意しようという話になった。やり過ぎるとお金が掛かるので、赤字になるのではないかとボクはやんわり伝えたが、リオとローザがお金の心配は要らない。自分たちが出すの一点張りだった。


 孤児院の為にお金を稼ぐというのは建前で、本音はみんなと楽しみたいんだと思う。マリア院長もそれは承知しているようで「あなた達のやりたいようにしなさい」と言ってサポートに回った。

 場所の交渉はマリア院長がしてくれるそうだ。子どもたちは商品と売り場の準備を手分けして行っていた。


 ボクはとりあえずクッキー班にいてローザ監督の下でクッキーを作っている。それにしても材料が思った以上に多い。お店の人はこんなに分けてくれたのだろうか。卵も牛乳も決して安く無いし、何より砂糖は贅沢品だ。こんなに分けて貰えるとは思わないけれど。


「ねえローザ。この材料って本当に分けて貰ったの?結構な量だけど……。もしかして盗んだんじゃ」


「そんなことしないよ!ちゃんと買いました!……あっ」


「やっぱり買ったんだ」


 まあ、二人のお金だからどう使うかは二人の自由だけど、それならなおさら準備に掛かる費用は節約した方が良いのに。


「もうっ!イノちゃんは細かいこと気にし過ぎなの!口じゃなくて手を動かして」


「わかったよ。ところでこのレシピだけど砂糖が足りないと思う。あと二倍くらい入れた方が美味しいと思う」


「ちゃんとレシピ通りに作ろうね。そんなに入れたら虫歯になっちゃうよ」


「でもその方が美味しいはず……」


「ダメだからね」


 おかしい。甘い方が美味しいのに。


「イノー。ちょっと手伝ってくれー」


 ローザに糖分の重要性を説明しようとしたけれど、リオから呼び出しが掛かる。

 仕方なく手を止めて外に出る。


 孤児院の外では屋台班が作業をしている。


 リオが何処からか持ってきた木材を前にして、鋸や金槌の使い方を子どもたちに教えていた。


「何?リオ」


「おう、クッキーの方はどうだ?上手くいってるか?」


「うん。でも砂糖が足りないと思う。もっと必要だと思う」


「いや充分な量を買ったはずだけどな。……あ」


「やっぱり買ったんだ」


「あーあー!それよりほらこれ手伝ってくれよ!」


 リオが指差したさきには長方形の板と、塗料が置いてある。


「何これ」


「看板にするんだよ。イノに書いて貰おうと思ってな」


「え、ボクが書くの?」


 露店用に立て看板を作る。これは『ルミナスストーリー』の物語と同じだ。物語では孤児院の子どもたちと一緒にリオが看板を作るのだが、リオとローザしか文字を書けないので、露店担当のリオが看板の文字を書く流れになっている。


 物語と違うのは、ボクも文字を勉強して書けるようになったからだろうか。


「でもボクこういうのは苦手だから、リオが書いた方が良いよ」


「いいからいいから、とりあえずやってみろって。イノなら字も書けるだろ。俺はほら、屋台の監督しないとだから。じゃあ後で確認にくるからなー。任せたぞー」


 さっさと板と塗料を押し付けて、子どもたちの指導に戻っていってしまった。


「はぁ……。もう、こういうの苦手なのに……」


 どうしよう、困った。何書けばいいんだろ。とりあえず商品名書いて……。甘くて美味しいって書いておこうか。……あ、大きく書きすぎたかも。後の文字を小さくしないと。……文字汚いな。


 一応できたけど、文字が汚いし、これを見て買いたいとは思わないだろう。やっぱりリオにお願いしよう。これを見たらリオも自分でやるって言うはず。


「リオ。やってみたけど、やっぱりリオがやった方が良いよ。ボクこういうの下手だから」


「どれどれ。『クッキー、みんな大好き、甘くて美味しい、無限に食べられる』……ふっ」


 ボクが書いた看板を読んで、リオは何故か笑った。


「何?」


「いや、イノらしいと思ったんだよ。この『みんな大好き、甘くて美味しい、無限に食べられる』って煽り、良いと思う」


「そう?当たり前のことしか書いてないけど、それに字も汚いし」


「当たり前か……?まあそれは置いといて、別に読めないほど酷くないだろ?そうだな、後は空いている所に絵書いたらさらに良くなるぞ。それはチビたちに任せるか」


「うん、まぁリオが良いって言うなら良いけど……」


「おう。良い仕事したぜイノ、ありがとな」


 リオはニカっと笑顔で返事して、看板を運んでいった。


 ボクは申し訳ない気持ちになった。あの看板がどうなるのか知っているから。


 孤児院のみんなと協力して作った看板は、酔っ払いによって蹴り壊される。それがリオの逆鱗に触れるのだ。

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