第2話
白木は菊岡の言葉と表情に一瞬だけ驚いたが、ある名案を思いついてニヤリと口の端を上げた。
「『麻薬は嫌い』………か。よし! それならお前、少し俺に協力しろ!」
「協力、ですか……。具体的には何を?」
「まあ、まずは話を聞け。最近、妙に勢いのあるチャイニーズマフィアがうちのシマに、タチの悪い麻薬を流通させてるんだ」
「チャイニーズマフィア……ああ、虎龍のことですか。谷垣組としては、縄張りを荒らされて、ケンカを売られたわけですから、いつものように“落とし前”をつけるんでしょう? 私たちの出る幕は、あまりありませんよね」
「虎龍だけなら、そうだ。だが、今回は厄介なことに裏で糸を引いている黒幕がいるようでな。存在してることは確かなんだが……それ以上のことは、全くわからなくてな」
「それで、私たちの出番、という訳ですか」
「ああ。わかっている特徴は、お前らの手口と似てるってことだけだしな」
「少なくも、私ではありませんが……私の所属する組合の中には、暗黙の了解を破って麻薬をも商品にしかねない派閥が一つあります。情けない限りです」
「まあ、大きな組織はたいてい、一枚岩でないからな。知っているだろうが、谷垣組もそうだ。……話が逸れたな」
「ええ、話を戻しましょう。……私は出回っている麻薬の噂しか知らないので、現物を少し見せて頂けないでしょうか」
「はぁ? お前、情報の売買もしてるんだろ?」
「お恥ずかしい話、麻薬関連は本当に疎いのです」
そう言って、菊岡は目を伏せた。
「菊岡サンは、自分から進んで麻薬の情報に疎くなろうとしてるみたいだったけどネ! 麻薬に関係するものを徹底的に避けてるってカンジ?」
そこに突然、第三者の声が飛び込む。
それは、先ほどまで黙って空気に徹していた菊岡の護衛のものだった。
菊岡の護衛の言葉に白木は納得したように頷く。
「お前は根っからの麻薬嫌いだと、よーくわかった! とりあえず、今持ってる麻薬の詳しい情報を渡すな。麻薬の現物は、後日で良いだろ?」
「はい。ありがとうございます」
菊岡が麻薬の情報が入ったUSBを受け取ると、白木はおもむろに腰を上げた。
「それじゃ、俺は他にもやることがあるから」
そう言うや否や、白木は菊岡の返答も聞かずに部屋から立ち去った。
部屋には菊岡とその護衛が残される。
すると、菊岡の纏う空気が一瞬で豹変した。
好青年然とした柔和な雰囲気から、酷く冷たい雰囲気に。
菊岡は自らの護衛を鋭く睨む。
「“商談”している時は話すな」
「菊岡サン、ゴメンナサイ!」
「・・・次はない」
低い声で、そう釘を刺した菊岡は、さっそくノートパソコンにUSBをさして、出回っている麻薬の情報を確認する。
そして、菊岡は思わずため息を吐いた。
「・・・予想できていたとはいえ、最悪だな」
「何が最悪なんデスかー? ハッ! 麻薬のタチの悪さがデスカ!?」
「そのふざけた話し方をやめろ。お前、普通に話せるだろ」
そこで初めて、菊岡は護衛の男を正面から見た。
「最悪なのは、麻薬の特徴が組合で研究している薬の失敗作と酷似していることだ」
「エッ! もしかして、組合が麻薬の製造場所だったりする?」
「今は、現物が手元に無いから断言はできない。だが、例の麻薬にもなりうる失敗作は大量にでてしまって、担当のやつらが処分に困っていたからな・・・」
「えぇー。組合が麻薬の出どころの可能性大じゃないか!」
「それだけじゃない。その失敗作を作った研究員の担当は、あのジョンだ」
「はぁ!? あの目先の欲に忠実な? アイツなら、やりかねない。・・・いいや、絶対にやるね!」
「白木に知られたらどうなることやら・・・。いや、ここは隠し立てせずに、ジョン並びにその派閥の者を粛正し、それを白木に伝えるようにした方が良いか」
「ジョンたちと白木たち、二つの集団に注意しなければならないなんて、大変そー」
「ずいぶん、他人事のような口ぶりだな? お前は、私の、専属護衛だろう?」
そう言って、菊岡は嗤う。
護衛の男は、思わず頬がひきつったのを自覚しつつ、モゴモゴと口を動かす。
「そうだけどさぁ・・・」
「とにかく、今の段階では全て推測でしかない。もっと、正確な情報を集めないと始まらないな」
「じゃあ、しばらくは情報収集か。・・・というか、今更だけど谷垣組の息がかかっているここで、こんなに話していても大丈夫なの?」
「本当に今更だな。・・・盗聴器などは仕掛けられていないのは確かだ。それに、この料亭はもう、谷垣組から我らが組合へ乗り換えたぞ」
「谷垣組を裏切らせるぐらいの、そうとうな金額で組合がこの料亭を買収したってことか・・・」
「地獄の沙汰も金次第。結局のところ、この世の中、金がすべてなんだよ」
「あれ? さっき、白木に『自分は金がすべてと思っている訳ではない』というような事を言ってなかった?」
「『金がすべてだと“完全に“思っているではない』といっただろう?」
“完全に”を強調して言う菊岡を、護衛の男は呆れたように見た。
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