建国祭

建国祭 1

 子どもたちが騒いでいる。


 今日は天気が良いから、みんな外で元気に遊んでいる。ボクはその中にいない。日陰で本を読んでいる。本当は室内で読みたいけど、子ども達の監督役を任されているので、たまに本から顔を上げて様子を確認している。毎日よくもまあ飽きないものだ。


「イノ兄ちゃんも遊ぼうよー」

「本なんてつまんないよ。一緒に遊ぼう?」


 ボクが本から顔上げたのを見て、何人かの子どもが集まって来る。


「ボクはいいよ。みんなで遊んでおいで」


 返事をしてまた本に目を落とす。


「でもイノ兄ちゃん。リオ兄ちゃんとローザ姉ちゃんがうんどーしないと大きくなれないって言ってたよ?」


「そうだよ!リオ兄ちゃんとローザ姉ちゃんからイノ兄ちゃんと遊んであげてってお願いされてるんだから!」


「余計な事を……」


 頭に二人のニヤニヤ笑いが浮かぶ。

 監督役はボクの方なのに。


「えいっ」


 一瞬の隙を突かれた。本を奪われてしまう。


「あぁっ!返して!」


「きゃー兄ちゃんが怒ったー」

「ほら兄ちゃん追いかけっこだよ!」

「こっちこっち!がんばれー」


 あっという間に散って行く子どもたちを全力で追いかける。


「ちょっ……待って……!返せ……!」


 追いつけない。全然距離が近づかない。奴らは毎日走り回って遊んでいるから、無尽蔵のスタミナを持っているんだ。


 いつまでも追いつかれない事に気付いた子どもたちがそろそろと近付いてくる。


「兄ちゃん大丈夫?お水飲む?」

「ちゃんと息吸って?しんこきゅーだよ?」

「ごめんね?ちょっときゅーけーしようか?」


「ぜひぃ……ぜひぃ……」


 断じてボクがへなちょこだからではない。



 ◇



 日陰に戻って休憩する。

 子どもたちはボクで遊ぶのに飽きたようで、また追いかけっこに戻っていった。

 緩やかな風が火照った身体を冷やしてくれる。

 暖かい日が続いている。暦では春の季節だ。

 ルミナス王国では毎年春になると王国の繁栄を願い、女神様に祈りを捧げて、飲み食い騒ぐ王国一番の大きなお祭りが行われる。この国の建国祭だ。


 そしてその日は『ルミナスストーリー』の始まりの日だ。



 ◇



 ボクには二つの記憶がある。一つはこの孤児院で育った記憶。ボクと同じように親がいない子どもたちと、兄弟姉妹のように同じ時間を過ごした記憶。そしてもう一つは全く違う世界の記憶。


 電車、ビル、パソコン、スーツ、コンビニ。その世界に存在した物。その世界に生きて、死んだ男の一生。その世界で読まれた物語。


 その中でも『ルミナスストーリー』の記憶にボクはとても驚いた。これは少年リオと少女ローザの成長物語で、ルミナス王国という国が物語の舞台として描かれている。ボクが住む孤児院もルミナス王国という国にあり、少年リオと少女ローザも孤児院に住んでいるのだ。これは偶然ではないとボクは確信している。『ルミナスストーリー』の記憶はきっと二人の未来なのだと思う。


「イノちゃん。そろそろ二人が帰ってくる頃だから、お夕飯の用意を手伝ってくれるかしら?」


「はい。マリア院長」


 陽が傾いて来た頃、この孤児院を管理するマリア院長から声を掛けられた。マリア院長は教会のシスターでもある。お年を召した優しい女性で、日中はシスターとして教会に勤めている。一日のお勤めを終えると、この孤児院に帰って来て子どもたちの面倒をみている。


「ありがとうね。イノちゃんが居てくれて助かるわ。イノちゃんにはお水を汲んで来て欲しいの。重いから何回かに分けて運んで来るのよ?一度で運ぼうとしちゃダメよ?本当にダメよ?」


「……そんなに言わなくても分かってます」


 ボクは水瓶を抱えて外にある手押しポンプへ向かう。



 ◇



「ふ、ふぬぬぅ……」


 水入れ過ぎた。全然持ち上がらない。

 失敗した……。仕方ない、少し中身を減らそう。


「頑張れーイノー」

「イノちゃん頑張ってー」


 背後から気の抜けた声援が聞こえて振り返る。


「……おかえり、リオ、ローザ」


「おう、ただいま」

「ただいま。イノちゃん」


 『ルミナスストーリー』の主人公二人が帰ってきた。

 にやけ面を浮かべてこちらを見下ろしている。ボクが頑張っていたのをしばらく眺めていたに違いない。


「重くて持てないんでしょ?代わろうか?」


「中身減らすから大丈夫。二人は先に戻ってなよ」


 二人はボクと違って仕事終わりなのだ。まだ子どもなのに、朝日が昇る前に仕事へ行って、僅かな賃金を孤児院の為に稼いでいる。きっと仕事で疲れているだろう。一日何もしていないボクが運ぶべきなのだ。


「何回も往復するの面倒だろ?ほら行くぞ」


「あっ。平気だってば」


 横からリオがひょいっと水瓶を片手で持ち上げて、歩き去っていく。


「一緒に帰ろ?イノちゃん」


 ローザが片手を差し出してくる。


「……もう子どもじゃない」


 その手を無視して歩き出す。

 正確な年齢は分からないけど、二人とは三つほどしか年は離れていないのだ。二人は十五、六歳くらい。ボクは十二、三歳くらい。子どもの成長は早いはずなのに、ボクの成長はやたらと遅いようだ。


「まあまあ、いいからいいから」


 結局追いつかれて手を繋がれて、連行されてしまう。



 ◇



「ただいまー」

「ただいま」


「リオ兄ちゃん、ローザ姉ちゃんおかえりー」

「おかえりー」


 二人が帰ってきたことに気付いた子どもたちが集まってくる。


「あら、リオちゃん、ローザちゃん。おかえりなさい」


 遅れてマリア院長も顔を出してきた。


「マリア院長。これイノが汲んだ水と、またパン貰ってきました。運びますね」


 リオが担いでいた袋と水瓶を奥のキッチンに運んでいく。リオとローザはパン屋で働いている。賃金と一緒にパンを分けてもらっているのだ。


「あらあら、いつもありがとうね二人とも。イノちゃんもお手伝いありがとうね」


「いや、運んだのはリオなので……。ボクは結局運べなかったし」


「それでもよ。ありがとうね」


 マリア院長からの感謝の言葉がむず痒くて、ボクは視線を逸らした。


「……はい」


「イノちゃん頑張ってたんですよマリア院長。ちょっと水汲み過ぎちゃって運べなかっただけで」


 余計な事言うな。


「もう、イノちゃん。少しずつにしなさいと言ったでしょう?」


「……はい」


「そうだマリア院長。ちょっとお話があるんです。お夕飯の準備ついでに聞いてもらえませんか?」


「あら、何かしら?」


「それはあっちで話しますので。あ、イノちゃんはみんなの事見ていて。ご飯は私とリオが手伝うから」


 ローザはマリア院長の背をぐいぐい押しながら、奥のキッチンに消えていった。


「じゃあみんなご飯まで大人しく待ってるように。ボク本読むから」


「イノ兄ちゃん。遊ぼー」

「イノお兄ちゃん。だっこー」

「イノ兄ちゃん。おんぶー」


「ちょっ!お、重っ……!む、無理だって……!」

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