連続”人形”殺人事件
『僕がここに来た時にはこの人は死んでいてね。……君も気付かなかったでしょう』
男は渋沢大輝と名乗った。
俺は犯人はコイツなんじゃねぇの? と思ってる。
だが証拠はない。
『でも君は殺してないでしょう?』
『……っ、当たり前だろ!』
『僕だって同じだよ』
『でもこの死体と一夜を二人で過ごしてしまったからさ』
『……』
『二人、冤罪をかけられるのは迷惑だから一緒にこの事件の犯人を突き止めようと思ってね。どちらかが仮に犯人だったとしても互いに監視し合えば逃げられるのを防ぐことができるし』
『……』
『――唯、こんな関係性でいる限り君はどうも協力してくれなさそうだ』
『……』
『だから上手くいったらハッキング事件については僕が存在しない真相をそれらしくでっち上げてあげる』
――それでどう、か。
アイツに言いたいことはたっぷりある。
ひとつ。昨日”偶然”死体とお前と俺とが同じ夜を共有したのは何故?
ひとつ。俺を襲撃する際にその死体に気付いていたのならどうして警察とかに連絡しなかったのか。――これはきっと「冤罪は御免だから」という理由で切られてしまうだろうが、そしたら何故わざわざ探偵役を買って出る?
死体と一夜を共にした者が突然探偵を名乗り出て自分以外を指し示したとして誰が信じようか。
俺だったら信じない。
現にアイツを信じていない。
しかしてハッキング事件のことだったり今回のこの殺人のことだったりについては協力した方が自分にとって都合が良さそうだ。
決して前向きではなかったが、しぶしぶその手を取り固い握手を交わした。
* * *
「今回僕達が巻き込まれたあの殺人だけど、一連の奇怪な連続殺人事件の内一例ということで処理されたらしい」
「昨日のが初の例じゃないのか?」
「これで十七人目らしい」
「じゅっ」
それは驚いた。
今は大学からの帰り道。
二人で待ち合わせてこれから明治街警察署まで行くところ。
大輝は今日もバニラシェイクをずここと吸い込みながら自転車を押している。
余程の好物とみた。
彼は何というか極端である。
あれから彼を気にかけるようになって感じた感想だが、誰が見ても同じことを言うと思う。
まず講義でノートを取らない。かなり記憶力があると自負している自分でさえメモぐらいはとる。ペンぐらいは握るし、プリントに書き込みだってする。
しかし彼はそれを一切しない。だがその正体は怠惰ではない。
『お前、そんなんじゃテストどうすんだよ』
『覚えているから良いんだよ』
やっぱりバニラシェイクをごくごく飲んでいる彼に溜息混じりに問えばこれだ。
予想は出来てたがやっぱりイラつく。
『んなこと言っ――待てよ』
『ん?』
良い事思いついた。ずばり
『記憶力テストしようじゃん?』
『え?』
課題プリントを彼の前にばんと突き出せばちょっと困った顔。
そうそう、そういう顔を定期的にしてもらわなくっちゃぁな。
『今回俺ボイレコ持ってきてたからさ、答え合わせしてやるよ。何言ってたか一言一句間違えずに言ってみろ』
『一言一句!?』
『だって”全部”覚えてんだろ? じゃあこの長文問題とかも全部一言一句間違えずに言えんだろ?』
『うええ……突然そんなこと言われてもなぁ』
ああ、良い顔してらぁ! と、喜んだのも束の間。
……結果。
一言一句どころか教授がそれを述べた時刻すら間違えなかった。
記憶する量が重要なんじゃなくって、タンスの中に入れた「記憶」を取り出すための引き出しの開け方が大事なんだよ――じゃねぇよ。そんなん出来るのおめぇだけだわ!! にゃろめが!!
一発本で殴っておいた。
理不尽だとか言ったらお前らもぶん殴ってやるから覚悟しろ。
他、食べている(というより飲んでいる)のは専らバニラシェイク。それしか飲んでいる場面を見たことが無い。一緒に昼食食べる時さえだ。
そしたら体が弱る……と言いたかったが彼は喧嘩も強い。
この前、力の強い不良グループに大輝が絡まれているのを偶然目撃してしまった時のことだ。余り大きな声では言えないが、そのままやっつけちまえ! ぶちのめしちまえ! とか思ったものだった。
が。
ドン!!
「殺すよ」
また例の蝋人形のような笑みを顔面いっぱいに湛えながら足ドン。
それだけで不良共が悲鳴を上げて蜘蛛の子でも散らしたかのように散っていってしまった。
聞けば一度逆ギレして襲い掛かって来た不良を窓の外にぶん投げ、三階から落ちた彼を同じく落ちながら追いかけて関節技。助けようと頑張った子分に対しては先端に重しの付いたロープを首に巻き付け、一気に引き寄せたとか。
……どこまでが伝説でどこまでが本当なのかは分からない。
だが昨日のあの身のこなし、投げナイフの正確さ。全て本当と言われても信じてしまいそうである。
「聞いてた?」
「へぁ!? あ、ごめん……」
「んもう。もう一度言うよ?」
「あ、うん」
頬を膨らませて。本当に人を殺しかけた奴なのか、こいつは。
「今回の連続殺人に共通して言えることは死体が”人形”である、ということらしい」
「……は?」
「……そういうリアクションをさっきしなかったからおかしいなって思ったんだ」
「今は良いだろ、それは」
話によれば始まりは何か月も前のことだという。
深夜、傘を引きずりながら道を行く人が突然響く銃声を聞いた。慣れぬことに驚き慌てて音の出所を辿れば公園のど真ん中で人が倒れている。
赤茶の濁をどくどくと流し、体をどっどっと震わせている。
そして胸には大きな風穴が。
『ギャアアアア!!』
警官急行。
発見者が待っている所に交番より警察官が到着。
そして死体を調べたところ、精巧にできた人形だったというのだ――。
「……どういうことだ?」
「それは僕も分からない。第一発見者はずっと死体の傍に居て、その間誰も死体には触れなかったし、死体にも変化はなかったというんだ」
「なのに調べたら人形になっていた、と」
「うん。……僕らがあの朝見た死体も口から赤茶の濁を流していた。そうだったね?」
「ああ。首筋に『No.00002』の刺青、エメラルドグリーンの瞳、若い男、外傷はないが吐血している……血を流す人形があるか?」
「だがあれは確かに人形だったとのことだ、そして今回も。……もしもあるとすれば中々高度ないたずらだね。更には死の間際に体を跳ねさせ、しかも歩くときた」
「歩く……? 見たことあるのか?」
「無いよ。でも君があのビルに入った時にはあの死体は無かったんだろ?」
「……ん」
「空中浮遊する訳でもないし……大掛かりなトリックの可能性も考えてみたけど君の罠の数々に引っかからず君にも気づかれずに死体をそっと置けたとは思えない」
「……」
お前が運んだんじゃないの。言いたかったけど言わなかった。
「まあ、そういう訳さ。『赤茶の濁』っていう共通点があることが最近の調査で分かったから、もっと何か被害者同士の共通点はないかなって」
「で、明治街警察署って訳ね」
「そう。今回の担当は『怪異課』だそうだよ」
「……変な噂絶えねぇところか」
「ふふっ。違いない」
話では構成員は神、天使、悪魔、人間とのことだ。……本気か?
「で? 約束は何時?」
「ん? 約束なんてしてないよ?」
「……? じゃあツテがあるの?」
「それもないよ」
「……!? え、え!?」
「当たり前だろう? 先の事件で第一発見者になっちゃった僕らがそう易々と被害者の情報を仕入れて良い筈がない」
「……じゃあ今、何のあてがあって俺ら歩いてんの?」
「ふふふふ。よくぞ聞いてくださいました!」
「ふっ、フウさんー!」
「私達、止めました」
「信じてください!」
怪異課のデスクに足を乗せ、豪快に眠っていた怪異課・課長フウは顔に乗せていた雑誌を持ち上げて机に突如乗せられた五百万という大金をしげしげ眺めた。
「……何だ」
「君んとこの時沢武くんをこれで引き抜きたい」
「……そういうのって、本人に直接、しかも私には隠れてやるもんじゃないのか」
「じゃあ前言撤回。買う」
「大事な構成員だ、許可しない」
「……」
「それに買うにしても彼の価値に見合わない。安過ぎだ。何か必要があるというのなら納得させてみろ。私が頷くに値する追加の対価が無ければその要求は飲むことは出来ない」
「……」
大輝は暫く黙って考えた。それを他構成員と共に後ろで見守る。
突然「買う」と言われた当人たる男性が一番居心地悪そうにたじたじしている。
「君らが難儀している『連続人形殺人事件』に巻き込まれて僕らも迷惑している」
「……だから?」
「故に彼から情報を頂きたい」
「探偵ごっこか?」
「君達が捜査のために秘匿している情報が無いと解決は難しい」
「青二才如きにあの事件が解けるものか」
その時、彼女の前にすぅと三本の指を差し出した。
「じゃあ三日だ」
「明日より三日間だけ五百万で彼を”借りる”」
「それまでにうしろの修平君が事件を解決する。若し出来たのなら彼を引き抜くことを許可して欲しいんだ」
「……って、はぁ!? 何勝手なこと言ってんだクソザワ!!」
「五月蠅いよ、修平君。――そういう訳だ。どう」
「……それは何の信念から?」
「三日後以降のこの犯罪を予備的に防止するため。……修平君が」
「だから何で俺!」
「……ほう?」
「アンタもそれで納得するな!」
今度はフウが暫く黙って考え込んだ。
長いジリジリした時間が過ぎ、彼女がようやく口を開く。
「仮に引き抜いたとして。その後お前達はどうしていく所存だ?」
「『犯罪予備防止員会』という組織を立ち上げ、彼を第一号構成員として迎えます」
「……」
「そして未来に確実に起こる大事件を予備的に防止するべく活動します」
「この事件の解決に彼は絶対に必要な人材だ」
「そうか」
「……」
「武」
「はい」
「大抜擢、スカウトだ」
「……」
「お前、どうしたい?」
* * *
「じゃあ武君。ここの三階が明日から僕達『犯罪予備防止委員会(仮)』の拠点になるからね!」
「はっ、はい」
「あ、でもでも勝手に入ったら罠の数々によって死んじゃうから、集合は玄関前にすること。良いね?」
「はっ、はい」
ポケットに手を突っ込んでちょっと偉そうにしている大輝がきらきら顔を輝かせながら廃ビルを紹介する。引き抜きが上手くいって何やら満足気だ。
――って。
「おいクソザワ、俺の潜伏先を勝手に拠点にすんじゃねぇ! いい加減ブチ殺すぞ、この野郎が!!」
「こらこら年下くんに恐怖を与えてはいけないよ」
「――えぇっ!? 十八かそこらであんなご立派な所に居れるもんなの!?」
「……自分、二十四です」
「……」
気まずい風が一迅三人の間を駆け抜ける。
「……おい、バチクソ年上様なんだが」
「おかしいなぁ。年下に見えたんだけどなぁ」
「……」
「……」
「まあ、これからは僕が委員長になるから別に大丈夫だよね。武君」
「……じゃあ俺は時沢って呼ぶ」
武の中にふつふつと不安の二文字が膨らんでくる。多分この二人、常識の二字がすっぽ抜けている可能性がある。
年上年下問題はまだ目を瞑るとして。
初対面だよな? 今日。
「まあなんだ。明日から忙しくなるからさ、今夜は親睦会みたいなのしようよ」
「おっ、それは良い」
「じゃあマドドナルドに直行!」
「……や、そこは時沢の意見を聞いてやれよ」
「武君、バニラシェイク。好きだよね?」
「良いんだぞ、遠慮しなくっても。こいつ恫喝恐喝云々で金だけは持ってるから」
「嘘は良くないよ修平君」
「不良は歩くATMとか言ってたのお前だろ!」
「嘘は良くない、修平君。……後ろにいるのは一応現職の警官なんだ」
「逮捕されちまえ」
「二秒で脱獄してみせるよ」
「出来ないに五千円!」
「じゃあ出来るにひゃくまんえーん」
そうやって時沢置いてけぼりの会話を交わしていたその時。
大輝がふと目を見開き、止まった。
「……何」
伴って二人も止まればそこのT字路(Tの縦棒の方)から若い男がびくびくキョロキョロ出てくる。
「何だあれ」
「シッ。……なんか変だ」
「……」
緊張感高まるピンと張り詰めた空気。夕日の赫が少しずつ藍に染まってゆく。
やがてこちらに気付いた向こう。
突如物凄い恐怖を顔面いっぱいに湛えて絶叫し、向こう側へと走り出した。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「許してっ、許して!! 許してェ!!」
「やめてっ、殺さないで! お願い殺さないで!!」
「僕が――、僕が悪かったから!!」
「殺さないで、殺さないで殺さないでお願い、殺さない、デッ――!!」
かち。
転瞬。
力がぶっと抜けたように男が道のど真ん中にぶっ倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
「……!!」
慌てて三人で駆けつけ、脈拍や呼吸、瞳孔を確認。
既に死んでいた。
しかも精巧な人工皮膚に包まれた、唯の”人形”となり果てた状態で。
「……まただ」
「……」
時沢が苦しそうにそう呟いたのを何故だか物凄くはっきり覚えている。
ガイシャ。
また、若い男。
また茶髪で、またグリーンアイ。
そしてシャツの襟に隠された首筋に「No.00002」の刺青。
……。
そういえば隣にいるこの男。
渋沢大輝も。
茶髪にグリーンアイ。
(つづく)
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