ガイアの弁明

凍龍(とうりゅう)

呼び出された女神

「さて、太陽系担当神ガイアよ。君の弁明いいわけを聞こう」


 金色の光に包まれた空間に上位神の荘厳な声が響きました。

 太陽系を担当する女神、年齢四十六億歳とまだうら若きガイアは、胸の前で腕を交差し、片膝をついて上位神に恭順の意を示すと、やがてゆっくりと立ち上がって顔を上げます。


「これは君の管轄する星系から飛び出してきたものに間違いないね」


 上位神の声に続いて空間に投影されたのは、皿のような丸い円盤だけが目立つ、お世辞にも美しいとは言いにくい武骨な物体でした。


「君の子供達が我々の存在を認め恭順の意思を示すこともなく、また恭順の対価として子供達へ与える福音、〝叡智の書庫アカシックレコード〟のへのアクセスを求めることもなく、勝手にこのような無謀なおこないに及んだことは大きな問題だ。君は、いったい子供達地球人類の何を見ていたのだ?」


 荘厳な声に混じって、そうだそうだと賛同するやじが周りから上がります。


「このような野放図な行いを許しておけば、やがて彼らは勝手に太陽圏を飛び出してあちこちで好き勝手な振る舞いをすることになるだろう。それについて、申し開きがあれば言うが良い」


 太陽系担当の女神は、居並ぶ上位神たちを見回すと、ゆっくりと両手を広げてほほ笑みました。


「私の愛する地球人類、彼らが独力で太陽系外に進出したことについて、皆様にはご心配をおかけしております。しかし、この一件、実は私も少々想定外でございまして……」


 彼女は笑みを絶やすことなく続けます。


「私は以前から、人類は他の知的生命体とは一線を画する独特の才能を持っているのではないかと感じていました。彼らの創造力、勇気、そして向上心は、神々わたしたちの施しと庇護によらず、自らの力で新しい地平線を切り開くことができるのではないかとわずかに期待もしていました」


 上位神たちは、ガイアの思いがけない主張に興味津々で耳を傾けました。さらに女神は続けます。


「そこで、私はあえて人類に対し、大いなる知恵の泉である、〝叡智の書庫アカシックレコード〟の存在を示唆する遺物を地球上のあちこちに配置し、その発見による誘惑を試みました。しかし、彼らは予想に反し、誘惑に屈することなく、これほどのスピードで独自の科学技術をみずから太陽圏を飛び出すほどの高みにまで磨き上げてしまったのです。皆様のご期待に応えられず、申し訳ございません」


 そこで彼女は唇をかすかに歪め、言葉にわずかばかり皮肉を込めました。


「結果として、彼らが今後神々わたしたちや〝叡智の書庫アカシックレコード〟に頼らず、銀河系内を気ままに闊歩する存在になるかもしれません。しかし、それはそれで、新たな銀河の歴史を生み出すことになるかもしれませんね。私たち神々も、時には人類の勇気を讃え、彼らがどこまで成長するか見守るのも悪くないのではないでしょうか?」


 女神ガイアは、人類の挑戦心と向上心を讃えながら、上位神たちに対し、自らの失態を認めつつも、人類の未来に対する期待をとうとうと語ります。


「まぁ、皆様方が慣れ親しんだ他の知的生命体たちのように、神々にすがりつく姿は確かに安心感がありますね。私も最初は、地球の人類がそうであって欲しいと願っていました。しかし、彼らはその期待を裏切り、私たち神々に頼らない独立心を見せてくれたのです」


 彼女は、上位神たちの権威主義をチクリと皮肉ります。


「もちろん私が人類に与えた試練は決して生やさしい物ではありませんでした。それでも、地球人類は自らの力で何度も立ち上がり、未知の領域に挑戦する不屈の勇気を持っています。もしかしたら、それが彼らにとっての強さであり、私たち神々の支配からの解放なのかもしれません」


 女神は、他の知的生命体たちの脆弱さについても言及しました。


「他星系の知的生命体たちは、私たち神々の庇護の下で成長しましたが、やがて私たちに強く依存するようになってしまいました。これは一種の呪縛と言ってもいいでしょう。しかしこの地球人類、彼らは依存せずに自立し、新たな道を切り開いていく力を持っています。私は、彼らのその力を見て、今までの私たちのやり方に疑問を持ち始めました」


 彼女はさらに言葉を重ねます。


「神々の力を借りることなく、自らの力で進化する人類は、今まで私たちが見てきた子供達知的生命体とはかなり異なる成長を遂げています。もしかしたら、彼らのその姿勢こそが、私たちが他の知的生命体たちに求めていた真の強さなのかもしれませんね」


 ガイアは、皮肉を込めながらも、上位神たちと他の知的生命体の脆弱さを浮き彫りにし、人類の独立心と勇気を称えました。


「ええ、彼らはいずれここまでたどり着きます。誰の力も借りず、自分たちだけの力で」


 あたりが静まりかえる中、女神は歌うように続けます。


「遠からず彼らは、高温のガスが渦巻く暗黒星雲を鼻歌交じりに突っ切り、巨大ブラックホールからだってきっと笑いながら這い出してきますよ。そして、最後に彼らはこの神殿に乗り込んで、私達ののど元に刃を突きつけながら言うんです。〝この宇宙は俺達の物だ、そろそろ譲ってもらおうか〟ってね」


 眉をひそめる上位神の前で、彼女はにっこりと魅力的な笑顔を見せます。


「私達は永遠にも近い安穏のなかで少しばかり怠惰になりすぎました。誰もその地位を脅かさず、多くの子供達に傅かれ、いつか努力という物を忘れてしまいました。その結果がこのていたらくなのではありませんか?」


 困惑し、互いに顔を見合わせる上位神たち。だが、場の雰囲気はすでにガイアに傾きつつありました。


「かつての貪欲さを忘れ、お上品に振る舞っているうちに神々わたしたちの人口はみるみる減り、今や数えるほどではありませんか。いくら群を抜く長命とはいえ、私達だって完全な不老不死ではありませんよ。このままでは私達はいずれ滅びます。そんなことは、私達自身が一番良くわかっていることではありませんか?」


 ガイアの独演を諫める神はもういません。


「いいですか? 今、私達に必要なのはただ従順なだけの子供達ではありません。傲岸不遜な好敵手ライバルです。ほんの少し油断しただけで、私達の背後に迫って尻を蹴飛ばしに来るような、そんな存在がどうしても必要です」


 静まりかえった場を掌握するように、ガイアは大きく両手を広げます。


「もちろん、彼らを悪魔と呼ぶひともいるでしょう。でも、彼らの脅威なくして、私達が次の階梯に昇ることも恐らくありません。刺激なき進化はないんです。いいですか、彼らは滅ぼすべき邪悪な子ではありませんよ。いずれ、私達と共に手を取り合ってこの広い宇宙を歩む伴侶になる。私は、心からそう信じています」


 ガイアはそう弁明を締めくくると、最後に深く頭を下げました。


「……ガイアよ。君は少し子供達地球人類の影響を受けすぎではないか?」

「そうも知れませんね。でもそれ、私にとっては褒め言葉です」


 上位神の皮肉交じりの問いに、ガイアは小さく舌を出すと、この日一番の笑顔でこたえました。

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ガイアの弁明 凍龍(とうりゅう) @freezing-dragon

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