僕らの言い訳。

「早く! 急げ武!!」

「現職警官が二人乗りってヤバイんですが!」

「言っとる場合か! 人がそろそろ殺されんだぞ!!」

「ヒェェェ! まだ仮免なのにー!!」


 深夜。

 満月が綺麗な、どこか恐ろしく冷たい夜。


 見回りに行くと言って大輝が一人ふらりと隠れ家から出て行った。

 その瞬間思ったのだ。


 時が来た、と!


「場所は分かるんですか!?」

「ぴよちゃんがいるからもーまんたいっ」

「え?」

「……じゃなくって。発信機付けたから大丈夫!」

「……」

「今お前、心配だなぁとか思ったか!?」

「オモっ、思ってまシェン!」

「嘘が下手!」

「あ、あ、あ! 後ろで暴れないでください!」

 そうして辿り着いたのは隠れ家からは程近い街営駐車場――の隣のビルの中。

 入口が施錠されていて入れない!

「クソ……どうしよう、早くしないと大輝が殺すか殺されちまう!」

「ヘァ!? それってどどどっ、どういうことですかっ!!」

「説明は後だ! 兎に角あのビルの中に突っ込みたいんだけど、何か策は!」

「それ不法侵入ですよ!」

「時間がねぇんだよ!!」

「……っ! 分かりましたよ、この事件終わったらあなたたちの下で厄介になればいいんです!」

 ええいヤケ! なんて言わんばかりの武が街営駐車場の施錠された警備員室まで一直線。何をし出すかと思えば跳び蹴りでなんと窓ガラスをぶっ壊しやがった!

「え、え!? えええええっ!?」

「責任はあなたたちがとるんです!! ほらっ、修平さん!」

「えぇ!? ほわっとっととととと!? ああキャッチは無理!」

 中にしまわれていた黄と黒色の重い縄束をどずっとこちらに投げつけ、アラートが甲高く鳴り響く駐車場内を物凄い速度で駆けてゆく。

「遅い!」

「ひょあああっ! あなた力持ちなのねっ!」

 下が何やら騒がしくなってきたその時には自分達は結構上の階まで来ていた。監視カメラの映像を確認した警備員数人が後を追ってくる。

「やばっ、やばやばですわぁ!」

「ふざけてる場合ですか!」

 そうして最上階まで来た二人。慣れた手つきで頑丈な柵に縄の一端を巻き付け、固く結び目を作り、自分達にその縄を巻き付けた。

 これは――

「ひょええええっ! ヤバイことしようとしてる!」

「突っ込めって言ったのはあなたです!!」

「言ったけど!! 言ったんだけ――どおおおおおおおおおおっ!!」


 ひえええええええええええええっ。


 夜闇に悲鳴がすぅーっと吸い込まれる。


 直後、ガラスが盛大に割れたのを見て警備員が遂に警察に連絡した。

 辺りがアラートのバカデカいコーラスに騒然となる。


「行きますよ! もう私たちは立派な指名手配犯です!」

「ふらふら」

「んもう! このっ!」

 予想外のアクションシーンの連続に目を回した彼を担ぎ、武は走り出した。


 大輝を、早く見つけなければ。


 * * *


「お願いだ……許してくれ、頼む!!」

「許して……? 失敗したのは君なのに?」

「そうだけど……! でもまだッ……! 死にたく――」


「欲をかくな!」


 ぴしゃん! と一喝した男の声にもう一人の男が肩を震わせる。


「良いかい? ……僕らは壮大なシナリオの元、動いていかねばならない」

「あ、あああ」

 恐れおののくもう一人に男はぎ、ぎと歩み寄る。

 手にはリボルバー「ナガン改」――消音器が使える「ナガンM1895」を改良した一品。この世に一つしかない彼ご自慢の愛器。




「じゃないと罪を滅ぼせないんだよ」




 そうしてその銃口を相手の口にずおっと捻じ込んだ。




「おっ、おごっ!」

「もうこのルートは失敗するって決まってる。……あの子とお花が出会ってしまった。そしたらもう取り返しはつかない」

「ん、ぐぐ!」

「残念だけど。失敗作はもう要らないんだよね」

「やめろ!!」

 その時。

 武の背に担がれた修平が大きな声を出した。彼を大輝がゆっくりと振り返る。

「殺すなァァ!! 大輝!!」

 彼らの到着により一瞬の猶予時間が生まれ、馬乗りの下敷きになっている相手が大輝の腕に手をかけた。

 それに気づき、自分の下にいる彼を面白そうに一瞥する。


「修平君」






「もう遅いよ」











 ――!!











「……!!」

「ウ――!」


 その瞬間。二人、顔を歪めずにはおれなかった。

 アラートの騒々しさもどんどん遠退いていく。




 そして奴はゆっくり立ち上がる。

 飛び散った赤茶に塗れたその顔をにっこり笑ませて、こちらを向いた。




 恐 怖。




 こいつと付き合い始めて大分経ったが、久々に原初に立ち返ったような気がする。




「……どう、して」


 勇気を振り絞る。


「ん?」

「どうして、殺した」

 真剣な面持ちで放たれたその言葉に大輝がふわ、と悲しそうに笑む。




 それは彼の口から初めて語られる打ち明け話。




「……、……頭のいい君なら分かってくれるかもしれない、けどね」






「僕ら、時を渡る罪びとなんだ」






 * * *


 時を。

 渡る?


「そう。今から五百年後の未来、僕らは大きな罪を犯した」


「小さな女の子と小さな男の子の運命を狂わせて、物凄い不幸の底に落としてしまってね……」


「彼らの人生を壊してしまったんだよ」


「そんな経験から罪の意識に耐えられなくなった僕らはあらゆる並行世界を選別しては何度も試行を繰り返し、彼らをどうにか救いたいとこの運命を何度も何度も繰り返すようになった」


「だけど余り時を渡り過ぎれば同一存在が同じ場所に増えすぎてしまうだろう?」




「……だから定期的に殺して数を調整してるんだよ」




「だって同じ顔は、一人で十分じゃん」




 顔に影を落としながら淡々と笑顔で言う彼。

 その数々に彼らはただ黙って聞くしかなかった。




 そ、んなの、って……。


 ありうる話なのか?




「信じなくたっていいよ」


「……でももしも、僕の言葉を信じてくれるならね」


「どうか哀れな僕らを許してよ」




 ふわりと風が吹き、なびいて茶髪が揺れる。

 またちょっと微笑んでから彼は既に”人形”と化してしまった”同一存在”の口から零れた愛器を取り出し、赤茶の濁を丁寧にハンカチでふき取った。

 そして別に用意してあった38口径をぎゅっと握らせ、口の中に捻じ込む。自然に見えるように角度も僅かに調節しながら。

「殺すしか、なかったんだよね」

 そんな恐ろしいことを呟きながら。


「……じゃあ、さ。仮に全部言ってることが正しいとしてさ」


 また勇気を振り絞ってそう言った修平の方を再度見る。

「お前の目的って、何」

「……目的?」

「そうだよ。余りに全部が全部出来すぎだ」

「……」

「出会うタイミング、得た証拠、殺人事件の起きる場所……そしてその事実まで」

「……」

「全てお前の言った通りで、全てお前の宣言した通り」

「……」

「どこから解いても、どうやって歩いても何故かこの通りに解決し、何故かこのようにお前を止めようとして、何故か止めきれない……」

「……」

「都合よく起き過ぎてる気がする」


「何かのシナリオの上を何度、も、何度も、歩いている気がする」


 ――と。

 頭がギリリと痛んだ。


 う。そう。


 過去に自分は何度もこういった景色、こういったシチュエーションを同じように繰り返してきた気がしてならない。


 でも、消えていくんだ。


 先程殺された、あの……あの。


 あの、みたいに。




 ――人工知能?

 何の話だ??




「……気付き始めてる? 負荷をかけすぎたかな」




「交換は今更困るよ。やっと適合する人材を見つけられたのに」




「――そうだ。僕らは全て正しき道の上を行かねばならない」




「全ては『幸せのシナリオ』の下、正しき道を正しい順序、正しい形で」




「そうすればあの子とお花二人ともに幸せな結末をプレゼントしてあげられるんだ」




「……早く、助けてあげないと」




 盲信者のように瞳を暗く、濁らせた彼の姿がぐらぐら揺れる。

 余りの緊張で体は既に酸欠状態だった。


 確か、確か。


 どこかの記憶上ではこの後――。

 ぐ、と歯をギリリと擦らせる。


「ああ、ああ! 気に入らねぇ気に入らねぇ!」


「こんなのッ、全部、お前の掌の上で踊ってるみたいじゃねぇかよ!!」


「じゃああれか。全部、全部天の神様の言うとおりって訳かい!?」


「それもお前のシナリオ通りって訳かい!」


「なあ、そうなんだろ!?」


「そうなんだろ!!」


「……」


「……何だよ。おい」


「何か言えよ」


「おい!」


「こ、こっち来んな……」


「こっち来んじゃねぇ!!」


「んだよ、その銃……!」


「未来の銃ってか!? そんなの、そんなのちっとも怖くねぇぞ!!」






「おい、大輝――ッ!!」






 * * *






 ズドン!!

「突撃ィー!!」






(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る