【KAC20237】君が居なくなったのは。
リュウ
第1話 【KAC20237】君が居なくなったのは。
私は、老人ホームに居た。
この老人ホームは、末期癌や認知症を受け入れる。
ホスピスに近い施設だった。
”ミツル”と言う男を探してこの施設にたどり着いた。
私の母、”美紀”が亡くなり、遺品を整理した時、写真を見つけた。
写真の中の母は、とても幸せそうだった。
その横に、若い男が写っていた。こちらも幸せそうに微笑んでいる。
写真の裏には、”タカハシ ミツルと”と書いてあった。
写真と一緒に合った遺品から、父と出会う前の写真だとわかった。
たぶん、学生時代の。
父は、母より前に亡くなっていたので、この写真の存在には気づいていなかっただろう。
この年頃の未成熟の恋人たちを見て、自分の事を思い出し恥ずかしく思った。
この男について、母が亡くなる前に、私に話してくれた。
お互いに初めての相手だと。
二人に別れが来るとは、考えたことが無かったという。
後で気づいたのだが、お互いに名前と電話番号しか知らなかったと言い、でも、それで十分だったらしい。
ある時、彼の嫉妬から喧嘩したらしい。
その時、デートで取った写真を渡しそびれ、そのまま持っていた。
実は、その時、父親が心筋梗塞で倒れていた。
母の父なので、私のおじいちゃんだけど。
お爺ちゃんの看病のため、それっきり、彼とは、逢わなくなってしまった。
今じゃ、スマホがあるから、もしかすると、ミツルさんと結婚し、私はこの世に居なかったかもしれない。
母は、私に「ミツルさんが幸せか見てきてほしい」と言った。
それから、”タカハシ ミツル”を探しにこの施設に来たという事だ。
受付で、確認し施設の奥に入って行く。
途中でヘルパーさんに尋ねると、大きな高級ホテルを思わせる奥のホールへ向かった。
廊下を抜けると、一面ガラス張りのホールに出た。
そのホールは、木々が、草が、池があり、心地のよい風が吹き、鳥たちの声、走り回るリスを見ることが出来た。
中央の窓際に車椅子にすわる老人が居た。ヘルパーさんが話しかけた。
「ミツルさん、お客様よ」ヘルパーさんは、「どうぞ」とその場を離れた。
白髪で清潔感のある老人だった。
私は、老人の前にしゃがんで手を取り、老人の顔を見つめた。
「こんにちわ」私は笑顔で話しかける。
老人は、しばらく女性の顔を見つめていたが、反応は無かった。
女性が、諦めて立ち去ろうとした時、老人のか細い声が聞こえた。
「・・・・・・ミキ?・・・・・・」私は、驚いた。その名前が老人の口から出るなんて。
老人の手を握りしめて、顔を覗き込んだ。
「覚えていたの?その名前を・・・・・・。私の母よ」
女性は、バッグから、写真を取り出し、老人に握らせた。
「美紀さんは、亡くなったのよ」老人は、じっと写真を見つめて、呟いた。
「・・・・・・ミキ・・・・・・」
老人は、時が止まったかのように、写真に目が引き寄せられていた。
「失礼ですが、父に何かようですか?……」
振り向くと、白いサラブレットを思わせる背の高い男だった。
ミツルの子どもだと言った。
私は、今までの経緯を話した。
「もしかして、ミキさんのことですか?」私は、そうそうと頷いた。
「僕も、その話は訊いていました。学生時代にとっても好きな人がいたって。
ああ、この話は、母が亡くなってから聞いたのです。
ミキさんは、父にとって初めての人だったらしく、忘れられなかったらしい。
自分が、ミキさんを縛ってしまい。それで、居なくなってしまったと信じていました。
自分が悪い、言い訳はしないってね。
母より好きだったのって訊いたら、違うというんですよ。
父は、僕に頼んだことがあります。
自分がボケてきたら、施設に入れてくれと。
母のことは、心から好きだが、ボケてきたら、別の名前を呼ぶか見知れないから、別の名を読んだら、母が苦しむ。
もし、ボケで記憶が定かでなくなってきたら、ある女性の名を呼ぶかもしれないと。
その名前が、深く脳に記憶されているというのです。
それが、”ミキ”さんなのです。
初めて好きなった人なので、絶対的な記憶だと。
急に別れたこともあり、忘れられなくなったのだとも言っていました。
母が生きていたら、あなたを歓迎できませんが、亡くなった今となっては、もう、どうでもいいことです。
父に写真を思いっきり見せてやってください。
突然、居なくなった訳も話してやってください」
ミツルは、写真の中のミキをこわばった人差し指で何度もなぞっていた。
【KAC20237】君が居なくなったのは。 リュウ @ryu_labo
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