煮詰まりアマの深夜徘徊、本屋に出会う
宿木 柊花
第一話
今、私の脳みそは猛烈に煮詰まっている。
カレーならカレールウへ、味噌汁なら味噌へ戻るくらいに地獄の釜のようにグラグラと煮詰まっている。
もしかしたらもう焦げ付いて底の方にこびりついているかもしれない。
もしや、この、こびりつきが、ドツボというものだろうか?
別に私は商業作家、いわゆるプロを目指しているわけではない。
今はただ、物語を
書きたい、書けるだけで私は嬉しい。
書きはじめの頃は目指していた。むしろ、そうなるものだと信じて疑わなかった。
無知が
捨てたくなかった……自信。
抜けられないアリ地獄から出るには、今の場所から出る。
散歩をすれば否応なしに様々な刺激を受け、ノイズになっていた邪念が飛ぶ。
オーバーヒートしそうな頭も少しは冷えるだろう。
草木も眠る丑三つ時。
町が夜に沈んでいる。
深海のような暗さと静けさに少し背筋も冷える。
空を見上げれば今日は月すらも眠っていた。
宛もなく歩いていると、道の先にぽつんと明かりを見つけた。
少し心細かったこともあり、小走りで駆け寄るとそこは私立書店だった。
扉には『営業中。ご自由にどうぞ』の札。
とても気になる。
店内は特筆すべき点のない、誰もが想像する普通の書店。
店内を少しぶらついていると並んでいる本が棚にぐちゃぐちゃに入っていることに気づく。タイトルも、上下も、サイズまでもバラバラだった。しまいには背表紙が見えないものまである。
この店はこれで正解なのかもしれない。
選んでいるふりをして少しずつ直していった。ひどかったのはここの棚だけのよう。
棚に刺さっている名札やポップを元に直したのだが、嫌がられるかもしれない。
そういえば、ポップのイラストやたらとマッスルポーズ多いな。
気づいてしまうともう止まらない。
壁際のレシピ本コーナーの
【プロテインの科学】【筋トレのすゝめ】【異世界栄養学、たんぱく質と脂質調整で無双しちゃいます】だった。
ここの店員ってもしかして……。
そんな事を考えていると目の端を深緑色のエプロンが通りすぎる。
店員だ。
きっとオイル塗ってブーメランな水着を着たような人だろう。もしかしたらエプロンの下は半裸か白いタンクトップかもしれない。
好奇心と妄想のツートップが頭の中で爆走する。誰にもコイツらは止められない。
面白いネタの取っ掛かりになりそうなら、なお善し。
少し期待しつつ棚を回る。この先にはレジがある。
さっき見ていて気になった本を一つ手にして進む。
冷やかしではない。
そう誰かに言い訳しないことには、ふらりと書店に入ることもできない小心者、それが私。
レジには深緑色のエプロンを着けた人が立っている商品を差し出し、そっと顔を上げる。
そこにいたのは……ぬいぐるみ、だった。
正確にいえば着ぐるみ。
『お会計777円になります』
お、ラッキーセブン。
幸先いいね。
「キャッシュレスで」
『当店はキャッシュレスレスなのでキャッシュでお願いいたします』
キャッシュレス、レス……。
キャッシュのみ?
家を出るときに適当に掴んできた財布。使ったのはどのくらい前だったか思い出せない。
思い切り差し出されたトレイの上にひっくり返す。
結果、所持金776円。
1円足りない。
アンラッキーセブン。
「今日は手持ちが足りないのでキャンセルお願いします」
着ぐるみかスッと何かをトレイの横に置く。
見るとそれは1円玉。
紛れもなく銀色に鈍く光るアルミ製の1gの日本硬貨。
『お客さんあそこの棚揃えてくれたから。ありがとうね』
私は本を胸に抱いて全力でお辞儀して店を出る。
「また来よう!」
振り返るとそこは赤信号が点滅する、ただの交差点だった。
車も歩行者もほぼ通らない忘れ去られた道。
近くには扉が半分取れそうな古いお
頭の中にドライアイスを投げ込まれたような感覚に包まれる。
私はなりふり構わず走ってその場を離れる。足が風車のようにもっと速く動けばいいのにと悔やみながら家に駆け込んだ。
こんな不思議体験、書かずにはいられない。
煮詰まりアマの深夜徘徊、本屋に出会う 宿木 柊花 @ol4Sl4
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