第26話 本気で落とす(フレッド視点)
俺はリンフォード帝国の皇太子アルフレッドとして、折れた聖剣を手にし少しでも早くユーリのもとへ戻るため、馬を駆ってコンラッド領を目指した。さすがにひとりではダメらしいので、護衛として乗馬が得意な騎士をふたり指名した。
片道を五日間で走破し、コンラッド辺境伯とイリス嬢に身分を明かして、正式な謝礼と聖剣の詫びの内容を交渉する。
イリス嬢は先月婚約し来年結婚式を挙げるので、聖剣の使い手として式に参加してほしいと言われた。喜んで参加すると伝え、お互いに納得できる内容で決着がついた。
日帰りしたかったのだが、護衛の騎士たちが青い顔をしていたのでコンラッド辺境伯に止められ、心の中で舌打ちをしてしまった。
護衛の騎士たちも元気を取り戻し、そろそろリンフォード帝国へ戻ろうとしたところでユーリにつけていたはずの女性騎士が現れた。
「アルフレッド殿下! こちらを……ユーリ様から預かっております! コンラッド辺境伯との交渉で必要だと……!」
青を通り越して白い顔で、震えながら手紙と黒い袋を渡してくる。袋はずっしりと重くコツコツと音がする。袋の中身は紙に包まれた大量の金貨だった。
嫌な汗が背中を伝う。これは、このやり方はユーリが皇城から逃げ出そうとした時と手口が一緒だ。
慌てて封筒を開けると、手紙と一通の書類が入っていた。
「解雇状……!?」
手紙には最後の主人の命令として目の前にいる女性騎士はなにも悪くないので決して処罰するな、その後に俺を専属護衛から解任すると書かれている。
「今すぐ城に戻る。お前たちはそれぞれのペースで戻れ」
それだけ言い残して、馬を走らせた。
俺の頭の中には、なぜ、どうして、待っていると頷いたのに、そんな言葉が駆け巡っていた。
皇城まで不眠不休で馬を乗り変えながら、三日で戻ってきた。
真っ先に皇太子妃の部屋へ向かう。侍女がユーリは自宅に帰っていると言ったが、部屋の様子を確認するために足を踏み入れた。
「やはり……ユーリの私物がないな」
「えっ、どういうことでございますか?」
侍女は俺が戻るまで、誰も部屋に入れるなと命じられたのだと話した。部屋にあったミカエラ宛の手紙を頼み、今度は帝都にある自宅に向かった。
間に合ってほしい、まだそこにいてくれと願いながら自宅の扉を勢いよく開ける。
俺とユーリで過ごした平穏な日々が甦って、今にも『随分早く帰ってきたのね』と言いながらユーリが現れそうだった。
だけど現実は無情で、家具もすべて処分されガランとした空間がそこにあるだけだった。二階にあるユーリの私室もわずかな残り香が鼻先を掠めるだけで、なにもかもなくなっていた。
呆然としながら、ふたりでよく笑って過ごしたリビングを眺めていた。
ふと、なにかが床にあると気付き急いで拾い上げる。これもユーリからの手紙で、中には心置きなくイリスと結ばれてくれと書かれていた。
どういうことかまったくわからないが、どうやらユーリはなにかを派手に勘違いしているようだと、やっと理解した。
「はあああ……あれだけ好きと伝えたのに、なぜわかってくれないんだ……俺の伝え方が悪いのか? もしかして言葉だけでは足りない……?」
言葉だけで足りないのなら、後はもう俺がユーリにどれほど惚れているのか身体でわかってもらうしかない。
「身体から落とすか……? いや待て。下着だけで三日も視線が合わなかったんだ、そんなことしたら一生口を利いてもらえないかもしれないし、無理やりなんてしたくない」
それなら、じっくりと対話して誤解を解くしか方法はない。だけど。
「次に会ったら……二度と手放さない」
俺はそのためならどんなことでもしようと、覚悟を決めた。
それから俺は一度皇城へ戻り、ユーリが後戻りできなくなるよう外堀を完全に埋めることにした。
皇帝の執務室へ約束もなく訪れると、体調がよくなったのか母上も政務をこなしていた。ちょうどいいと思いつつ、文句を言いたそうな父上を無視して用件を告げる。
「父上、早急に俺とユーリの婚約を発表してください」
「おお! そうかそうか、それでは婚約宣誓書にサインを——」
「それはまだできません」
「なぜだ?」
俺の言っていることがチグハグで、父上が鋭い視線を向けてくる。ここは誤魔化しても仕方ないので正直に話すことにした。
「ユーリに逃げられました」
「なに!? まだ落としておらんかったのか!? さっさと捕まえてこんか! ユーリエス嬢ほど皇太子妃にふさわしい令嬢などおらんぞ!!」
「ちょっとアル、どういうことなの?」
そんなのは言われなくても俺が一番わかっている。
もともとユーリは父上と母上の好感度が高かった。先日のへレーナの反逆を食い止めた功績も買われ、騎士たちからも人気を博している。
当然、一部始終を見ていた父上と母上も同様だ。あんなに機転が利いて、度胸も座り、どんな時も冷静なユーリをベタ褒めしている。リンフォード帝国の皇太子妃として、ユーリ以外に考えられないのは俺だけではない。
「……婚約式までには捕まえます」
「勝算があるというのだな?」
「それなら、皇族の影でもなんでも使ってユーリエスを捕まえなさい」
「もちろんです。なにがなんでも、ユーリを俺のものにしてきます。結婚式も最短で決めておいてください」
決意を固めた俺は、万事抜かりなく準備を進めるよう頼んだ。ユーリを永遠に俺のものにするには、これくらいしないと安心できない。
「アルフレッド。言っておくけれど、ユーリエスさんの気持ちを大切にできないようでは、認めませんよ」
「ユーリの攻略方法なら当てはあります。ただ、結婚式の前に子がいては建前上よろしくないでしょう?」
もちろん同意を得てからになるが、ユーリの身体も俺のものにして他の男に嫁げないようにしたい。公爵令嬢ともなれば、純潔を夫に捧げるのだと教育されているはずだ。それを逆手にとるつもりでいる。
……まあ、同意が得られればの話だが。ユーリが相手だと、俺の策が途端に通用しなくなるからどう転ぶかわからない。
「お前……そんな堂々と」
「アル、ちゃんと合意の上でなければ許しませんよ」
「もちろんです。いい加減、本気でユーリを落とします」
今までは護衛を続けながらだとか逃げ道がある状態だった。だが、すでに専属護衛は解任され、俺とユーリを縛り付けるものはなにもない。これは本気を出さないと、手に入れられない。
「ほお」
「まあ」
父上と母上も納得してくれたので、俺はユーリを手に入れるため最大の味方のもとへと向かった。
純白の扉を開き、驚く侍女や騎士を無視して部屋の主の元へ足を進める。俺が部屋に入ってきたことも気付かないほど、手元の紙に意識を集中させていた。それはどうやらユーリからの手紙のようだ。
それなら話は早いと、ミカエラに声をかけた。
「ミカエラ、手を貸せ。ユーリを落とす」
「うわっ! お兄様、今お姉ちゃんからの手紙を見たの……!」
「ああ、攻略法があると言ったな?」
「本気なのね?」
ミカエラはジッと俺の本気を窺うように見つめている。
気になるならいくらでも調べればいい。俺はユーリ以外を妻にしないと、もう二度と手放さないと心に誓ったのだ。
「当然だ、俺にはユーリ以外いない」
「わかったわ。その前にひとつお兄様に聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
ミカエラは視線を落として前世のユーリのことを話しはじめた。
「お姉ちゃんは前世であまりいい男性と出会えなかったの。浮気されたり、裏切られたり、都合よく扱われたり……わたしはそれがすごく悔しかった。お姉ちゃんはもっとつらかったと思う」
「そうだな、ユーリはそんな風に扱われていい女性ではない」
「でもね、その時の経験があるから、きっとすごく臆病になっていると思うの」
ああ、なるほど。それであんなに俺に対して線引きしていたのか。今回の勘違いも根っこはその辺にありそうだ。
「そんなお姉ちゃんも、まるごと全部、受け止めてくれる?」
「ふっ、そんなこと聞くまでもない。俺はユーリのすべてを受け入れる」
俺の言葉にホッとしたような笑顔になったミカエラは、得意満面で言葉を続ける。
「それなら教えてあげる。わたしはお姉ちゃんのことならなーんでもわかるからね。いい? まずはお姉ちゃんに週休二日を約束してあげて。きっとそれで納得するから。あとね、お姉ちゃんはきっと——」
ミカエラのアドバイスをもとに、俺はユーリを探すためあらゆる手を尽くした。
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