第27話 貴方だから

 フレッドが目の前にいる。


 大切だからこそ私は消えたのに、なぜか泣きそうな顔で私の前にいる。


 喜んではいけないのに、嬉しくて切なくて思わずフレッドのローブをギュッと握った。


「えっ……!? なんで!?」

「……ユーリ、ずっと探してた」

「イリス様は!? 婚約したんでしょう!?」

「……手紙にも書いてあったが、いったいなんの話だ?」


 顔を上げて眉間に皺を寄せたフレッドが、逆に問いかけてきた。

 だって、隣国の令嬢と婚約したのではないのか? それはイリス様ではなかったのか?


「だって、フレッドは隣国の貴族令嬢と婚約したって……」

「ああ、確かに婚約した。ユーリと」

「!?!?」


 フレッドの言葉に意味がわからず、言葉が返せない。

 なぜ、フレッドは私と婚約などしたのだろうか? 完全に相手を間違えていると思うのだけど。


 すると見かねた女将さんが声をかけてくれた。


「ユリちゃん、今日はもう上がりな! 二階の一番奥の部屋を使っていいから、ちゃんと話しておいで。この人が例の人なんだろう?」

「そ、そうなんですが……」

「ほらほら、こんなところでグダグダされたらお客様の迷惑になっちまうから、さっさとおいき!」


 少し口は悪いけれど、これが女将さんの優しさだと十分にわかる。フレッドも納得していない様子なのでお言葉に甘えることにした。




 二階に上がり左に進んで、一番奥にある部屋までフレッドを案内する。扉を開けてフレッドを先に通したら、腕を掴まれて部屋の中へ引き込まれた。


 そのままフレッドはカチャリと鍵をかける。他の人に聞かれたくない内容なので、ありがたい。


 この部屋はひとり客用の狭い部屋だけど、ベッドと小さなテーブルと椅子があるから話をするだけなら問題ない。


「あの……フレッドはどうしてここにいるの?」

「それは俺のセリフだ。どうして待っていてくれなかった? どうして姿を消した……?」


 フレッドは苦しげに眉をひそめて、感情を抑えるように答えた。それでも声は震えて、語尾は小さくなってゆく。


「それは……フレッドがイリス様に心惹かれたと思ったから」

「俺はそんな素振りも見せてないし、言ってもいない。ずっとユーリが好きだと伝え続けてきたはずだ」

「うん……」


 確かにフレッドの言う通りだ。

 フレッドはずっと変わらない。なにがあっても、どんな時も、私を優先して大切にしてくれた。


 だから、これは私の問題なのだ。


「俺が信じられなかった?」

「違う……いえ、違わないけど、違うの……」

「ユーリ。どんなことでも受け止めるから、ユーリの気持ちを聞かせてほしい」


 それなのにフレッドは優しく問いかける。

 あんな風に出てきた私を追いかけて、全部受け止めようとしてくれる。


 ずっと目を逸らしてきた。前世で受けた傷も、今世で受けた傷も。

 私は愛されないのだという現実を。


「——原作で」

「うん」


 静かに返してくれるフレッドの声が、臆病者の私の背中をそっと押してくれる。

 ゆっくりと、絞り出すように私は話しはじめた。


「原作でフレッドはイリス様を好きになるの。前にコンラッド領へ行った時に、フレッドとイリス様が出会ってしまったから……きっとそうなるんだろうって」

「……そうか」

「だから、邪魔をしたら悪いと思って……前世でも、いつも私は選ばれなかったから……何度も裏切られて……」


 思い出すのもしんどくて、俯きながら本当の気持ちを打ち明ける。私は誰かに大切に扱われ、愛してもらえる人間ではないのだ。


 フレッドが私を大切にしていたのは、イリス様に会うまでの繋ぎで、護衛対象だったからだと自分に言い聞かせていた。


 決して自惚れて勘違いしないように。

 もうこれ以上傷つかないように。


「なるほど、わかった」


 フレッドが私をそっと抱きしめた。その温もりに泣きそうになる。


 そしてほんの少し身体を離して、至近距離で真っ直ぐに見つめられた。


「俺はユーリを愛してる」

「……っ!」


 サファイアブルーの瞳に宿る炎が、私を求めるように揺らめいている。

 それはいつからだったのか、その瞳の奥に秘めた激情からずっと目を逸らしていた。


「ユーリのためならどんなことでもするし、ユーリが二度と傷つかないように守る」

「…………」


 真摯な言葉は私の心に染み込んでいく。

 もう目を逸らさなくてもいいのだろうか?


「俺にはユーリしかいない」

「フレッド……」


 もう信じてもいいのだろうか?


「それから、結婚後も週に二日は休みの日を作ろう」

「え」


 突然の話題転換に一瞬戸惑う。熱烈な愛の告白から、なぜ休日の話になるのか。

 内容はとても嬉しいものだけれど。


「ダラの時間は必要だろう?」

「そうだけど……」


 ふたりでリンフォード帝国に来てから、一緒に暮らしていた時の楽しい記憶が蘇る。

 そうだ、フレッドはどんな私を見ても変わらなかった。


 部屋着でウロウロしても、下着を洗ってくれた時も、カレーライスの大盛りを平らげた時も。


 私のそばにいて、いつも大切にしてくれた。

 いつも愛してくれた。


 胸につかえていたモヤモヤが綺麗になくなって、フレッドの言葉がスッと入ってくる。


「裏切ったら、すぐに離婚よ」

「決して裏切らない」


 うん、そう言うと思った。その言葉がフレッドの口から聞きたかった。


「私だけ見てくれる?」

「もうずっとユーリしか見てない」


 そうだ。フレッドはいつも真っ直ぐに私を見てくれて、嘘をつかない。


「……フレッド」

「うん?」


 貴方だから信じられる。

 貴方じゃないと信じられない。



「私も、フレッドが好き」



 破顔したフレッドがキラキラと眩しい。

 そっと触れるだけの口づけを交わす。


 でもそれじゃ足りなくて、すぐに深い口づけでお互いを求めた。


 あまりにも幸せで、フレッドの愛に翻弄されて、力が抜けそうになった私をベッドへ寝かせてくれた。


「はっ……ヤバい、もう理性が吹っ飛びそう」


 囲うように両手をついたフレッドが、獲物を狙う目で私を見下ろす。


 この先に進んだら、もう戻れない。

 そんなのはわかってるけど、今はもっとフレッドがほしい。もっともっと、フレッドの愛を感じたい。


「フレッド……好き。大好き」

「狙って煽ってるのか?」


 フレッドはローブを脱いで、シャツのボタンを外していく。壮絶なまでの色気に私の頭はお酒に酔ったようにクラクラした。


 フレッドがほしくてたまらない。私をフレッドだけのものにしてほしい。

 今まで押さえつけてきた反動なのか、私の気持ちが暴走して止められなかった。


「好き」

「もう、加減できないからな?」

「フレ——」


 先ほどの口づけが遊びだったのだと感じるくらい、激しく熱く求められる。

 フレッドが触れたところから、熱が広がり私の全身を燃え上がらせた。


 破瓜の痛みさえ愛されている証だと思うほど、私はフレッドを愛してる。


 誰にも渡さない。私だけ見て。

 私にだけ愛を刻みつけて。

 もっともっと、私に愛を注いで。


 フレッドがそんな私の狂愛に気付いているかなんてわからない。

 でも、もう離れられないのは、私の方だと思った。



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