踊る!? ひよこの大捜査線(踊らない)

「え? 皆同じなの?」


 こくん、と頷いた時沢に驚いた表情を隠せない大輝と俺。

「全員なの?」

「全員です」

「全員茶髪で」

「全員グリーンアイで」

「全員首筋に同じ刺青を?」

 またこくんと頷いた彼にぞぞっと怖気がはしった。

「え、何? 暴力団とか宗教組織とかそういう関わり?」

「とは怪異課の皆さんも思ったんですがね……」

「思ったけど?」

「そしたら死後人形になってしまう理由が分からないんです」

「……確かに」

 そこで一時どん詰まり。

 向かい合ったソファの背もたれに各々が体を沈める。


 ……そういえば何でいつの間にソファと観葉植物が増えているんだろう。

 隠れ家が何だか住みやすくなってる気がする。


「ねえ、武君」

「はい」

「彼らが殺された時の映像とかって監視カメラに残ったりしてないの?」

「え?」

「ほら、昨日のあれもさ。監視カメラが付いてるマンションのド真ん前で死んでたからさ……もしかして他にも残ってるんじゃないかなって」

「あ、ああ、なるほど。そういえば残っていたような気もします」

「本当かいっ!」

「はい。怪異課でかき集めました」

「どのくらい?」

「あー……」




「少なくとも千本とかは……あったような……」




「……」






「うわあああああああん! 『ぴよちゃんず』、頑張って行ってくるんだよぉぉぉ」

「……」

「俺はオマエタチを信じている! 全部終わったら美味しいお米のごはんでお疲れ様会をしような!」

(パソコンから)ぴよー!

「びよぢゃあああああああああああああんんんんん!!!! どんだけ健気で素直で可愛いんだよぉぉぉぉぉぉ可愛すぎるだろうがああああああああああっ!! おやつにプリンも付けちゃうっ!」

(パソコンから歓喜な感じで)ぴー! ぴー! ぴー!

「ぎゃあああああああああああああああああああ可愛すぎるうううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!」

「……渋沢、さん」

「ん?」

「あれはどういう状況ですか?」

「うふふ。彼はパソコン内部にひよこちゃんを二千匹ほど飼ってるんだ」

「へ、へぇ?」

「可愛くって可愛くって堪らないんだろうねぇ。だから勢い余ってああやって叫んじゃうことがあるんだ。――ほら、修平君。早くお支度して」

「あどもうぢょっどぉぉぉ」

 修平さんだけは”まだ”マトモなひとだと思ってたが……。


 怪異課から預かって来た物凄い量のディスクをひとつひとつパソコンに取り込み、「ぴよちゃんず」に解析してもらう。

 この際に修平のパソコン一台ではどうも容量も時間も足りなかったので大輝が(なぜか持っていた)学校の五台のパソコンに「ぴよちゃんず」を移し、人力で何とかデータ移植をやりきった。

 この時、何故かぴよちゃんの一部がたまごを産み二百匹ほど数が増えた。

「なるほど、このウイルスは自己増殖もできるのか」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!! 可愛いいいいいいいいいいいいいいい!!!! 生まれたてだあああああああああああ」


 ……引き剥がすのに苦労した。

 止めていなければ今頃その二百匹に名前をちまちま付けていたに違いない。


 兎に角これで解析の件は何とかなった。

 そしたら残った”ヒト”達は聞き込みや死体の調査などに行き、捜査を進展させる。で、帰ってきたら解析データなどと照らし合わせたりして犯人像を割り出す。


 これで何とか間に合うだろうか、約束の刻限に。


「だからね、早く行きたいんだよなぁ。修平君」

 また蝋人形のような善人笑顔を浮かべた大輝。重たい手斧を徐に手に取った。


「ね」






 ドッッ!

「ヒッッ!」






「早くして」


 投げられて机に刺さった手斧はそのままに、修平はマフラーひと巻。少し寒い秋の空の下、仲間と出かけてゆく。


 * * *


「綺麗なものだ」

「ここまで似たような人間が揃うと逆にキモイな」

「こんなのは異例です。解剖しようとしたって人工皮膚の下が固すぎるんです」

「……課長サマは早くこの霊安室を開けたくて仕方ないだろうね」

「前例がないので無闇に捨てることもできないし、身元も親族の関係も分からないしで困っています」

 二人が話しているのを横目にずらりと並ぶ彼らの傍を何となく通ってみる。胸元を開けてみると胸の部分に大きなエメラルドグリーン色の円ガラスがはめ込まれていた。これが彼らを人形と断定するのに一役買ったに違いない。

 それ以外はぱっと見、人間である。

 ……。

「フム……どこの誰かも分かっていないのかい」

「綺麗さっぱりですね。名前だけは分かっていて、彼らの働き先でもその名とその見た目で浸透していたんですがその生い立ちや親族などの関係は全部嘘だったと後から分かったんです」

「嘘? じゃあどうして採用試験とかに通ったんだい」

「どうして、と言われましても……そこら辺の仕組みは謎です」

「……偽造とかしたのかな」

「何だか怪しい人達ですね」

「ゾクゾクするね、これは」

 ――彼らの軌跡が残っているのなら知りたいな。

 そう考えた大輝。

 死体の髪を勝手にいじいじしている修平の方をふと向いた。

「修平君」

「……」

「修平くーん」

「……」

「……」

 反応がない。……どうせなら驚かせてやろう。

 ツカツカ歩み寄り背後にそっと忍び寄る。


 すぅ。


「何してるんだいっ」

「どわわわあああぁーっ!!」

 またいつかのようにびっくりしてひっくり返る。

「ンだよ、びっくりさせんな!」

「君が呼びかけても応えないからだぞ」

「――え? あ、そりゃごめん」

「良いんだ。それよりまた解析頼んでも良い?」

「あ、ああ。良いけど……それより」

「ん?」

「れ、霊安室って寒くない?」

「そう?」

「そうともさ! ……俺がお前のマフラー整えてやるよ。それじゃあ非効率的だぜ」

 何やらちょっと様子がおかしい修平。瞬きがいつもよりちょっと多い。

 しかしそれを指摘せず、彼にされるがままになっていた。


 ふ、と彼の目が見開く。

 それを視認して


 思わず頬が緩んだ。


「修平君」

「え、あ、何」

「そろそろ頼み事しても良い?」

「あ、ああ。何なりと」

 何やら呆然としている彼の胸元にむぎゅっと厚い紙束を押し付ける。

「なに、これ」

「ここに安置されてる死体の皆様十八人分のデータ」

「……ん」

「ああっ! 解析できるスーパーひよこちゃんを飼ってる天才ハッカーが友達だなんて、ほんっとうにべん……じゃなかった、なんて幸せなんだー」

「……、……ん?」

「その人達のSNSから就職先から通ってた・通ってる大学から何から何まで知りたいなー! ああ天才ハッカー様が友達で良かったなぁー!!」

「んんっ!? ――チョ、待てオイ渋沢!?」

「……ところで武君、この『銀髪?』『髭?』っていう、記述はどういう意味なんだい?」

「話を逸らすな渋沢!」

「えっと、死体として見つかった直後はそれぞれ銀髪だったり髭を生やしたりしていたのに、気付いたらどれも茶髪になったり髭が抜けたりしていたんです」

「時沢も話を戻してっ!?」

「不思議だねぇ」

「俺も仲間に入れてっ!?」


 * * *


 ――次の日の夜。

 全ての聞き込みも終わり、あとはデータの整理だけになっていた。

 刻限は明日。解析すべき対象が突然十八人も増えてテンテコ舞いの修平に大輝がピザを奢ってくれた。自身は相変わらずバニラシェイクで、そういうのは変わってないなとか思いつつ伸びるチーズを絡め取って口の中に放り込む。

 このジャンクな味わいが堪んねぇ。

「時沢は」

「もう帰ったよ」

「そっか」

「まあ、定時はちゃんと守らないとね」

「そうだな」

 俺の応答を聞きながらバニラシェイクを吸い込む大輝の横顔。

 その視線は監視カメラ解析結果を記した紙束に集中されている。




 ……。

 今日は何故だか点と点が線になりゆく一日だった。




 今だとある聞き込みで起こった出来事が忘れられずにいる。

 それは三件目の殺人の件で聞き込みを行っていた時のことだ。


『すみません。掛川瞬さんが殺された事件、ご存知ですよね?』


 聞いたのは道夫という行商人だった。その日たまたま事件に遭遇したらしい。

 眠そうな顔をゆっくり持ち上げてくる。

『……知ってるよ』

『何かその時のことについて知ってることとかは』


 その問いかけに応じてぴん、と持ち上げられた食指。


 






『犯人』






 ……。


 その後、時沢がそんな訳はないですよ! きっと出鱈目言われたんです! なんてフォローしていたが。


 どうも気にかかる。


 昨日の昼頃に訪れた霊安室での一幕もそうだ。

 死体の顔をどこかで見たことあるような気がしてちょっと髪型をいじったり自分の指で作った眼鏡を彼の顔に重ねてみたりした。


 そしたら大輝とで――。

 思わず二、三歩後ずさってしまった。


 その後何か嫌な予感がして彼のマフラーを整える振りしてその首筋を確認すれば矢張りそこには彫られている。


 ――No.00002――


 ビリビリッと脳が痺れた。


「聞いてる? 修平君」

「ふぇっ! 何っ、聞いてなかった」

「えぇー? またぁ??」

「さ、作業に集中してて」

「もうー。刻限は明日なんだよ? 分かってる??」


 ――明日。


 もしかして、もしかして……。


 明日コイツは被害者になるのか?


 彼らと同じ特徴を持つコイツは明日殺されることを知って三日という刻限を指定したのか?

 とすればあの時死んだアイツの言葉も理解できる。


『アアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


『許してっ、許して!! 許してェ!!』


『やめてっ、殺さないで! お願い殺さないで!!』


『僕が――、僕が悪かったから!!』




『殺さないで、殺さないで殺さないでお願い、殺さない、デッ――!!』




 ……かち。

 そういえばその時、何かボタンが押されるような音が聞こえた気がする。


 あれは、一体……。




 一方でアイツ――道夫――の言葉も何だか気にかかった。




『犯人』




 ……。




 ちょっと思うところがあって、不意に画面上にこれまでの解析されたデータを並べだす。そしてそれらに対して大輝のデータを打ち込み、それらデータとどれだけ一致するかを調べてみた。






 ……。






 ……!!


 ガタッ!!


「どうしたの!? 修平君!」

「いっ、いやっ! 何でもないっ!!」


 見せてはいけない気がして彼は慌てて閉じた。

 何か、何か言い訳、言い訳……。


 だ、だ、だだだ、だ……!


「ダッ、大道芸!」

「……へ?」

「ぴっ、ぴよちゃんがっ、突然大道芸ッ、し出して!」

「……そ、そうなのかい?」

「そ、そうともさ! で、さっきは何だって?」

「ええ!? もう三回目だよ!?」

「ワリワリ! もっかい聞かせて!」




 ……真逆こんなことになるとは思ってもみなかった。




 解析の結果。


 殺された死人とも、

 偶然カメラに映った犯人とも。


 




 簡単に言えば


 犯人も死体も全員――渋沢大輝。


(つづく)

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