第3話

~数週間前~


 死の商人たちの組合、その下で働かされている研究員。

その一人である私、丸山幸子は現在、頭を抱えていた。


「どうしよう……これ」


 目の前にあるのは、白い粉の山。

これらは薬物実験の失敗作だ。

通常、実験に使う薬物は少量ずつ調合する。

しかし、今回は事前に行った実験で、私たちの最終目標「不老不死」に飛躍的に近づけることが予想されていた。

 そのため、上のお偉いさんたちが、早くその結果を出せ、とせっついてきたのだ。

実験では、同じ薬物を少しずつ条件を変えて何度も試す。

普段は、ある条件で実験すると、その実験結果を見てから、条件を変えてまた実験する、という地道な方法をとる。

だが、上の人達は、”それでは遅い、並行して様々な条件で実験をしろ”と命じてきた。

 当然、実験を主導する立場の私は反対した。

勇気を出した私のその行動も虚しく、連絡係でもある担当のジョンさんは、申し訳なさそうにこう言った。


「悪いが、これは決定事項だ。上は君の意見に耳を貸さないだろう」


 私たちは、命じられた通りに実験を進めた。


 その結果がこれだ!

大量の失敗作。

一番の問題は、これらが簡単に廃棄できないものであるということ。


 調べたところ、この薬物は摂取することで、様々な害を人体に与える。

摂取すれば、老化が急速に進み、脳は縮小する。

幻視や幻聴、被害妄想の類もあるだろう。

そして、躁鬱に似た現象を起こす。(ようするにハイテンションになったり、ひどく憂鬱になったりする。)

これだけなら、毒のようなものだが、質が悪いことに、これには強烈な中毒性があり、摂取した直後は全能感から自信を持つことができ、とても楽しい気分になるんだとか。

だが、効果が切れると地獄の苦しみを味わうらしい。

誰もかれもが敵に見え、常に監視されていると錯覚。

さらに、なにをしても退屈に感じ、無気力になる。


 これほどの効果があることが、人への薬物投与の結果わかった。

……始めは、私も実験体になる苦しみが解るから、人体実験に対して嫌悪を抱いていた。

 しかし、人間は環境に順応し、慣れる者。

組合に逆らえず、人体実験を主導し続けるうちに、死にたくなるほどだった罪悪感も、いつしか跡形もなく消え去っていた。



 それはそうと、この失敗作の薬物だが、麻薬のようなものと私は結論付けた。

麻薬だと断定しないのは、既存の麻薬とは効果以外、全くの別物だからだ。

その証拠に、薬物を投与した被験者からは麻薬の陽性反応がでなかった。


 ただでさえ、失敗作を量産してしまっただけでも厳しい罰が与えられることが予想できるのに、それが処分に困る危険物であると知られたら、私は殺処分されてしまうかもしれない……!


「私は、私は、まだ死ぬわけにはいかないの……。あの子を助けるまでは!」


 頭を抱えて蹲り、うわごとのように呟いていると、ふと影が差した。

どうやら誰かが近づいていたきたようだ。

私はゆっくり頭をあげて、その誰かを見た。


「どうした……やけに追い詰められているな」


 私にしかめ面でそっけなく尋ねてきたのは、ジョンさんだった。

一見、冷たい態度に見えるが、実は心配してくれているという事が私にはわかる。

 何故なら、私と彼はとても長い付き合いであり、人格形成に大きく影響を及ぼした辛い過去をお互いに打ち明けている仲であるから。

 強欲で稼ぐことしか頭にない、とよく誤解される彼の優しさを私は知っている。


 だから、私は彼になにもかも話してしまった。…彼は、私への監視役でもあるのに。

 それでも、私は信じたかった。

実験室に引きこもり、他の研究員とも事務的な会話しかしない私にとって、縋れるのは彼しかいなかった。


 沈黙は長かった。いや、私がそう感じただけかもしれない。

その沈黙を破ったのは彼だった。


「その失敗作を渡せ。俺が秘密裏に売りさばく」


「そ、れは……」


 そんなことをすれば、この薬物の毒牙にかかる人が大勢でるだろう。

だが、私にとってそんなことはどうでも良かった。


 それよりも、彼の立場が心配だった。

組合には麻薬を経済の流れを妨げるとして、”麻薬は商品として扱わない”という暗黙の了解がある。

 ほかでもない、彼が煩わしいと愚痴りながら教えてくれたのに・・・。


「暗黙の了解とか、大丈夫なの?」


「ああ。うまくやる。お前は、俺を信じればいい」


「ありがとう・・・!」


 私のお礼を背に、彼は部屋から去っていった。

ドアが閉まるとき、何か呟いていたが小さい声だったので、私には聞こえなかった。


***


 ドアを閉めながら、男は呟く。


「馬鹿な女だ」

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